『マハン海戦論』アルフレッド・セイヤー・マハン


シー・パワーの歴史は主として、決してそれだけというわけではないが、国家間の争い、

相互に敵対するものたちの争い、しばしば最後には戦争となる暴力的な争いの物語である。

海上交易が諸国の富や国力に及ぼす深遠な影響は、海上交易の成長と繁栄を司る真の原則が見

出される遥か前から明らかだった。

『マハン海戦論(シー・パワーが歴史に及ぼした影響、一六六〇~一七八三年)』アルフレッド・

セイヤー・マハン

一八九〇年にマハンの主著『シー・パワーが歴史に及ぼした影響』が出版されると、世界各国の

言語に翻訳され、海軍政策を巡る議論の土台となった。

当時のあるフランス人著述家は、「最初の著作の後で、また特に一八九五年以降、マハンは海

軍と海洋に関する事柄についてあらゆる思考の確固たる基礎を提供した。

シー・パワーとは、それを遵守するにせよ逸脱するにせよ、帝国の興亡を左右する基本原則であ

ると明確に見なされるのだ」と述べ、

イタリア人海軍士官は「我々すべての偉大な教師、マハン」とよく表現してもいた。

一八八八年にドイツ皇帝として即位したヴィルヘルム二世もマハンの著作に親しんでいたのは

有名であり、「わが国の将来は海上にある」と演説でうたいあげるようにもなった。

それを実現すべく、大海軍の建設を進め、「艦隊皇帝」の異名も奉られた。

日本でのマハンの影響は、秋山真之や佐藤鉄太郎を通じて日本海軍に浸透した(“訳者あとが

き”にも書かれている)、といわれているのも有名な話。

マハン自身も「私が知る限りでは、私の著作は他のどの言語よりも日本語に多く翻訳されてい

る」と書いている。

海軍史家として名を成し、海軍次官でもあり、一九〇一年から一九〇九年まで第二六代アメリ

カ大統領だったセオドア・ルーズベルトは、「マハンは一流の政治家の思考を併せ持つ、唯一の

偉大な海軍著述家だった」と述べ、「彼の興味は自身の主題より大きな側面にあった。彼は海

戦と施政両方の戦術よりも戦略に一層大きな関心を払っていた」と書いた。

アメリカでは第一次世界大戦後に海軍の中でマハンを熱烈に支持していたが、平和主義と孤立

主義に傾倒していた世論からは支持されなかった。

冷戦期のソ連でも、海軍の増強を主導したといわれている、セルゲイ・ゴルシコフ海軍総司令官

の論文や著作にもマハンの影響が強く認められ、ゴルシコフは「ソ連のマハン」とも呼ばれて

いたという。

近年、海洋侵出に一生懸命になっている中国でも、習近平の長年にわたる「軍師」といわれて

いる呉勝利(前海軍司令官)らが教科書にしているのもマハンだ。

本書『マハン海戦論』は、マハンの多数の著作のうち一三冊から抜粋したものであり、米海軍

兵学校(ネイヴァル・アカデミー)の教科書として使用されることを念頭に編集されたもの。

その海軍兵学校で教科書として使用されたのは、主に一九一八年~一九二二年までであり、

ニニ年に海軍史授業が一学期に減らされたことが影響し、教科書として使用されなくなった。

しかし、一九四一年~一九四四年までの各年、一九四八年には新版が版行・増刷され、第二次世

界大戦期には再び教科書として使用されたという。

編者は、米国海軍兵学校の英文学講師(後に教授)や米海軍情報部の歴史課での業務に携わり、

『ネルソン伝』、『シー・パワーの歴史』や『米海軍の歴史』(同僚と共著)などを著してもい

る、アラン・ファーガソン・ウェストコット(一八八二~一九五三年)。訳者は、キングス・カレッ

ジ・ロンドン戦争研究科博士課程留学、日本学術振興会特別研究員でもある矢吹啓(やぶき・ひ

らく)氏。

アルフレッド・セイヤー・マハン(1840-1914年/米国の海軍士官、海軍史家、海軍戦略家)

本書は三部構成になっており、第一部は「海軍の基本原則」と題して、海軍戦略・戦術に関する

原則に焦点を当て、主に『シー・パワーが歴史に及ぼした影響』や『海軍戦略』から抜粋が多

い。

第二部では「歴史におけるシー・パワー」としていて、シー・パワーの歴史や興亡を時代順に

(ルイ一四世治下のフランスから)追い、海軍戦略や戦術、指揮や統率といったものに触れな

がら具体的な戦例を解説・分析している。

第三部は「海軍政策と国家政策」とし、時事評論が多く、地政学的な視点からハワイ併合や日

本のこと、国際政治やモンロー主義などにも言及している。

特に太平洋地域に関して多く言及していたのが目に付いた。

本書は、もともと海軍兵学校の教科書として編集されたものであり、その対象は、海軍士官候

補生とよばれる一六歳~二〇歳を想定にしていた。

その事と関係しているのかどうかは分からないが、読み進めるごとに視点が高くなっていく印

象を抱き、帯びに書かれている「マハンの思想を俯瞰し、その核心を浮き彫りにする必読の

書」という言葉が気持ちいいぐらいに当て嵌まる。

マハンによれば、海に臨む国家の歴史は、政府の敏腕と洞察よりも、位置と広がり、地形、人

口、国民の性格の条件、などに大きく左右されるとして、具体的に諸国家のシー・パワーに影響

を及ぼす主要な条件を六つ挙げる。

(一)地理的位置

(二)物理的形態 その中にはそれに関連する自然の恵みと気候が含まれる

(三)領土範囲

(四)人口

(五)国民の性格

(六)政府の性格、その中には国家の諸制度が含まれる

(一)の「地理的位置」は、ある国家が陸上で防衛するよう強いられたり、陸上を通って領土を

拡張しようとする気にさせられたりしないような位置にあるなら、その目標が海に向けて一致

していることから、国境の一部が大陸にある国民と比べて有利である、と指摘する。

「・・・攻撃のしやすさに加えて、公海そのものへの交通の便があり、同時に世界交通の大航路の

一つを管制するように自然がある国を位置づけるなら、その位置の戦略的価値が非常に高いの

は明らかである。やはり、それがイギリスの位置であり、かつてはさらにそうだった」

『マハン海戦論(シー・パワーが歴史に及ぼした影響、一六六〇~一七八三年)』

(二)の「物理的形態」は、一国の海岸はその国境の一つであり、国境を越えた先にある地域、

海のアクセスが容易であればあるほど、海を通って世界の他地域と交流しようとする国民の傾

向はより大きなものとなる。

「イギリスは自然から僅かなものしか恵まれず、製造業が発展するまで輸出できるものがほと

んどなかった。イギリスが必要とする多くのものが、休むことのない活動と海洋の冒険的事業

に役立つその他の条件と組み合わさって、人々を海外へと送り出した。

イギリス人は自国よりも快適で豊かな土地を海外に見つけたのだった。彼らは必要と才覚によ

り商人と植民者になり、さらに製造者と生産者になった。

そして、商品と植民地の間では海運が必然的な絆である。それで、イギリスのシー・パワーは成

長した」『マハン海戦論(シー・パワーが歴史に及ぼした影響、一六六〇~一七八三年)』

「海が国境となったり国を囲んだりするだけでなく、二つ以上の地域に一国を分断するときに

は、その海を管制することが望ましいだけでなく、決定的に重要である。

こうした物理的条件は海洋国家(シー・パワー)に命と力を与えるか、その国を無力にする。

それが、サルディーニャ島とシチリア島を持つ現在のイタリア王国の条件である」

『マハン海戦論(シー・パワーが歴史に及ぼした影響、一六六〇~一七八三年)』

(三)の「領土範囲」とは、シー・パワーの発展に関しては、一国の合計平方マイル(一平方マイ

ルは約二.六平方キロ)ではなく、海岸線の長さと港湾の特性が考慮されなければならなく、地

理的条件と物理的条件が同じなら、海岸線の広がりが、人口の大小によって強さや弱さの源と

なり、この点では国は要塞のようなものであり、守備隊〈の規模〉は外壁〈の長さ〉に比例し

ていなければならない。

(四)の「人口」とは、シー・パワーに関して考慮されるべきなのは、海岸の広がりと特性である

が、人口の点では、総数だけでなく、海に従事する、また少なくとも船上での雇用と海軍兵器

の製造に容易に利用可能な人々の数が数えられなければならない。

「・・・フランス革命の続く大戦争の終わりまでは、フランスの人口はイギリスの人口よりも遥か

に大きかった。しかし、シー・パワー全般、軍事能力はもちろん平和な通商の観点からも、フラ

ンスはイギリスに遥かに劣っていた」

『マハン海戦論(シー・パワーが歴史に及ぼした影響、一六六〇~一七八三年)』

(五)の「国民の性格」とは、シー・パワーが平和で広範な通商に本当に基づいているなら、商業

の素質が、ある時期に海に覇を唱える諸国民の際立った特徴であるに違いないとし、歴史はほ

とんど例外なくこれが真実であることを断言しているとし、ローマ人を除けば、これに反する

顕著な例は存在しないと指摘する。

「イギリスの成功の理由は、主に国民の性格における二つの特徴にあるように思われる。

イギリスの入植者は新しい国に自然とたやすく定住し、自身の権益をその国と一体化させ、

そして出身の母国に愛情あふれる記憶を保つけれども、帰国をせわしなく熱望することはな

い。第二に、イギリス人は最も広範な意味で新しい国の資源を開発しようとすぐに、また直感

的に努める。前者の点においては特に、イギリス人は、〈出身国の〉快適な土地の喜びをいつ

までも恋々として回顧するフランス人と異なる。後者の点においては、新しい国の可能性の完

全な発展には関心と野心の範囲が狭すぎるスペイン人と異なる」

『マハン海戦論(シー・パワーが歴史に及ぼした影響、一六六〇~一七八三年)』

「もし法律的な障害が取り除かれ、より利益の大きな事業分野に人が集まるなら、シー・パワー

が姿を現すのが長く遅れたりはしないだろうことを証明する、そう遠くない過去に訴える以上

のことはほとんど必要ないように思われる。

通商への本能、利益を追求する大胆な事業、そして利益へ続く道への鋭い嗅覚は、すべて存在

している。

そして、もし将来植民地化を必要とする場所があるなら、米国人が自治と独立した成長への遺

伝的素質をすべて持ち込むだろうことには疑いがない」

『マハン海戦論(シー・パワーが歴史に及ぼした影響、一六六〇~一七八三年)』

(六)の「政府の性格」とは、特定の政府形態とそれに伴う諸制度、そしてある時期の統治者の

性格が、シー・パワーの発展に非常に顕著な影響を及ぼしていることには注意しなければならな

いとして、シー・パワーの問題に関しては、国民精神に完全に染まって、その真の全般的傾向を

意識している政府による聡明な指導があるところで、当然の結果として最も見事に成功してい

る、と指摘する。

「イギリスは疑いの余地なく他のどの近代国家のシー・パワーと比較しても頂点に達しており、

その政府の行動が第一に関心を引く。

しばしば称賛からはほど遠いこともあるが、全般的な方向としてはイギリス政府の行動は一貫

している。イギリス政府は着実に海の管制を目指しているのだ」

『マハン海戦論(シー・パワーが歴史に及ぼした影響、一六六〇~一七八三年)』

以上が「諸国家のシー・パワーに影響を及ぼす主要な条件」を要約したもの。

さらにマハンは、「根本原則」と題して、一六一八年~一六四八年の三〇年戦争に言及し、

海上における「中央位置」「内線」「交通路」などの重要性も説いているのだが、

「戦略位置」と題して、どんな場所の戦略的価値も主要な条件に依存しているとして、三つ挙

げている。

一、その位置、より正確にはその立地条件(シチュエーション)。

ある場所には大きな強みがあっても、戦略線との関係では占領する価値がないような位置にあ

るかもしれない。

二、攻勢および防勢の軍事的強さ。

ある場所は好適な位置にあり、大きな資源を抱えているにもかかわらず、脆弱なために戦略的

価値がほとんどないかもしれない。

一方で、自然には強固ではないものの、防衛のための人為的な強さを与えられるかもしれな

い。「要塞化」という言葉は単に強化することを意味する。

三、その場所自体と周辺地域の資源・・・

これらの三つの条件すべてが同じ場所に備わっている場合には、戦略的に非常に重要となる

が、常にそうなるとは限らない、とも指摘する。

軍事的観点からは価値が低いが、海港が交易の大市場であり、被害が国の繁栄を損なうかもし

れない場合であり、または、それが首都であり、その陥落にはその他の重要性に加えて政治的

影響もあるかもしれないと。

三つの条件のうち、第一の「立地条件」が最も重要であり、軍事的な強さと資源は人為的に与

えたり増強したりすることが出来るが、戦略的影響の限界の外にある港の立地条件を変化させ

ることは人間の力を超越しているから。

「一般に、立地条件の価値は航路への近さ、海洋共有地に描かれる時には海図の緯度線と同じ

ぐらい想像上のものだが、それでも本物で有効に存在している交易線への近さに依存する。

もしその位置が同時に二つの航路上にあるなら、つまり交差点の近くにあるなら、その価値は

大きくなる。交差路は本質的に中央位置であり、道の数と同数の方向への行動を容易にす

る・・・」『マハン海戦論(Naval Strategy)』

第二の「軍事的強さ」は、防勢と攻勢という二つの側面から考慮されているが、

ある海港の厳密な防勢の強さは恒久的な防御施設に依存し、その準備は海軍士官の任務ではな

く、海軍は、防御施設が効果的であれば、港に関する心配から、また海軍の本来の領域である

攻勢のための防勢行動から解放されるとし、海港の攻勢の強さを指摘し、それは三つの能力か

らなるとしている。

一、戦闘艦および輸送船の大部隊を集合させ、維持する能力

二、こうした部隊を安全かつ容易に海に発進させる能力

三、それに次いで戦役が完了するまで継続的支援を行う能力

第三の「資源」は、海軍の必要を満たす資源は、自然のものと人工のものという二つの項目に

有効に大別できるとしているが、最も有利な条件は、多くの自然資源が交易に向いた位置と合

わさって、周辺地域に定住し開発するよう人々を引きつける場所であると。

「好適な戦略位置にあって大きな軍事的強さを有するが、すべて資源を遠くから運ばなければ

ならない海港は、後背に豊かで開発された友好地域を有する同様の港よりも遥かに劣ってい

る」『マハン海戦論(Naval Strategy)』

「我々は二つの種類の強国に気付く。その交通が陸上にある国家と、海に依存する国家であ

る」として海上交通(シー・レーン)の重要性にも指摘する。

「交通は戦争を支配する。大まかに考察すると、交通は戦略、政治、軍事における最も重要な

単一の要素である。交通の支配こそ、シー・パワーの優位性が存在しており―過去の歴史への影

響として―、また交通の特性はその存在から不可分なので、今後もそうあり続けるだろう・・・」

『マハン海戦論(Naval Strategy)』

「交通」=「通商」として、海上通商こそがあらゆる時代に最も実り多き富をもたらした、

として次のように言及してもいる。

「富は一国の物質的、精神的活力の具体的な表現にほかならない。

したがって、こうした交通を自国に保証し、敵国には阻止する力は、軍事作戦において交通が

軍隊の存在に影響したり、雨と太陽への自由なアクセス―外部からの交通―が植物の命に影響

したりするように、一国の活力の根幹に影響を及ぼす。

これが海洋国家(シー・パワー)の特権である。大陸国家に対して海洋国家がアジアで苦心してい

る位置と数の不利を、海洋国家は主に―実に、それだけではないとしても―この特権で埋め合

わせている。それで十分なのだ・・・」『マハン海戦論(Naval Strategy)』

さらには、もし海洋国家が米国で支持されるようになった提案を受け入れ、戦時における敵国

通商の免除という譲歩によって海洋交通の支配を放棄するなら、海の主権を捨てることになる

だろうと、まだ海洋強国ではなかったアメリカに対して指摘していた。

「通商破壊と封鎖」にも言及しているが、

「敵の通商への攻撃とは敵を無力にすることであり、そのうえ、商業活動の複雑な状況では、

他分野も巻き込むことなしに一つの分野に重大な損害を与えることはできない。

これを「通商破壊」という現代の言葉が意味する財政的影響および政治的影響と呼ぶことがで

きるかもしれない」『マハン海戦論(一八一二年戦争との関係におけるシー・パワー)』

とし、「通商封鎖」は、

「敵港湾の外に十分な戦力を配置することで、敵戦闘艦の集団をその港湾に封じ込める軍事手

段と混同するべきではない。通商封鎖は商船に対して向けられるものであって、狭義の軍事作

戦ではなく、それには必ずしも戦闘を伴わないし、封鎖された港湾の攻撃を企てることもな

い」『マハン海戦論(一八一二年戦争との関係におけるシー・パワー)』

としている。

決定的な制海権は、

「一国の資金力を苦しめるのは、数の大小にかかわらず個々の船や船団の捕獲ではない。

敵国船舶を海から追いやったり、逃亡者としてのみ現れることを許したりする高圧的な力、

大きな共有地を管制することにより、敵の海岸を出入りする通商が移動する公道を閉じる力を

持つことが、一国の資金力を苦しめるのだ」

『マハン海戦論(一八一二年戦争との関係におけるシー・パワー)』

大海軍によってしか行使され得ない、圧倒的な海軍を有しているなら、自国の主張を通すこと

ができるかもしれない、と指摘していた。

第一部の最後に『シー・パワーへの米国の関心、現在と将来』から転載した「海戦への備え」と

いう章を設けているが、戦争への準備は二つの項目に分類されるという。

「準備(プリパレーション)」と「備え(プリペアドネス)」。

前者は主に兵器に関する問題であり、その行為は絶えず続き、後者は完了という概念を含み、

ある特定の瞬間に準備が完了しているなら、その者には備えがあり、その逆ではないと。

「戦争への準備の問題に関しては、戦争がなお勃発する可能性があると認め、自国の備えがで

きていることを願うすべての者は、ある明確な考えをまず取り入れるべきである。

この考えとは、戦争がその起源や政治的性格においていかに防勢であるとしても、戦争におい

て単なる防勢をとることは破滅のもとであるということだ。

戦争とは、一度宣戦布告されたならば、攻勢的に、攻撃的に戦わなければならない。敵の攻撃

を防ぐのではなく、敵を打ち負かさなければならない。

その後で賠償金を一切免じてやり、獲得したものをすべて放棄することはできるが、敵が倒れ

るまでは絶え間なく無慈悲に叩き続けなければならないのだ」

『マハン海戦論(シー・パワーへの米国の関心、現在と将来)』

準備には二つの要素があるという。

それは「防勢」と「攻勢」であり、前者は主に後者のために存在すると。

「・・・襲撃してくる可能性がある最大の部隊に対して海に出て、合理的な勝算を持って戦うのに

十分なほど多くなければならないということだ。

我々が主張し、また我々の過去の歴史がそれを正当化するように、我々は攻撃を仕掛けること

に気が進まない国民であり、領土や権益を戦争によって拡張することを望まないので、我々が

自ら維持しようと努める戦力の物差しは、必然的に、我々の〈領土〉拡大計画ではなく、敵は

そう考えないにせよ我々が合理的な政策と考えるものを妨害しようとする他者の作戦計画に依

存する」『マハン海戦論(シー・パワーへの米国の関心、現在と将来)』

第一部では、シー・パワーは何であるかといったふうに海軍の基本原則を説き起こしているが、

第二部では「歴史におけるシー・パワー」として、ルイ一四世下のフランスやイギリスのシー・

パワーの発展、アメリカ独立戦争におけるシー・パワーやフランス革命時のフランス海軍、

コペンハーゲンにおけるネルソンの戦略やトラファルガーの海戦、米西戦争やサンティアゴ封

鎖、日露戦争における「現存艦隊」と「要塞艦隊」や対馬でのロジェストヴェンスキー、など

のシー・パワーを解説・分析している。

第三部では、ハワイ併合のことや日本のこと、太平洋における米国の権益といった国家政策や

時事評論などが収められている。

「「シーパワー」とは、「海における軍事力」、つまり艦船の数や性能、その乗組員の能力や

規律のことである」『中国4.0』エドワード・ルトワック

最近では、中国が血眼になって「シー・パワー」を増強して南シナ海や東シナ海に出てきている

が、ルトワックによれば、それが中国の犯している致命的な戦略上のミスであると指摘し、

「シー・パワー」の上にはもう一つ上位の概念が存在するとしている。

それは「海洋パワー(マリタイムパワー)」。

「シー・パワー」は自国の資金や努力によって獲得できるものだが、「海洋パワー」は、他国と

の関係性からもたらされるものであり、とくに沿岸国、島嶼国、半島国との関係性が重要とな

る。

「代表的な海洋国家であるイギリスの圧倒的な影響力は、狭義の軍事力だけでなく、友好国と

の軍事的、外交的、経済的、文化的な関係などに基づくもので、これらが組み合わさって

「海洋パワー」という総合力を形づくっているのだ」『中国4.0』エドワード・ルトワック

日露戦争時のロシアの「シー・パワー」は、日本の同盟国であるイギリスの「海洋パワー」によ

ってほぼ無効にされた。当時のイギリスは、世界中の多くの港をコントロールしていて、バル

チック艦隊は燃料となる石炭を補給できなかった。ロシアにもフランスとの同盟が存在してい

たが、フランスはイギリスのような影響力がなかった。よって日本海に到達するまでに、

バルチック艦隊はすでに疲弊しきっていた。日本海海戦で敗北したのも必然であった、

とルトワックは指摘する。

「今から五〇年後を考えてみよう。アメリカは新たな空母をいっさい建造しなくとも、

「海洋パワー」を保持していることで、依然、支配的な立場にあるはずだ。

これは、ジブチ、ディエゴガルシア、ペルシャ湾地域にある諸同盟国、そしてエジプトの港を

使用できることを意味する。

一方、中国は空母を二〇隻建造しようとも、「制海(シーコントロール)」は不可能だろう。

なぜなら彼らがどこにいようとも、すべての港にはアメリカ軍が存在して、その奥の陸地には

アメリカの航空機が駐留し、アメリカの友好国や同盟国に囲まれることになるからだ。

中国の最大の弱点は、アメリカと紛争を絶対に起こせない、という点にある」

『中国4.0』エドワード・ルトワック

ただ、港を必要とせず世界中を航行できる原子力潜水艦は、「シーパワー」をそのまま「海洋

パワー」に直結できる存在であると言及している。

極端かもしれないが、マハンの「シー・パワー」に囚われすぎて、ヴィルヘルム二世時代のドイ

ツや戦前の日本、ソ連や現在の中国は失敗した、と言えるのかもしれない。

本書は、そんなマハンの思想を俯瞰できる構成になっているが(噂通りジョミニの影響も強く感

じられる)、矢吹氏の“訳者あとがき”もマハンを時代背景の中に位置付けて詳述しているので、

かなり参考になる。

「新しい海軍政策の形成とマハンの著作の主要な議論には、一八七〇年代半ばから一八八九年

までに海軍研究所や海軍情報部、海軍大学校などに集った改革派の海軍士官たちの集合知が反

映されていた。

つまり、マハンの真価は著作の独創性よりも、最高のタイミングで同時代の集合知を巧みに総

合したことにある」(“訳者あとがき”)


本書では言及されていないが、マハンは、人間社会における生存競争と、それに勝ち残り得る

適者が生存する、というハーバート・スペンサーの社会進化論(Social Darwinism)に染まってい

たみたいだ。

我々の第一の防衛は敵の港の近くです。

そして、私の麾下にこれほど相当な戦力を置くことによって、海軍省はこうした用心をしてい

るので、敵が自国沿岸から一〇マイル(約一六キロ)離れる前に殲滅されるだろうという十分な

根拠ある希望を、思い切って表明させていただきます。

ネルソン

created by Rinker
アルフレッド・セイヤー・マハン 原書房 2017-10-25