『トランプの黒幕 日本人が知らない共和党保守派の正体』 渡瀬裕哉



なぜ、多くの日本人は米国大統領選において、

「トランプ敗北・ヒラリー勝利」の誤ったシナリオを妄信してしまったのだろうか?

その原因は、米国共和党についての基本的な知識、

特に共和党保守派の重要性についての認識がなかったことにある。

そして、それはトランプ大統領が就任してからも何も変わっていない。

このままでは、日本は今後対米認識と対応について、致命的なミスを犯すであろう。

今、私たちはトランプに関するメディアや有識者らのヒステリックな反応から距離を取って、

トランプ政権の本質に迫る冷静な考察を深めるべきなのだ。

『トランプの黒幕』渡瀬裕哉

著者の渡瀬裕哉氏は、共和党保守派の年次総会であり、大統領選の信任投票が行われた場であ

るCPAC(Conservative Political Action Conference)や、ワシントンで保守派の有力団体であ

る全米税制改革協議会(ATR)が主宰する水曜日会という会合などに参加し、アメリカの保守派

の動向に精通している日本では稀有な存在。

日本では、自治体の首長・議会選挙の政策立案や政治活動のプランニングにも関わったりもして

いるという。

渡瀬 裕哉 (早稲田大学招聘研究員でもある)

本書の出版は2017年4月なので、少し時間の経過を感じさせる箇所もあるが、メディアでは決

して言及されることのない、アメリカの保守派の流れが容易に掴める記述も豊富に存在してい

るのでかなり参考になる。以下、気になった箇所を簡単にご紹介。

「トランプ大統領とは、共和党保守派が実質的に作り上げた大統領である」(本書)

「トランプの政治的な方向性は、共和党内で影響力を強める共和党保守派が信じる米国の建国

の理念を踏まえた自由主義とパトリオティズムが融合した保守主義の考え方に基づくものにな

っている」(本書)

共和党には二つの党内派閥があるという。

一つは、比較的民主党に近いリベラルな傾向を持つ主流派、

もう一つは、減税・規制緩和などの小さな政府の原理原則を貫く保守派。

日本から眺めると共和党は一枚岩のように見えるが、主流派の代表的な人物は、

ブッシュやマケインやロムニー、大統領選挙の候補者であったジェブ・ブッシュやクリス・クリ

スティ、ジョン・ケーシック、マルコ・ルビオなど。

主に当選回数の多い有力な政治家たちで構成しており、ワシントンで人脈を構築することによ

って、自らの政治的利益のために利益誘導に走る傾向があり、大きな政府に寛容であり、

大企業・業界団体との関係を持つ。

保守派は、アメリカの大地に深く根差した政治思想を背景に持つ大衆による政治勢力であり、

保守派の人々にとっては唯一米国国民としての建国の理念の「価値観を共有できるか否か」が

同じ社会を構成する重要な要素とされている。ちなみに、ネオコンは保守派の傍流に属する

人々。

「米国は、英国による植民地支配から自由を求めて独立した人々の国であり、

その建国の理念は合衆国憲法において高らかに宣言されている。

合衆国憲法は、三権分立などの基本的な事柄を定めた条項と、自由主義的な諸権利を定めた修

正条項によって成り立っている。

共和党保守派とは、これら憲法に定められた人々の権利を教条主義的に守ろうとする傾向があ

り、米国における護憲派として捉えると分かりやすい・・・」(本書)

その憲法に定められた建国の理念を守ろうとする立場から、財産権の保障=減税、信教の自由

=中絶反対、武器を保有・携帯する権利=銃規制反対など、自由主義的・保守主義的な政治思想

を主張する共和党保守派の政治行動が生まれてくるという。

保守派の選挙による強みは、草の根団体による豊富な運動展開能力にあり、保守主義の理念を

共有した市民が自律的に活動する強力なネットワークによって構成されているという。

「ティーパーティーなどの減税を訴える団体、全米ライフル協会のような銃規制反対を訴える

団体、全米独立企業連盟などのビジネス規制に反対するスモールビジネスの団体、労働組合か

ら労働契約の裁量権を取り戻すことを主張する団体、大学におけるリベラルな教育に反対する

学生団体、学校選択制を推進する教育団体、中絶や同性婚などの法制化に反対する宗教勢力、

さらにはそれらの団体の構成員の選挙活動をサポートする訓練機関など、米国の建国の理念を

共通項としながら様々な派生運動が協力し合う形で活動を行っている」(本書)

この草の根団体が結束して作り出した大統領がトランプ大統領である、と著者は指摘してい

る。

さらに保守派は、自らの主張を実現するために、政策立案・政策人材育成を実施するシンクタ

ンクも設立している(一九七〇年代から)。

「現在の大学のポストがリベラル勢力によって占められているため、シンクタンクはそれらに

対抗するために作られた保守派の考え方に賛同する人々からの寄付で成り立つ研究機関であ

る。特にヘリテージ財団などの保守派のシンクタンクが供給する政策は、減税・規制緩和などを

テーマにした米国建国の理念を現実の諸問題に対応する具体的なレベルにまで落とし込んだ洗

練されたものとなっている」(本書)

当然、民主党系のリベラル勢力などから目の敵にされている共和党保守派だが、最大の敵は同

じ共和党内部に存在する主流派だとしている。その主流派の信用ならない態度に蔑称の意味を

込めて、「名ばかり共和党員(RINO:Republican In Name Only)」と呼んでいるという。

「・・・保守派の政治家の演説では、常にパトリオティズム(愛郷心)と小さな政府の主張が事実上

同一のものとして融合することになる。

したがって、保守派の論理展開を踏まえると、大きな政府を主張するリベラルな政治勢力は愛

国的ではないということなり、米国を破壊しようとしている人々に見えることになる。

また、保守派にとってワシントンの中央集権的な体質も、極めて分権的な政治体制を取ってき

た米国の伝統的な政治体制に対する挑戦として捉えられている」(本書)

共和党保守派は、ハイエクの『隷属への道』を政治・経済思想の理論的なベースとしていて、

保守派の間では広く読まれているという。(これは有名な話だ)

トランプと共和党保守派との間に存在している、政策の唯一の違いは、巨額のインフラ投資の

是非ぐらいだろう、とも著者は指摘している。

「選挙戦のときと同じように、トランプに求められる役割は「共和党保守派が自らの政策的主

張を実現していくための梃子」のようなものであり、トランプが過激な発言でリベラル系のメ

ディアからの数々の批判を引き受けつつ、彼によって任命された保守派の閣僚らが本来はメデ

ィアから激しい追及にさらされるはずの保守的な政策を淡々と実際に実行していくという役割

分担が行われると推測される」(本書)

以上、簡単に個人的に気になった箇所しか触れなかったが、本書は、トランプが選ばれた理由

から大統領選挙の分析、トランプ政権の本質などに迫り、それを踏まえた上で日本はどう対応

していけばいいのか、ポピュリズムとは何か、などを独自の観点から分析している。

よく大手メディアなどで、保守派は排外主義に凝り固まっている、などの論調を聞くことがあ

るが、実際は「共和党保守派の人々にとっては仲間であるか否かは、国籍や肌の色よりも保

守主義(=自由主義)の価値観を共有していることのほうが何よりも重要だということだ」(本

書)ということであり、著者自身が保守派の会合などに参加している状況を見れば理解できる。

最近では、『日本人の知らないトランプ再選のシナリオ―奇妙な権力基盤を読み解く』

出版されているみたいだ。