『ラストエンペラー習近平』エドワード・ルトワック

さまざまな歴史の教訓が示しているように、習近平の独裁体制は必ず破綻するだろう。そして習近平は「ラストエンペラー」(最後の皇帝)となる。ただ問題はそれが起きるのが、5年後か8年後か、あるいは50年後か80年後かはわからないということだ。
『ラストエンペラー習近平』エドワード・ルトワック

昨年はコロナウィルスの感染拡大の影響からか、毎年恒例となっていたエドワード・ルトワック関連の著作の出版が途絶えてしまった。ただし、動画ではリモートで出演していたルトワックを世界各国のチャンネルで頻繁に見掛け、それはそれで楽しませてもらった。そして、今年はお馴染みの文春新書から“エドワード・ルトワック本”が出版された。最近では、ルトワックから少し遠ざかっていたので、これは予想外の出来事だった。

そんな文春新書の“エドワード・ルトワック本”といえば、2016年の『中国4.0』を皮切りに、2017年の『戦争にチャンスを与えよ』、2018年の『日本4.0』という塩梅で、ほぼシリーズ化されて2019年も刊行されるものだと思っていたが、そうはならなかった。その替わりに2019年は飛鳥新社から『ルトワックの日本改造論』が出版された。こちらの特色を一口で言えば、文春新書三部作や『自滅する中国』のエッセンスをまとめたものになっている。言わずもがな、根幹には『エドワード・ルトワックの戦略論』がある。余計なお世話かも知れないが、ここを意識するかしないかでルトワックの読み方が大きく変わる。しかし『ルトワックの日本改造論』は、「そろそろルトワックもネタ切れじゃないか?」と思わせるような内容であった。そして懸念を抱いたままの本書である。タイトルはスバリ『ラストエンペラー習近平』。タイトルだけを見たら、かなり踏み込んだ印象を抱き、期待して本書を手に取った。

ルーマニアでのEdward Nicolae Luttwak。2021年11月6日までの最新の動画。

本書は全6章の構成となっているが、前半は「中国」を主眼に。後半は主に「軍事テクノロジー」に関してであり、最終章ではルトワックの真骨頂である「戦略のパラドキシカル・ロジック」が読者に理解しやすく説明されている。本書は部立てにはされていないが、第1部が「中国」の復習と応用、第2部が今話題の「軍事テクノロジー」と根底にある「戦略のパラドキシカル・ロジック」のエッセンスが学べる構成となっている。

正直に言うと、前半の「中国」に関して目新しい箇所は、そんなに多くは無かった。『中国4.0』の時と同様に、本書では「チャイナ1.0」から「チャイナ3.0」のお浚いをしている。そのバージョンを『中国4.0』の記事でも書いたが、簡潔に説明すれば、「チャイナ1.0」は2000年以降の「平和的台頭」、「チャイナ2.0」はリーマンショック後の「対外強硬」、「チャイナ3.0」は2014年秋以降の「選択的攻撃」。ここまでは『中国4.0』で説明されていた箇所である。

しかし、本書ではその続きの「チャイナ4.0」を見定めている。そんな「チャイナ4.0」とは、2020年のコロナウイルスのパンデミックさなかの「全方位強硬路線」。「チャイナ2.0」の対外強硬の劣化版である。メディアなどでは「戦狼外交」と呼ばれているが、ルトワックの言葉を借りるならば、「戦略的にはまさに中国にとって最悪の選択」である。

中国の武漢で最初に発見されたコロナウイルスがパンデミックの最悪の事態に陥るなか、中国は批判を受けながらも、国内での収束は曲がりなりにも成功し、劣悪なワクチンを開発して、世界にばら撒いた。卓越した戦略家としてのルトワックの洞察によれば、「チャイナ3.0」までの中国ならば、こうした世界からの批判を受けやすい局面では、コロナ対策の成功だけをアピールしていただろうと指摘する。しかし、そうはならずに習近平はさまざまな国に対して、同時に強硬な姿勢を示し始めた。本書ではひとつひとつ丁寧に説明されているのだが、国名を挙げれば、スウェーデン、インド、ベトナム、オーストラリアなどにである。何故、中国はそのような対応を選択したのか。ルトワックは次のように指摘する。

「興味深いのは、習近平がコロナによるパンデミックのさなかに「4.0」を始めてしまったことだ。「2.0」の引き金となったのがリーマン・ショックであったように、アメリカやヨーロッパの先進国が次々と多数の感染者を出すのを見て、感染を抑え込んだ中国と自分の力を過信してしまった可能性がある。そして、その判断はまたもや誤っていたのである」『ラストエンペラー習近平』エドワード・ルトワック

そしてその結果、太平洋諸国を中心としていた「反中同盟」(「チャイナ2.0」)が、この時を上回る全世界的な規模にまで拡大された。特に戦略的脅威には反応が鈍かったヨーロッパの国々が参加した。柱となるのは日米豪印のクアッドの存在だが、フランス海軍は2021年4月にクアッド4カ国の海軍と共に、インド洋の北東部にあるベンガル湾で合同演習を行った。そして直近の11月にはドイツからもフリゲート艦バイエルンがインド太平洋地域に派遣され、日本にも約20年ぶりに寄港した。こちらも記憶に新しいがイギリスも最新鋭空母「クイーン・エリザベス」を中核とする空母打撃群9隻を極東に派遣し、日本に寄港した。

インド洋でのフランス海軍

フリゲート艦バイエルンの約20年ぶりの日本寄港

沖縄近海での「クイーン・エリザベス」を中核とする空母打撃群と日米海軍

そんな中でもルトワックが驚いたのが、パンデミック前のことになるが、2019年4月にフランスのフリゲート艦「ヴァンデミエール」が台湾海峡を通過したこと。ルトワックの指摘によれば、これは中国の動揺を誘ったという。この時に中国軍は船を追跡し、後にフランスに抗議と観艦式への招待を取り消した。そしてルトワックが着目するのが、この時の中国の抗議の内容である。それは「この通過は中国の主権の侵害だ」というものだったが、このことが意味するのは、北京がやはり台湾と本土との海峡を「内海」にしようと考えているということであり、航海の自由の原則を認めないということであった。さらに重要なのは、中国が何もできなかったということ。何故なら、実際に本格的な戦闘になったら、自国の艦船が敵の潜水艦によって沈められることがわかっているから。この事実から導出されるのは、台湾海峡の制海権は中国にはないということ。

フランスのフリゲート艦ヴァンデミエールの台湾海峡の通過を報じる「Rti 台湾国際放送」

そしてこの「反中同盟」にはシークレット・ゲストがいるとルトワックは述べている。それはロシアである。ルトワックはタジキスタンの空軍基地の実態を指摘しているのだが、長くなるので割愛してシークレット・ゲストであるロシアについての指摘を引用する。ちなみに、随分前からルトワックは「反中同盟」のロシアの重要性を指摘している。

「インドへの主要な兵器の供給元はロシアだ。中国と戦争寸前まで行った国に、兵器を供給しているのだ。ベトナムも兵器の主な供給元はロシアである」『ラストエンペラー習近平』エドワード・ルトワック

「たしかにロシアは中国と共同で警戒飛行を行っている。これは「イメージ」のレベルである。だがその一方、中国の敵たちに最新鋭の兵器を供給し続けている。それが「現実」のレベルなのだ」『ラストエンペラー習近平』エドワード・ルトワック

中国が対外圧力を強めれば強めるほど、反中包囲網も強度を増していく。「強大になるほど、戦略的に弱くなる」という、ルトワックの真骨頂である戦略の逆説(ストラテジック・パラドックス)にはまってしまった中国を描き出している。そしてルトワックは「チャイナ5.0」(協調)の可能性にも触れているが、極めて低いと指摘している。アメリカと中国の主戦場は「地経学」の領域でである。「地経学」に関しては、90年代からルトワックが主張していることである。

長くなるので詳細は省くが、個人的に目新しかった箇所を強いて挙げれば、習近平の生涯が簡潔に説明されており、習近平は毛沢東以来の「皇帝」として、毛沢東以上に毛沢東主義に忠実な政策を実行しようとしている、とルトワックが喝破している箇所であった。その他にも気になった箇所を非戦型に羅列するが、習近平の過酷な文革体験、「毛沢東チルドレン」としての習近平と薄熙来、毛沢東さえやらなかったチベット人、モンゴル人、ウイグル人に対しての極端な民族政策、独裁システムの「弱さ」、習近平を「つまづかせる」方法、「同盟の戦略」が理解できない中国、などである。『中国4.0』や『ルトワックの日本改造論』などで展開されていた「シー・パワー」と「マリタイム・パワー」の違いもレッスンしている。しかし、全体的に以前の著作などの焼き直しに過ぎないと感じた箇所も多かった。毛沢東というレンズを通して、習近平や今の中国を視る大切さをルトワックから学べた。それが一番の収穫であった。

イスラエルが開発した最新のドローン

先述したように第2部で主眼に置いているのは、「軍事テクノロジー」に関してである。
この100年の間には様々な兵器が登場したが、「歴史の流れを変えた」兵器というのは数少ない。これは軍事とテクノロジーを考えるうえで大きな教訓となる、とルトワックは指摘する。そんな数少ない中でも、機関銃と戦車は戦場を一変させた兵器として取り上げ、その生み出された背景や、それらの新兵器がどのような経緯で組織に採用されたかなどを論じている。ちなみに、ご存知の方も多いかと思いますが、ルトワックには『エドワード・ルトワックの戦略論』の第五章「技術レベル」で、兵器に関して詳述している。これらの兵器を通してルトワックは何を伝えたいのか。核心だけを引用すると以下のようになる。

「ここからわかるのは、いかに画期的な兵器があらわれても、それが軍によって組織的に運用されなければ、軍事力としてのパワーを発揮することはできない、ということだ。そして、もうひとつは、軍事組織には、それぞれの分野で果たすべき役割や任務、さらに優先順位があり、それを変更し、新しい現実に適応するのは容易ではないということである」『ラストエンペラー習近平』エドワード・ルトワック

これはディスカバリーチャンネルでも放送されていたが、戦車を発明したのは陸軍ではなく、イギリス海軍だった。そして現在、米軍の主力小銃で、世界中で使用されているM-16ライフル銃も開発された当初はアメリカ陸軍に拒否され、最初に採用したのはアメリカ空軍の警備隊だったという。

最近、日本を含む世界各国のハイテク兵器を取り上げたドキュメンタリー番組を視聴している。なので、世界的に著名な戦略家のエドワード・ルトワックが、ドローンやAIなどを駆使したハイテク兵器をどのように捉えているのか、とても気になっていた。本書の中でここの箇所が一番示唆に富んだ。

ナゴルノ・カラバフでのトルコとイスラエル製のドローンによる攻撃

ルトワックが取り上げるのが、2020年9月に起きたアゼルバイジャンとアルメニアの間でナゴルノ・カラバフ自治州をめぐっての軍事衝突である。この時のアルメニア側の地上部隊の主力は戦車だった。旧ソ連と似たような兵器編成。これに対して、アゼルバイジャンはドローン(無人機)によってアルメニアの戦車を攻撃した。ドローンにはいくつかの種類があったが、アゼルバイジャンが使用したのはイスラエル製のものであった。正確には無線遠隔操作による無人飛行機。

「このドローンこそ、「歴史を変える」兵器のひとつといえる。ドローンにはさまざまな種類があるが、兵器仕様でも安価なものは数十万で製造することができる。これで数億円の戦車が破壊できるのだ」『ラストエンペラー習近平』エドワード・ルトワック

「有人の飛行機を購入し、パイロットを訓練して飛ばすまでの費用と、ドローンを使った場合のコストの差は、100対1ではすまないはずだ」『ラストエンペラー習近平』エドワード・ルトワック

しかし、現在のアメリカの状況を見ると、まだまだ大量の有人機を購入しており、無人機の比率は少ない。そのため製造コストもなかなか下がらない。この状況は100年前の機関銃の導入を拒んでいた状況と同じである、とルトワックは指摘する。さらにAIに関しては、海軍の水上艦を取り上げながら現代におけるその価値を述べている。ルトワックはAIの大量のデータ解析に着目し、さらにはSAR(合成開口レーダー)などの発達により、水上艦がいま、どの地点を航行しているのかは、ますます捉えやすくなったと指摘して次のように述べている。

「そうしたデータを複合的に集めてAIに分析させることで、水上艦の位置、状態などが正確に把握できるようになっているのだ。第二次世界大戦の頃のように「敵の船がどこにいるかわからない」というような状況はもう消滅してしまった。そのために、水上艦の脆弱性は、ここ20年で20倍も上がったといえるだろう」『ラストエンペラー習近平』エドワード・ルトワック

先述したナゴルノ・カラバフ紛争では、アゼルバイジャン軍がアルメニアの戦車をどのように見つけ出したかというと、偵察用のドローンを飛ばしたという。これは世界各国の特殊部隊はやっている。そしてその画像を集めて、どこに戦車があるのかをコンピューターで解析した。ルトワックのAIに関する認識は、AIは軍の運営の仕方を変えてしまったということであり、海軍も空軍もこれを採用するしかなくなっているということ。中国は「自律型戦闘機械」、すなわちロボット兵士の開発に力を入れているのは有名だが、ルトワックによれば、これは中国独自の文化と深い関係があり、それは軍や戦闘に高い価値を見出さない中国では、命令に必ず従うロボット兵士は、まさに理想の戦士なのだと指摘する。しかし、ルトワックが慧眼なのは、これは時間と費用の無駄遣いに終わるだろうと指摘していることだ。

「戦場とは刻一刻と状況が変わり、つねに未知の局面が発生する場だからだ。正解のない問いを解くのに、ロボットは向いていない」『ラストエンペラー習近平』エドワード・ルトワック

そしてルトワックは警鐘を鳴らしながら次のように指摘する。前文は省くが、これはまとめのような一文である。

「私たちはドローンとAIという「新しい機関銃」の時代に立ち会っている。このような軍事技術における劇的なターニングポイントは、そうそう発生するものではない。この曲がり角に気がつかず、従来の運用に頼って直進を続けたら、待っているのは大クラッシュでしかないだろう」『ラストエンペラー習近平』エドワード・ルトワック

長くなるので割愛するが、次の章では「軍事テクノロジーの逆説 エアパワー編」と展開し、ハイテク技術に関してはステレス性やソ連発のヘルメットディスプレーなどが語られている。もちろんそれだけではないが。そして続く最終章では、「戦略のパラドキシカル・ロジック」が論じられて本書が綴じられる。「パラドキシカル・ロジック」もそうなのだが、「アングロサクソンのやり口」のようなことも指摘していたので、そこにも目が留まった。

DD INDIAに出演するルトワック

本書は今までのお浚いと、プラスαで最近の国際政治で起きた現象に関して、戦略家ならではの独特な視点から、未来にも焦点を当てバランスよく論じられたものになっている。本書を読み終えて感じたことは、やはり『エドワード・ルトワックの戦略論』の重要性を再認識したこと。その結果、再読した。『ラストエンペラー習近平』もお勧めなのだが、特に読んで欲しいのは、『エドワード・ルトワックの戦略論』であることは間違いない。同書を読み解かなければ、戦略家エドワード・ルトワックという人物が何を伝えようとしているのか理解できない。

大戦略を巧みに適用することは、不調和による小さな過ちが広がっていくのを減らす一方で、より大きな過ちを犯すことにエネルギーを集中させるリスクが伴う。これこそが、最も厳密な政策調整を課すことができ、逆説的論理を完全に活用し、攻撃するたびに常に奇襲を達成する独裁国家による軍事的冒険が、いつでも初めは順調でも、完全な大惨事で終わる原因なのである。
『エドワード・ルトワックの戦略論』エドワード・ルトワック

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エドワード・ルトワック 飛鳥新社 2019-12-13