『国際政治』ハンス・モーゲンソー ①



国際政治学の泰斗と称されるハンス・モーゲンソー。

本書は一九四三年以来シカゴ大学で行ってきた講義を基にして書かれ、

一九四八年に出版された。

本訳書は福村出版から一九八六年に刊行され、ぼくの手元にあるのは岩波書店から

再刊された文庫版で、亡くなる一年前の一九七九年に書かれた「日本語版への序文」も

収められている。

ハンス・モーゲンソー (1904~1980)

モーゲンソーは一九〇四年、ドイツのコーブルク生まれで、

ドイツ各地の大学で法律学や哲学を学び、一九二七年に弁護士の資格を取得し、

最初は法律実務家としてキャリアをスタートさせる。

一九三一年にはフランクフルト大学法学部の助手となり学究生活に入るが、

この年にジュネーヴの労働法裁判所の長官代理にも任命される。

その翌年、一九三二年にジュネーヴ大学の政治学の講師の地位を得て、そこから本格的に

政治学研究をスタートさせ、一九三四年から三六年までは、

スペインのマドリードにある国際関係・経済研究所の客員教授を務めるが、

一九三七年にナチスの脅威を逃れためアメリカに渡る。

一九四三年にアメリカ国籍を取得、さらには、シカゴ大学へ移籍して教授を務め、

アメリカ対外・軍事政策研究センターの所長なども兼任し、アメリカ各地の大学でも

客員教授として招かれる。

モーゲンソーは政府関係の仕事にもたずさわっており、一九四九年、五一年、六三年~七七年

には国務省の顧問、六一年~六五年までは国防省の顧問も務めている。

モーゲンソーの経歴は要約すると上述のような流れ。

ドイツ系アメリカ人で、ヨーロッパで教育を受けていることを強調しておきたい。


本書の構成

上巻

第一部 国際政治の理論と実践

第二部 権力闘争としての国際政治

第三部 国力

中巻

第四部 国家権力の制限 ― バランス・オブ・パワー

第五部 国家権力の制限 ― 国際道義と世界世論

第六部 国家権力の制限 ― 国際法

第七部 現代世界の国際政治

下巻

第八部 平和の問題 ― 制限による平和

第九部 平和の問題 ― 変革による平和

第一〇部 平和の問題 ― 調整による平和

と、全三巻のボリューム満点の構成になっている。

モーゲンソーはカーみたいにユートピアニズムをページを割いて説明しない。

副題の「権力と平和」から察せられるが、カーのいう、事実の「要因」「原因」「結果」の

分析に重点をおいて見ている「リアリスト」。

それは「国際政治は不可避的に権力政治となる」、「力によって定義される利益」、

「国家と国家は分立し、利害を対立させる」などを積極的に認めて、

“力”を抑制させてバランスを保ち、平和を維持していくかを述べている。

その「リアリスト」の見かたを篠田英朗氏は、『国際紛争を読み解く五つの視座』のなかで

次のように説明している。

「『現実主義』(リアリスト)の見かたでは、国際政治を形成しているのは国益を求めて

権力闘争をくりひろげる主権国家群であり、この国際政治の性格は数百年にわたって

変わっていないとされる」。

「モーゲンソー(1904~1980)、イギリス学派の代表者であるヘンドリー・ブル(1932~

1985)、ヘンリー・キッシンジャー(1925~)らは、頻繁に十九世紀ヨーロッパをモデルにした

国際秩序の姿について議論をおこなった。

日本においてすら、高坂正堯から坂本義和にいたるまで、いわば左右両陣営の国際政治学者

たちが、国際政治の基本的イメージのモデルを十九世紀ヨーロッパに求める論述を多数

残した」。

「二十世紀に体系的な学問としての『国際政治学』の確立を狙ったモーゲンソーが、

国際法学者たちの『物語』を都合よくつくりかえてしまったことが、大きく影響している。

つまり体系的な学問の確立にあたって、歴史のダイナミズムを超越した『物語』が強く

求められるため、学者たちがつくりあげたのが『ウェストファリア体制』であった。

十七世紀のヨーロッパにおいて国際政治は完成し、その後の三世紀以上の間は

ただ非欧州地域の人びとによる欧州の模倣が広がったにすぎないという歴史観が、

『ウェストファリア体制の神話』である」。

まず最初に指摘されている、モーゲンソーらのリアリストたちが頻繁に議論をおこなった

「十九世紀ヨーロッパをモデルにした国際秩序」というのは、

一八一四年のナポレオン戦争後のウィーン会議、クリミア戦争後の一八五六年のパリ会議、

露土戦争後の一八七八年のベルリン会議などの「会議体制」で、「均衡の体系」の秩序原理に

加えた「協調の体系」。

それと、ドイツ帝国宰相のビスマルクなどに代表される「勢力均衡に依存する国際秩序」で、

細谷雄一氏が『国際秩序』のなかで「協調なき均衡」と呼んでいるもの。

ちなみに、高坂氏と坂本氏は、そのウィーン会議で活躍したメッテルニヒの外交の研究をして

いた。

そして、次に指摘されている「『国際政治学』の確立のためにモーゲンソーらが、

歴史のダイナミズムを超越した『物語』が強く求められてつくりあげた

『ウェストファリア体制の神話』」というのは、

1618年にボヘミアで始まった30年戦争(カトリックの支配に対するプロテスタントの

宗教的抵抗から始まり、ヨーロッパ中の諸邦を巻き込み、戦場となったドイツでは村という村

で荒廃し、死体の山が積み重ねられた悲惨な戦争)

後の、1648年に結ばれたウェストファリア条約で打ち立てられた秩序のことで、

ヘンリー・キッシンジャーは、その著『国際秩序』のなかで

「ヴェストファーレン条約で打ち立てられた構造は、一国の圧倒的優位ではなく多様な勢力を

基盤にして、合意されたルールと限度に基づく国際秩序を制度化する、初の試みだった」。

「ヴェストファーレンの秩序の概念では、ヨーロッパの政治家は力の均衡と安全保障を

同一視し、力の行使にあたっては抑制が安全をもたらすと見なすようになっていた」。

と、肯定的に述べているもの。

長くなったが、何を言いたいかと言うと、結局は「リアリスト」も

「人間の脳は、与えられた事実を基に、因果関係のある筋の通ったストーリーを作り上げて

しまう」、

「人間の脳で直感的思考をする部分は、その場で思いつく因果関係があれば、すぐに飛びつく

回路になっている。だから判断を誤ることも多い」。

というのを逃れられないということ。

それは

「私たちは、ありのままの世界を見ているのではなく、見たいと思っているものを

見ている」。

認知科学者の苫米地英人氏の言葉が端的で分かりやすく示している。

それを篠田氏は間接的に指摘していると、ぼくは受け取っている。

なので「リアリスト」の見立ても、判断を誤ることも多いし、筋の通ったストーリーに作り

上げたものとなる。

だが、「ユートピアン」よりかは、ありのままの姿を見ようとして、分析に重点を

置いているので参考にはなる。

そのことを頭に入れておく必要があると思い、長くなったが載せた。

モーゲンソーは、上巻冒頭でリアリストの立場を明確に示し、または定義している。

訳は原彬久氏。

「抽象的な原理よりもむしろ歴史的先例に訴えるのであり、絶対善の実現よりもむしろ、

より少ない悪の実現を目ざすわけである」。

「あるがままの人間性と、実際に起こる歴史的過程とに対するこの理論的な関心から、

ここで述べられる理論はリアリズムと名づけられるようになった」。

「リアリズムは、政治の法則の客観性を信じている。

したがってリアリズムは、合理的な理論を発展させる可能性を信じなければならない」。

「リアリズムにとって理論とは、事実を確かめる理性によってその事実に意味を与えるもの

である。

リアリズムは、実践される政治行動と、その行動がもたらす諸結果とを吟味することによって

初めて対外政策の特徴を確かめることができる、と考える」。

「政治的リアリズムが国際政治という風景をとおって行く場合に道案内の助けとなるおもな

道標は、力(パワー)によって定義される利益(インタレスト)の概念である。

この概念は、国際政治を理解しようとする理性と、理解されるべき諸事実とを結びつける」。

「政治的リアリズムは、政治的理想や道義原則への無関心を要求もしなければそれを大目に

みることもしないのであって、望ましいものと可能なもの、つまり、いついかなるところでも

望まないものと、時間と空間の具体的な環境の下で可能なものとを鋭く識別することを実際に

要求するのである」。

「政治的リアリズムは、経験では決して完全には達成することのできない合理的な対外政策を

理論的に構築するのである」。

「政治的リアリズムは、政治世界の写真と肖像画が可能な限り似てほしいと望んでいる」。

「本書が目ざすのは、政治的リアリティを乱雑に描写することではなくて、国際政治の合理的

な理論を提示することだからである」。

「政治的リアリズムは、人間性の多元的な概念に基礎づけられている。

現実の人間は、「経済人」、「政治人」、「道徳人」、「宗教人」等々から成る複合体で

ある」。

二回に分けて、リアリストを代表するモーゲンソーの言葉を摘んで行きたい。

国際政治の研究者が学ばなければならない、そして決して忘れてはならない第一の教訓は、

国際事象が複雑なために、単純な解決や信頼できる予言が不可能になる、ということである。

ここにおいて学者といかさま師とは袂を分かつのである。

『国際政治 (上)』ハンス・モーゲンソー

研究者にせいぜいできることは、ある国際状況のなかに潜在力として内在するいろいろな

傾向を突きとめることである。

『国際政治 (上)』ハンス・モーゲンソー

まず第一に、ヨーロッパが中心であった過去の多数国家システムは、

ヨーロッパの外に中心をもつ世界規模の二極システムにとって替わられた。

そのうえ、歴史の大半をつうじて西洋文明の特徴となってきた、あの政治世界の道義的な

まとまりは、思想や行動の二つの相容れないシステムへと分断され、しかもそれらは人間の

忠誠を求め、いたるところで競い合っている。

最後に、近代テクノロジーは、全世界を破滅させる総力戦を可能にした。

現代国際政治においてこれら三つの新しい要素が優勢になったことによって、

世界平和の維持が極度に困難になったばかりでなく、全面的な核戦争が自滅的な不条理に

なるくらいにまで、戦争に固有の危険性は増大したのである。

『国際政治 (上)』ハンス・モーゲンソー

力を得ようという主権国家の切なる望みがその駆動力となっている世界では、

平和は次のような二つの装置によって維持される。

ひとつは、社会的諸力の自動調節のメカニズムである。

それは、国際政治舞台の権力闘争においてあらわれるものであり、

これがすなわちバランス・オブ・パワーである。

いまひとつは、国際法、国際道義、および世界世論といった形でその権力闘争は規範的制約を

課す、ということから成っている。

これらの装置は今日機能しているのだが、いずれの装置も権力闘争をいつまでも平和的な

枠組みのなかにとどめておけそうにもない。

『国際政治 (上)』ハンス・モーゲンソー

諸国家と国際政治との関係にはダイナミックな性質があるのである。

この関係は、国家の力の転変浮沈とともに変化し、したがって国家は権力闘争の渦中に

引き込まれることもあるし、またときにはこの闘争に積極的に参加する能力を奪われることも

ある。さらに、文化的変容がこの関係にインパクトを及ぼして、国家に力の追求よりは、

たとえば商業活動といった他の価値を好んで追求させるという場合もある。

『国際政治 (上)』ハンス・モーゲンソー

とくに国際政治においては、威嚇手段あるいは潜在力としての軍事力は、

一国の政治権力を形成する最も重要な物的要素となる。

軍事力が戦争において実際に行使されるとき、それは軍事力が政治権力にとって替わった

ことを意味する。

『国際政治 (上)』ハンス・モーゲンソー

全面的な核暴力の脅しは、完全な破壊の脅しを意味する。

その限りで、この脅しが同じやり方で応ずることのできない国家に向けられるときには、

それはなお対外政策の適切な手段となりうる。

『国際政治 (上)』ハンス・モーゲンソー

AがBに対して政治権力をもっているとか、政治権力をもつことを望んでいるということは、

AがBの心に影響を及ぼすことによって、Bの一定の行動を制御できること、

あるいは制御できるよう望んでいること、をつねに意味しているのである。

『国際政治 (上)』ハンス・モーゲンソー

権力への欲望は、すべての政治と同様、国際政治においても顕著であるがゆえに、

国際政治は不可避的に権力政治となる。

この事実は、実際の国際事象で一般に認識されていることなのに、

学者、評論家、それに政治家までもが、彼らの見解によってこれをしばしば否定する。

『国際政治 (上)』ハンス・モーゲンソー

地球上の一、二の国民を力への欲求から解放しても、他の国民のそれがそのままならば、

それは無益かつ自己破壊的でさえある。

力への欲求が世界中のいたるところで捨て去られないならば、力への欲求から逃れた人は

他の人の力の犠牲になるだけである。

『国際政治 (上)』ハンス・モーゲンソー

国際政治に積極的な諸国家は、戦争という形態の組織的な暴力の準備をつねに怠らず、

それにすすんで関与し、あるいはその痛手から立ちなおる。

『国際政治 (上)』ハンス・モーゲンソー

政治はすべて、国内政治であれ国際政治であれ、三つの基本的なパターンを示す。

すなわちすべての政治現象は、三つの基本的なタイプのどれかに還元することができる。

政治政策は、力を維持するか、力を増大するか、力を誇示するかのいずれかを求める

のである。

『国際政治 (上)』ハンス・モーゲンソー

現存の力関係を逆転させることにより、現にもっている以上の力を獲得すること―

いいかえれば、対外政策によって力の状況のなかで自国に有利な変更を求めること―

をその対外政策の目的とする国家は、帝国主義政策を追求する。

また現に有する力を対外政策によって誇示しようとする国家は、

力の維持あるいは増大のために威信政策を追求する。

『国際政治 (上)』ハンス・モーゲンソー

「現状」(ステータス・クオ)という概念は、戦争前の現状(status quo ante belum)という

言葉に由来する。

『国際政治 (上)』ハンス・モーゲンソー

現状維持政策は、歴史のある特定の時点で存在している力の配分を維持することを目的として

いる。だからそれは、国内政治の上で保守的な政策が果たしているのと同じ機能を、

国際政治に対して果たすものだということができよう。

『国際政治 (上)』ハンス・モーゲンソー

どこにおいても、アメリカの敵やその批判者にとって、「アメリカ帝国主義」という言葉は

常套句となっている。さらにある種の経済システムや政治システム、また銀行家、実業家の

ような経済集団までもが、簡単に帝国主義的対外政策と同一視されるようになったという

ことが、こうした混乱に輪をかけている。

「帝国主義」という言葉は、このようにみさかいなく使用されていくうちに、

すべて具体的な意味を失ってしまった。

『国際政治 (上)』ハンス・モーゲンソー

帝国主義とは、現状の打破、すなわち二国ないしそれ以上の国家間の力関係の逆転を目的と

する政策である、とわれわれは定義したのである。

力関係の本質を損なわず、その調整だけを追及する政策は、

なお現状維持政策の一般的な枠組みのなかで機能しているといえよう。

『国際政治 (上)』ハンス・モーゲンソー

極端なマルクス主義者は、資本主義と帝国主義とを同一視し、穏健なマルクス主義者および

ホブソン学派は、帝国主義を資本主義体制内部の不適応現象とみるのに対し、

「悪魔」理論の信奉者にとっては、帝国主義および戦争一般は、要するに、

悪徳資本家の私的利益のための陰謀以外の何ものでもない、ということになる。

『国際政治 (上)』ハンス・モーゲンソー

一国が他国と戦争するときよくみられることだが、

勝利を予想している国家は敗戦国との力関係の変更を恒久化するための政策を追求する。

『国際政治 (上)』ハンス・モーゲンソー

帝国主義政策を容易にするもうひとつの典型的な状況は、

弱体な国あるいは政治的な真空地帯が存在する場合である。

両方とも、強国にとっては魅力があり、また手に入れやすいものである。

この状況から植民地帝国主義が成長したのである。

『国際政治 (上)』ハンス・モーゲンソー

帝国主義が三つの典型的な状況から生まれるように、帝国主義は三つの典型的な目標に

向かって進む。

帝国主義の目標は、政治的に組織された地球全体の支配、すなわち世界帝国ということで

あるかもしれないし、あるいは、ほぼ大陸的な広がりをもつ帝国ないしヘゲモニーである

かもしれない。また、厳密に局地化された力の優越ともいえるだろう。

『国際政治 (上)』ハンス・モーゲンソー

帝国主義の目的はつねに現状の打破にある。

すなわち、帝国主義国とその犠牲者として想定されている国家との間の力関係の逆転が

それである。

これは不変の目的であり、軍事的・経済的・文化的手段のいずれかひとつによって、

あるいはそれらの結合によって実現される。

『国際政治 (上)』ハンス・モーゲンソー

局地的な帝国主義が成功した場合、その成功が誘因となってその帝国主義はますます膨張し、

ついには大陸的あるいは世界的な規模のそれになるかもしれないということである。

もっと具体的にいえば、国家は局地的な優勢を不動にし堅固にするために、

もっと広範囲に力の優勢を獲得しなければならないと思うようになるだろうし、

さらには世界的規模の帝国においてのみ十分な安心が得られると感じるだろう。

帝国主義にはしばしば、攻撃的あるいは防衛的な言葉で合理化されるダイナミックな力が

存在しているが、この力が、限定された地域から大陸へ、そして大陸から世界へと帝国主義を

膨張させるのである。

『国際政治 (上)』ハンス・モーゲンソー

帝国主義政策は、それを追求する人びとの発言のなかにその真実の顔をみせるということは

まずありえない。

追求されている政策の本性は、イデオロギー的偽装のヴェールの背後に隠されている。

『国際政治 (上)』ハンス・モーゲンソー

外交官同士の関係が、威信政策の手段として役立つのは当然である。

外交官は各国の象徴的な代表だからである。

外交官に払われる敬意は、実際には彼らの国家に対して払われるのであり、

外交官が払う敬意は、実際には彼らの国家が払うものだといえる。

外交官が与えたり受けたりする侮辱は、実際には、彼らの国家が与えたり受けたりする

侮辱である。

『国際政治 (上)』ハンス・モーゲンソー

海軍による示威行動は、過去においては威信政策の好ましい手段であった。

海軍には、地球の隅々にまで国旗を掲げて一国の力をもち込むことのできる高度の機動性が

あったからであり、またその外観が大いなる印象を与えたからである。

『国際政治 (上)』ハンス・モーゲンソー

こけ脅しを受けた国が、相手の力に的はずれの配慮をしている間に、こけ脅しをした当事国

は、威信と実際の力とを一変させる時間を得るのである。

したがって力の競争に後れをとった国家は、とくに軍備の分野においては、

こけ脅し政策によってその弱点を隠すと同時に、そのハンディキャップを克服しようと努める

だろう。

『国際政治 (上)』ハンス・モーゲンソー

平和と国際法は、現状維持政策のためのイデオロギーとして非常に役立つ。

帝国主義政策は、現状を攪乱することによってしばしば戦争を招き、

またつねに戦争の可能性を考慮しておかなくてはならない。

『国際政治 (上)』ハンス・モーゲンソー

国際法も、現状維持政策のための同様のイデオロギー的機能を果たす。

どんな法秩序も、もともと静的な社会的力であることを免れない。

法秩序は、力の配分をはっきりさせ、具体的な状況のなかでそれを確定し維持するのに

必要な、基準と手続きを提供する。

『国際政治 (上)』ハンス・モーゲンソー

「現状の維持」という言葉は、「国際平和と安全の維持」にとって替えられつつある。

現状の維持に同じ利害関係をもつ多数の諸国家は、特定の原因から生じる脅威から共通の

利益をまもるのに、以前のように「神聖同盟」という形によってではなく、

「集団安全保障体制」とか「相互援助条約」という形でそうする傾向にある。

『国際政治 (上)』ハンス・モーゲンソー

大国としての中国の潜在力は、もしソ連と同じ一流の工業力を獲得するなら、

またそれを獲得するときになって初めて顕在化しよう。

『国際政治 (上)』ハンス・モーゲンソー

高度な破壊力をもつ核兵器でのみ武装した国家は、その軍事的姿勢から政治権力を引きだす

ことはほとんどできないだろう。

なぜならその国家は、相手側に全面的破壊を与えると威嚇すること以外に、

自国の意思を他国に押しつける軍事的手段を何らもたないからである。

『国際政治 (上)』ハンス・モーゲンソー

国際政治において最も初歩的かつ最も頻繁に犯す誤りのひとつは、力がもっているこの相対性

を無視し、それに代わって国家の力をまるで絶対的なものであるかのように扱うことである。

『国際政治 (上)』ハンス・モーゲンソー

地政学は、どのような特定の国家がそうした支配権を握るのかを教えはしない。

『国際政治 (上)』ハンス・モーゲンソー

以上上巻。②に続く。

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ヘンリー・キッシンジャー 日本経済新聞出版社 2016-06-25