エドワード・ルトワックの戦略論



戦略は、常に私の仕事であり情熱の対象である。

おそらくそれは、私が最大かつ最悪の戦争の最中に、

トランシルヴァニアという国境紛争地で生まれたからだろう。

戦略とは、争いを助長し、曖昧で怪しげな主題を意味する力強い言葉である。

しかし、本書の真の目的は、戦略の隠れた意味を明確にすることにある。

そして、戦略の論理が、戦争の遂行と同様に、平和の維持にも広く浸透していることが認識さ

れれば、釈明は一切無用となる。

『エドワード・ルトワックの戦略論』エドワード・ルトワック

本書でのルトワックの目的は、「あらゆる形態の戦争や、平時における諸国家の対立関係を条

件づける普遍的な論理を明らかにすることにある」としていて、戦略の論理は、「人が実行し

た結果や実行しなかった結果に明白に表れる。多くの意図せざる「結果」を検討することによ

って、論理の性質や働きを最もよく理解できる」としている。

本書は、『自滅する中国』『中国4.0』『戦争にチャンスを与えよ』『日本4.0』でお馴

染みの、世界的戦略家エドワード・ルトワックの代名詞でもあり、新たな視点からユニークな

戦略論を著したとされている、「パラドキシカル・ロジック(逆説的論理)」を説明している。

しかし、軍事の専門用語などが至るところに鏤められているので、一般人には取っ付き難

く、難解だ。

本書は、中国、韓国、フランス、イタリア、ロシア、ドイツ、トルコ、エストニアなどでも翻

訳されている。ルトワックの本は、世界各国の軍の士官学校や大学の戦略学科などでは、必読

文献のリストに入っているといわれているが、本書も当然その中に含まれている。

エドワード・ルトワック (1942年11月4日~)

上に挙げた著作などでも「パラドキシカル・ロジック(逆説的論理)」を駆使しながら、中国や日

本などの問題点や国際情勢を解いているが、『戦争にチャンスを与えよ』では、インタビュー

に応えて「パラドキシカル・ロジックとは何か」(第6章)と一章を割いて平易に説明し、

『中国4.0』でも、「ルトワックの戦略論のキーワード」(第6章)と題して、訳者であり国際地

政学研究所上席研究員でもある奥山真司(おくやま・まさし)氏が、表を付けて易しく解説してく

れている。

本書は、膨大な数の文献を読み、問題を研究し、実際に戦争を経験したエドワード・ルトワック

が、具体的な例を挙げ「パラドキシカル・ロジック(逆説的論理)」の働きを明らかにし、その過

程で戦略の一般理論を提示している。

「「パラドキシカル・ロジック(逆説的論理)」とは、紛争時に働くロジックのことだ。

それは、戦争が平和につながり、平和が戦争につながることを教えてくれる。

すべての軍事行動には、そこを超えると失敗する「限界点(culminating point)」がある。

いかなる勝利も、過剰拡大によって敗北につながるのだ」(『戦争にチャンスを与えよ』)

「ルトワックの戦略論で注目されるのは、ここに「時間」の概念を導入して、

この逆説的論理をダイナミックなものとしたことである。

彼によると、一定の時間が与えられ、また外部からの実質的な影響がなければ、

戦争においては成功が失敗に、勝利が敗北に、あるいは逆に失敗が成功に、

敗北が勝利に転化し得るのであり、これこそ戦略の逆説的論理の完全な発現であるとされる」

(『戦略の本質』野中郁次郎氏とその他複数の方による共著)

ルトワックによれば、戦略の論理には、二つの側面(水平的)と五つのレベル(垂直的)が作用し

ているという。

「一つは、相手の動きに反対し逆行しようとする敵対者間の「水平的」な競争であり、それが

戦略を逆説的なものにしている。

もう一つは、紛争の異なるレベル、つまり技術的、戦術的、作戦的、さらにより高いレベル間

の「垂直的」な相互作用で、ここには自然調和などない」(本書)

一つずつ段階を踏んで戦略レベルを検討していて、文字だけでは理解しづらいが、

先述したように『中国4.0』の第6章「ルトワック戦略論のキーワード」の中で、奥山真司氏

が、分かりやすく表にしてくれている。

『中国4.0』第6章「ルトワック戦略論のキーワード」(奥山真司)から

ただ、本書の中でルトワックは、

「細心の言葉遣いで、分かりやすく端的に表にまとめられるような定義が必要と思うかもし

れない。だが、我々が扱っている問題は人生と同じく変化に富み、しばしば強い感情に溢れて

おり、組織の慣行や要請によって形作られ、それぞれに遭遇する時と場所といった不確定要素

によって不透明になるものである。

それゆえ、抽象的な語句からなる言語の網では、動的な戦略の本質ではなく、浅薄な形でしか

捉え切れない」

と、表に関して否定的に述べているが。

それぞれのレベルの間の垂直的な相互作用は、個々の水平的レベルにおいて成功、極限点、低

下という連鎖をもたらす逆説の論理に対して影響を与え、また影響を受け、無限の組み合わせ

がある、とルトワックは指摘する。

「たとえば、新兵器が実戦に投入された場合、敵は対抗措置かそれに匹敵する兵器を用いて技

術レベルで対応し、それに対して戦術的対応で対抗するかもしれない。

その結果、敵による作戦レベルでの反応を引き起こす可能性がある。

そのため、もし敵が戦争の最中により優れた対空ミサイルを導入したら、電子的な対抗措置の

開発に何カ月も何年もかかって、同じ技術レベルで対応する時間はない。

それに代わって唯一とり得る対応は戦術的なものである・・・」(本書)

「・・・我々はもはや水平的側面だけで戦略を思い描くことはできなくなっている。

それは、波立つ海のようなものであり、存在し得ない均衡点を永遠に求めながら、逆説的論理

の寄せる波と返す波が相互に打ち消し合っているのである。

また戦略を、それぞれの階で異なる真理がもたらされる多層建築物のようにみなすこともでき

ない。

むしろ、我々の心中にある双方のイメージを組み合わせるという複雑さを受け入れねばならな

いのである。

つまり、床は建物のように堅固なものではなく、時には他のレベルに突き抜けるほど揺れ動く

ものとなっている。

それは戦争の動的な現実において、垂直的レベル同士の相互作用が戦略の水平的レベルの側面

と結合し、衝突するのとおなじなのである」(本書)

本書の帯を書かれ、先に引用した、野中郁次郎氏(富士通総研理事長)とその他複数の方との共

著である『戦略の本質』の中で、もっと噛み砕いて説明されている。

「五つのレベルは階層的なもので、上位のレベルが下位のレベルを規定する。

例えば、技術レベルの兵器は戦闘に使われ、はじめて意味をなす。

戦術レベルの戦闘は作戦の一部であり、作戦は軍事組織全体が関わる戦域の一部である。

戦域レベルでは、政治、外交、経済等を含む大戦略の一部である。

だが、技術は戦術に影響を与え、戦域レベルの変化が大戦略の変化を促すこともありうる。

この垂直的逆説は、リデルハートの「手段を目的にではなく、目的を手段に適合させる」

という戦略原則にも通じていると考えられるだろう。

ここで注目しなければならないのは、大戦略を指導するリーダーシップである。

戦略の逆説的論理が特定のレベル、つまり大戦略のレベルにとどまらず、すべてのレベルに働

き、しかも水平的にだけでなく垂直的にも作用しているとすれば、国家のリーダーは大戦略の

レベルのみにとどまってはならないことになる」(『戦略の本質』)

それを、本書の中でのルトワックのことばに直すと次のようになる。

「この戦略の五つのレベルは明確な階層をなしているが、それぞれのレベルの間には相互作用

があるため、単純に上から下のレベルという一方通行で結果が決まるわけではない。

技術的な優劣は戦術的な結果によって左右される(優秀なパイロットは性能で上回る敵機を撃墜

できるし、高性能の戦車が優れた敵の戦車搭乗員の手で撃破されることもある)が、もちろん戦

術レベルの行動も技術的な優劣に一定程度影響を受ける(最高のパイロットであっても性能面で

完全に上回る航空機には敗れることもある)。

それはまさしく作戦レベルを織りなす多くの戦術的な出来事がその結果に影響を与えると同時

に、作戦レベルから影響を受けるのと同じである。

同様に、作戦レベルの目的を決定する戦域レベルの戦略に、作戦レベルの行動が影響を与え

る。

また、大戦略のレベルで最終的な結果が決まるとはいえ、軍事行動全体がそこで何が起こるか

に影響を与えるのである」(本書)

ルトワックは、垂直的側面における異なるレベルの間に深刻な不調和があると、軍事行動は単

純に失敗するが、二つの側面の間に不調和が存在する時、垂直的成功は失敗以上に悪いものと

なり得ると指摘し、第二次世界大戦時のドイツと日本に言及する。

「大戦略レベルでの両側面の合流点において、垂直的側面におけるドイツと日本の緒戦の軍事

的成功は、水平的側面での根本的な脆弱性の影響を軽減した。

特に、大きな産業力を有する西ヨーロッパの大半とソ連西部地域をドイツが占領し、マラヤの

天然ゴムと錫の生産に加え、オランダ領東インドの石油を日本が奪取したことは、日独両国の

外交の失敗による物質的資源の不均衡を回復させた。

それゆえ、大戦略レベルでは、戦争初期に枢軸国が戦前の準備と優れた能力から引き出した垂

直的側面における利点は、水平的側面における連合国の巨大な利点を減少させていた。

その点で、保守的な英国政府とスターリンのソ連との協力の成功は、真珠湾以後の米国に対す

るヒトラーによる無意味な宣戦布告、ならびに、実際の狙いが東南アジアであった日本が、米

国艦隊に対する攻撃へ導かれていった日本自身の大きな誤算に匹敵するかもしれない」(本書)

一方、ベトナム戦争時の北ベトナムは、垂直的側面での控え目な戦果を水平的側面における非

常に有利なプロパガンダと外交を組み合わせて、戦争に勝利した、と指摘する。

「単純に、彼らにとって米国はあまりに遠かった。しかし、彼らの外交とプロパガンダの戦略

的範囲は、制約されることはなかった。

彼らは、米国自身に手を伸ばす前に、米国とヨーロッパの主要な同盟国との関係を壊すことか

ら開始し、効果的な結果を手にいれた。

戦闘で米軍の大部隊を撃破することもなく、米国の物量の力を消耗させるにはほど遠かった

が、北ベトナムは、戦争努力を支えていた米国の政治的コンセンサスを分裂させるべく効果的

に外交とプロパガンダを駆使することで勝利した。

最初は、米軍の撤退を促し、次に南ベトナムへの装備と補給の流れを劇的に減少させた・・・」

(本書)

もっとわかりやすく、『戦争にチャンスを与えよ』の中で次のように指摘している。

「「戦略の世界」、要するに大規模戦争のような「戦略の世界」では、

いくら「戦術レベル」で大成功を収めたり、戦闘で目覚しい勝利を収めたり、

作戦に成功して「戦域レベル」で相手国領土を占領できたとしても、

「大戦略」のレベルではすべてが覆ることがあるのだ。

最終的な結果は、最上位の「大戦略」のレベルで決まるからだ」

(『戦争にチャンスを与えよ』)

その大戦略のレベルでは、軍事に関するすべてのことはより広い文脈の中で起こるが、

その文脈では国勢政治、国家間の外交、経済活動に加え、軍事に関することを左右するあらゆ

る要素を含んでいると。

「軍事行動の結果が決まるのは最も高次のレベルでしかない。

なぜなら、究極的な目標を手段の双方が明らかになるのは大戦略のレベルだからである。

つまり、最も成功した侵略であっても強国の外交的介入によって覆される可能性のある暫定的

な結果にすぎない。

また、軍事的な大敗北であっても、その結果として劣勢になったことで、しばしば見られる勢

力均衡の動きに引き寄せられた新たな同盟国の介入によって、復活できるかもしれないのであ

る」(本書)


本書は3部構成になっていて、第一部では、主に「パラドキシカル・ロジック(逆説的論理)」と

は何かなどの水平的なレベルを説明し、第二部では、階層(垂直的)レベルの技術、戦術、

作戦、戦域戦略、非戦略―(海軍、空軍、核戦力)などを下の階層から順を追って説明し、

最後の第三部では、階層レベルの最上位に位置する大戦略のレベルと、その中で生じる「パラ

ドキシカル・ロジック(逆説的論理)」をめぐる内幕を説明している。

扱っている戦争は、第一次世界大戦、第二次世界大戦、朝鮮戦争、中東戦争(第一次、第三次、

第四次)、ベトナム戦争、湾岸戦争、コソボ紛争など。

ぼくが本書を最初に読んだのは、『中国4.0』だけを読んだ後だったが、難解に書かれている

ので、あまり理解が深まらなかった。

その後、『自滅する中国』や『戦争にチャンスを与えよ』や『日本4.0』を読んでから、最近

再び本書を手にとったが、熟知したとまではいかないが、合点することが多い。

特に新書3作でルトワックが平易に解説しているので、かなり参考になるし、訳者の奥山氏の

解説も同様。

初めて読んだ時には、頭に引っ掛からなかったが、『戦争にチャンスを与えよ』に収録されて

いる、国連や多国間組織やNGOなどが介入すると戦争を長引かせる、などにも言及していた

し、『日本4.0』に収録されているポストヒロイック(人命重視)にも、本書で触れていた。

「地経学(geo-economics)」には一回だけ触れている。

「訳者あとがき」の中で本書を、「現代の古典的名著として世界中の読者を魅了してきた・・・」

(武田康裕氏と塚本勝也氏)と書いているが、「現代の古典的名著」を日本語で読めるのは、

かなりありがたいこと。

その契機となったのは、2009年中国軍事科学院で開催された国際会議で、同席したルトワック

から直接打診されたことによるという。

ルトワックの戦略に関する考え方は、クラウゼヴィッツの「そもそも戦争や平和というもの

は、科学で説明するには不規則すぎる」を前提にしており、その不規則性を読み解く上での鍵

となるのが「パラドキシカル・ロジック(逆説的論理)」であり、「限界点」(本書では「極限点」

)などもクラウゼヴィッツからのアイディア。(『自滅する中国』の解説(関根大助氏)に詳しい)

ぼくの説明不足で、理解しづらかったかもしれないが、気になる方は是非本書で。

「戦略の世界」では、「成果を積み重ねることができない」。

これが、戦略の第一のポイントだ。

戦争に直面して戦略を考える時に、最初にやるべきは、「常識を窓から投げ捨てる」ことなの

である。

戦略の第二のポイントは、第一のポイントよりはるかに衝撃的である。

それは、「戦略の世界では矛盾や逆説(パラドックス)だけが効果を発揮する」ということであ

る。理解が容易な「線的(リニア)なロジック」は、常に失敗するからだ。(中略)

この世界では、矛盾するものこそ正しく、線的なものが間違っていることになる。

これこそが、「戦略の世界」の土台を構成する二つの要素だ。

『戦争にチャンスを与えよ』エドワード・ルトワック

天下水より柔弱なるのは莫(な)し。

而(しか)も堅強を攻むる者、これに能く勝る莫し。

其の以てこれを易(か)うるもの無きを以てなり。

弱の強に勝ち、柔の剛に勝つは、天下知らざる莫きも、能く行う莫し。

是を以て聖人は云う、国の垢を受く、是を社稷(しゃしょく)の主と謂い、

国の不祥を受く、是を天下の王と謂う、と。正言は反するが若(ごと)し。

― 世界じゅうに、水より以上に柔らかで弱々しいものはないが、

それでいて堅くしっかりしたものを攻撃するとなると、それに勝るものはない。

水の性質を変えさせるものがほかにはないからである。

弱々しいものがかえって強いものに勝ち、柔らかなものがかえって剛(かた)いものに勝つとい

うことは、世界じゅうだれもが知っていることだが、それを自分で実行できるものはいない。

それゆえ聖人は、「国家の屈辱を甘んじてその身に受ける人、それを社稷(国)の主といい、

国家の災害(わざわい)を甘んじてその身に受ける人、それを世界の王という」と言っている。

ほんとうの正しいことばは、ふつうとは反対のように聞こえるものだ。

老子

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エドワード・ルトワック 毎日新聞社 2014-5-1