人気ない広間で、沈黙を守る
書物は時間のなかを旅する。
背後に取り残された夜明けと夜の時刻、
そしてわたしの生、この慌しい夢。
『創造者(アリオストとアラビア人)』 ホルへ・ルイス・ボルヘス
酒は飲まない。電子書籍は読まない。
女性を愛す。紙の本を愛す。
刷り上ってきた紙の匂いや紙の質感、パラパラとページを捲る紙の音、
本の帯や表紙のデザイン、一枚だと頼りないが、
薄い紙がたくさん集まったときの頼もしいほどの重量感。
そんな重量感のある本を読み終わったときの達成感。
これらはどれもぼくにとって掛け替えのない読書感。
書物から知識を得るのは、
インターネットとはまったく異なる経験になる。読書はわりあい時間がかかる。
そのプロセスを容易にするには、流儀(スタイル)が肝心になる。
すべての書物を読むことはおろか、
特定の問題についてすべての書物を読むことは不可能だし、
ひとりが読んだものをすべて簡単にまとめることはできない。
だからこそ、書物から得る知識は、概念思考 ― 類比できるデータや出来事を認識し、
図式として未来に投影する能力 ― にとって貴重なのだ。
また、流儀を持つことで、読者は本の内容と自分の美学を融合させ、
著者や問題との結びつきを深める。
(ヘンリー・キッシンジャー)
そして読書をする時に外せないのが、本に書き込みをすること。
再読するときにとても役に立つ。
それに本棚も大好きだ。他人の本棚を見て高揚もする。
目からの文字の情報を頭で想像し既知と未知の出会いを楽しみ、
そして新しい創造を育むのが書物。
激動の時代に耐えてきた紙の本に敬意を払っている。古書なら尚更。
心配することはない。
個人の「教養」として読む本の数がどんなに多くても、
その人がまだ読んでいない基本的な本の数は、つねに読んだ本の数をはるかに超えている
のだから。
(イタロ・カルヴィーノ)
肉体は悲しい、ああ、読んだぞ わたしは、万巻の書を。
(ステファンヌ・マラルメ)
書物への有罪宣告があると同時に、
書物が自らを開くのです。
書物はすべてを受け入れることができるわけです。
(ジョン・ケージ)
僕には電子書籍は合わないのかもしれない。長時間ブルーライトを浴びるのが耐えられない。
一冊の優れた書物のなかに開示された精神は、
世紀を超えて別の書物のなかに豊かに継承されてきた。
書物相互間のこの繊細で有機的な関係は、
模倣とか受容とか影響とか感化とかいった一義的な関係にとどまらず、
一つの生成が別の生成の母胎となり、一つの創造が別の創造を呼びだす、
自立した複合的な宇宙相互間のダイナミックな連繋と創造の関係としてとらえる
ことができる。
どこにも中心がなく、すべての要素が他のすべてと複雑に絡み合い、
その多様体のなかにある一個の存在が、それ自体として全宇宙を反映している、
というような。
それは曼荼羅の絵図のようでもあり、
キノコや粘菌などの菌類の自在な運動が示すミクロコスモスをも思わせる。
(今福龍太)
明日も書物の引力に誘われてページをめくる。
広場のざわめきを背後に残して図書館に入っていく。
ほとんど肉体的にと言っても良いが、わたしは書物の引力を、
ある秩序が支配する静謐な場を、みごとにはく製化して保存された時間を感知する。
『創造者(レオポルド・ルゴネスに捧げる)』 ホルへ・ルイス・ボルヘス