日本を代表する軍事アナリストの原点。そして海兵隊・・・ |『在日米軍―軍事占領40年目の戦慄』小川 和久


私が国の政策に関わることになったのは、講談社『週刊現代』の記者から独立した直後に出し

た『在日米軍−軍事占領40年目の戦慄』(講談社)がきっかけである。しばらくして、浜田卓二

郎自民党衆議院議員主宰の政策集団・自由社会フォーラム(FLS)の議員勉強会に招かれることに

なった。以来、自衛隊のカンボジアPKO(国連平和維持活動)派遣にはじまり、イラク復興支援

など様々な局面で、あたかも政策の隙間を埋め、乖離を接着するような役割を果たすことにな

った。

『フテンマ戦記』小川和久

日本人のモノサシでは理解しにくいことかもしれないが、ワシントンからながめた日本列島に

は、アメリカの命運を握る戦略的重要性が秘められているのである。その場合、最も象徴的な

指標となるのは、アメリカの世界戦略にあって在日米軍基地がどれほどのウエイトを占めてい

るか、であろう。

『仮想敵国ニッポン』小川和久

1984年、筆者は米国政府の正式な許可のもと、在日米軍基地を徹底的に調査し、日本で初め

て日米同盟の実態を『在日米軍−軍事占領40年目の戦慄』(講談社)という単行本にまとめ、出

版した。この調査を通じて、米軍基地を提供する日本は米国本土と同じ位置づけにあり、すで

に米国との間で集団的自衛権を行使している状態にある、と考えるようになった。

『日米同盟のリアリズム』小川和久

「国の政策に関わることになった」「アメリカの命運を握る戦略的重要性」「米軍基地を提供

する日本は米国本土と同じ位置づけ」「すでに米国との間で集団的自衛権を行使している状

態」。少し大袈裟に聞こえるかもしれないが、これらのきっかけとなった出来事や解釈はすべ

て、本書『在日米軍−軍事占領40年目の戦慄』(以下『在日米軍』)に行き着くということであ

る。

「世界的な国際関係の常識からいって、在日米軍の実像を知らない日本人は、愚か以外の何も

のでもなかろう。事実、世界の先進国からそう見られている。そのことが日本の国際的な信頼

性を低からしめ、政治的発言力の欠如のみならず、経済問題を打開する糸口を失う原因になっ

ている現実がある」(本書)

ご存知の方も多いかと思われますが、著者の小川和久氏は、敗戦間もない1945年12月の熊本

生まれである。中学卒業後(確か家庭の事情だったと思う)、第7期自衛隊生徒として陸上自衛隊

生徒教育隊・航空学校修了(霞ヶ浦分校で航空機整備を学ぶ)。その後、同志社大学神学部に進

むが中退し(確か学費の面で折り合いがつかなかったと思う)、鳥取の日本海新聞での記者を皮

切りにジャーナリズムの世界に足を踏み入れ、昭和50年からは講談社『週刊現代』の記者を8

年間経験したのち、民間では初となる軍事アナリストとして独立。以降は、外交・安全保障・

危機管理の分野で政府の政策立案に関わり、国家安全保障に関する官邸機能強化会議議員、日

本紛争予防センター理事、総務省消防庁消防審議会委員、内閣官房危機管理研究会主査などを

歴任。小渕内閣の時には野中広務官房長官とドクター・ヘリを実現させている。有名な話だ。

2020年3月には『フテンマ戦記』が出版され、その関わりが具体的に明らかにされたが、民間

人の立場でありながら普天間基地返還問題に関わった。小川氏の案は実現されなく、いまだに

その答案は眠ったままなのだが、小川氏は全ての面を考慮に入れて導き出したのが、“キャン

プ・ハンセンの陸上案”である。小川氏の案に勝るものは存在せず、移設先の辺野古は基地機能

の点で論外である。GAO(米国議会政府監査員)や元在沖縄米軍海兵隊外交政策部次長のエルド

リッヂ氏もはっきりとその問題点を指摘している。小川氏の案はゆくゆくは実現されるだろ

う、と個人的には思っている。

軍事アナリスト・小川和久

『日米同盟のリアリズム』から引用した言説で示されているように、本書は、軍事アナリスト

として独立したばかりの小川和久氏が、1984年に米国政府の正式な許可のもと、在日米軍基

地を徹底的に調査し、日本で初めて日米同盟の実態を赤裸々に綴ったものである。

本書の解説を書かれているのは、当時朝日新聞編集委員・ストックホルム国際平和研究所客員

研究員であった田岡俊次氏であるが、その田岡氏の言葉を借りれば、「在日米軍の主要基地の

現地取材と、大量の資料を駆使することにより、在日米軍の実態と機能を詳細、克明に描いた

本」ということである。

在日米軍基地(2016)

8月の炎天下のなか小川氏が取材で訪れた在日米軍基地は、北は三沢から南は沖縄まで。

順に紹介していくと、まず、東北の小アメリカ「三沢」であり、その中にあるセキュリティ

ー・ヒル(“安全保障の丘”)というもう一つの“基地”であり、さらにその中の“象のオリ”(2012年

に閉鎖)を世界で初めて取材した。そして忘れてはならないのは、この時代は冷戦の末期であ

る。アメリカ側にとっては、ソ連海軍が外洋に進出するのをチェックし、ときには撃破するた

めの重要なポイント、対馬、津軽、宗谷という三つの海峡があった。その“チョーク・ポイン

ト”の一つである対馬海峡に近いのが佐世保基地である。小川氏が本書で説明するまでは佐世保

基地が具体的にどんな重要な任務を持っているか、これまで明らかにされたことはなかった

が、その秘密に迫った。

いわずもがな、アメリカ海軍の中で最大の規模と戦力を誇り、地球の半分を活動範囲とする第

7艦隊の質の高い保守・点検機能を提供しているのが、横須賀と佐世保の米海軍基地である。

横須賀は空母打撃群、佐世保は揚陸艦による遠征打撃群の母港としている。その横須賀基地に

は、北西太平洋とインド洋でのアメリカ海軍の作戦をすべてコントロールする“コマンド・ケイ

ヴ”と呼ばれる洞窟司令部があり、今はどうか知らないが、当時は第7艦隊の指揮中枢であっ

た。そこも取材している。さらに外から眺めただけであったが、頑丈な鉄格子が嵌め込まれた

建物にあり、第7艦隊の第74任務部隊の秘密司令部であるTF74(横須賀にある)、アメリカ海軍

への取材の中で、唯一立ち入りを拒否された上瀬谷基地(平成27年6月30日、日本側に返還され

た)について説明されている。

アメリカ空軍の戦力の象徴である嘉手納基地は、在日米軍基地で最も長い3650メートルの滑

走路を二本も備えている。その嘉手納では、基地機能や戦力の分析から「嘉手納が極東におけ

るアメリカ空軍の総合戦力を備えた基地」、「嘉手納には、アメリカ空軍のあらゆる種類の部

隊が展開しているといってよいほどである」ことなどを喝破。さらには、嘉手納基地の部隊は

韓国だけでなく、中東まで出撃したことも指摘している。嘉手納基地で出迎えたのは基地の報

道部次長パイシッグ大尉であったが、そのパイシッグ大尉との会話の中で、猛毒を持つハブに

ついてのやり取りがあるが、ハブは嘉手納基地の特殊任務を象徴しているということである。

同じ沖縄には戦闘即応態勢で臨む海兵隊がいる。その海兵隊基地司令部はキャンプ・バトラー

にある。そこにも足を運んだ小川氏は、当初取材に対応するのはごつい大男を想像していた

が、顔をみせたのはチャーミングな女性の広報将校だった。さらにそこから海兵隊を指揮する

頭脳であるキャンプ・コートニーを訪れ、作戦参謀のスミス少佐からブリーフィングを受け

る。コートニーの取材で気がついたことは、日本人の想像以上に平時に編成されている部隊と

しては、世界最大の破壊力を秘めた巨大な戦力だったということである。アメリカとタイの合

同演習コブラゴールド84を説明しているくだりでは、「タイのような“極東”エリア内ばかり

か、沖縄の海兵隊はなんとアフリカまで出動して演習したという実績させ持っている。国民が

全く知らないあいだに、中東やアフリカの紛争に介入する演習が、堂々と行われていたのであ

る」と当時は認識されていなかったことを指摘し、アメリカにとって沖縄は“キー・ストーン・

オブ・ザ・パシフィック”、つまり“太平洋の要石”、ということにもこの時代に言及している。

もちろん海兵隊の歴史を説き明かしてもいる。

アメリカ陸軍司令部キャンプ座間ほど、取材をされたくないという姿勢をあからさまに示した

米軍基地はないという。小川氏が取材をした時も、広報担当下士官パーセル軍曹の白いローレ

ルで基地内を一巡して終わっている。それはなぜなのか。一口で言えば、500MI、つまり第

500軍事情報大隊がいるからである。小川氏はアメリカ陸軍の説明資料を入手してこの秘密の

ベールで包まれた情報部隊の素顔に迫っている。500MIとはメリーランド州に司令部を置くア

メリカ陸軍情報保安軍団の指揮下にあり、アジアでの情報活動を受け持っていた。司令部はキ

ャンプ座間にあり、“ペンタゴン”と呼ばれる在日アメリカ陸軍司令部の東隣、102号ビルのC棟

にあった。このほか106号ビルなど8ヵ所の建物が500MIのオフィスと隊員の宿舎に使われて

いたという。小川氏はある防衛庁の情報担当官に「500MIのことをあまりほじくると、尾行さ

れたり電話を盗聴されますよ。記事にするなら、米軍の資料の範囲内にしておいたほうが無難

です」とも告げられている。適性分子を監視するだけでなく、時には複雑な情報工作を行うこ

とこそ、500MIの本当の任務だった。そしてこの文脈に続いて、トリイ・ステーションを基地

としていたグリーンベレーを説明する。「マスコミに沈黙を続ける在日アメリカ陸軍の横顔

は、まさに“サイレント・アーミー”とでも呼ぶべき不気味さを秘めていた。そして、その有事

にあたっての作戦行動は、500MIやグリーンベレーによる平時の水面下での戦いで得たデータ

をもとに、緻密に練り上げられているのだ」

在日米軍基地にはいかなる機能が隠されているのか。それが本書の主旨であり、アメリカ政府

の資料をもとに詳しく紹介している。その調査から小川氏が導き出したのは、およそ地球の半

分におけるアメリカの軍事行動を支える機能が在日米軍基地に置かれている、ということであ

る。これが副題につけられた「軍事40年目の戦慄」ということである。しかもこの事実に関し

ては小川氏が本書で公にするまで、一握りの人しか知られていなかった(今でもそうかもしれな

い)。それを公にしてくれたのが、軍事に精通し、またジャーナリズムの観点を備えた小川氏で

あり、特筆すべきことである。歴史的な記録としての価値も有している。この調査・分析を通

して導き出したことは、本書で具体的に説明されているが、2017年に出版された『日米同盟

のリアリズム』の中でも主張し続けていることである。

以下は同書から引く。しかし、長くなるので要約したものを載せる。

「筆者が調査した当時、米国は海軍が戦略的に使うための燃料を日本の3カ所に備蓄してい

た。トータルで1107万バーレル。国防総省管内で最大の燃料貯蔵能力を構成していたのであ

る。内訳は国防総省第2位の鶴見(横浜)570万バーレル、第3位の佐世保(長崎)530万バーレル、

八戸(青森)7万バーレル。これは、平時に海上自衛隊を2年間支えられるだけの巨大な備蓄量

だ。(中略)その後、横浜の施設の一部が返還されるなどの動きはあったものの、基本的な構造

は変わっていない。弾薬も同様だ。たとえば米国陸軍は広島県内に秋月(江田島)、川上(東広

島)、広(呉)という3カ所の巨大な弾薬庫を置き、その貯蔵能力は11万9000トンと、自衛隊が持

っているすべての弾薬11万6000トンを入れても3000トン分の空間が残る規模だし、佐世保に

ある海軍と海兵隊の弾薬庫はアフリカ南端の喜望峰までの範囲で「最大の陸上弾薬庫」と明記

されていた。3つ目の「情報」についても、日本は強力な拠点となっている。青森県三沢基地

を中心とする情報関連施設は、戦後、英語圏5カ国(米国、イギリス、カナダ、オーストラリ

ア、ニュージーランド)で維持されてきた通信傍受システム「エシュロン」の重要な一角をなし

ていると言われている(後略)」

小川氏が在日米軍基地を取材した時は、まさに戦後40年にわたるアメリカの軍事占領がピーク

を迎えつつあった。日本はソ連を撃つための米軍の巨大な出撃基地であり、同時に補給、情報

の基地としても、アメリカの対ソ戦略に欠くことのできない一大軍事複合体を形作っていた。

「日米同盟は対称的な関係ではないが、日本は非対称的な関係ながら最も双務的な同盟国とし

て、戦略的な役割分担を果たしている」「日本列島を失えば、米国は世界のリーダーの座から

転落することになる。だからこそ、日米同盟は米国にとって死活的に重要であり、何があって

も維持したい関係なのだ」(『日米同盟のリアリズム』)。本書ではそこまで踏み込んで言及は

されていないが、そういうことである。そしてこの時代のアメリカは、21世紀を睨みながら

着々と対ソ包囲網を築いていた。本書とほぼ同じ時代の89年に書かれた『仮想敵国ニッポン』

では、その要素を三位一体として説明している。①同盟国の戦略への組み入れ、②在日米軍基

地の強化、③それにアメリカがみずから手を下しての戦略的仕上げ、であった。これは小川氏

の独断と偏見によるものではなく、アジアの同盟国での軍事基地建設に関するアメリカ政府の

公式なレポートをみれば、明らかだったという。それは今現在の対中包囲網と同じである。

「戦略というものは、それが巨大であるほど、真相が明らかになるには歴史的な時間の経過を

必要とする」(『仮想敵国ニッポン』)


せっかく軍事アナリスト・小川和久氏の原点ともいえる著作『在日米軍』のあらましを紹介し

たので、“キー・ストーン・オブ・ザ・パシフィック”に展開する海兵隊について少し書きた

い。ぼくが長らく育った地域は東京を含む関東エリアなのだが、生まれたのは沖縄の那覇であ

る。もちろん親戚もたくさん沖縄にいる。なので嫌でも海兵隊の存在は意識せざるを得なかっ

た。それは物心が付く頃からそうである。いとこは基地で英語を習い、ぼく自身は基地のプー

ルで遊び、伯父は基地で働き、母親の友人は今でも基地で通訳として働いている。沖縄にある

基地とはどのような存在なのだろうか?海兵隊とはどのような組織なんだろうか?海兵隊の全

容を把握しなければ沖縄の基地負担軽減には向かわないだろう。この疑問に明確に答えてくれ

たのが小川和久先生であった。そして小川先生の教えを橋頭塁として知識を蓄えていった。

「海兵隊を知らないと尖閣・普天間を解決できない」(『中国の戦争力』小川和久)

この言葉を胸に刻んでいる。以下はぼくの頭の中を整理する意味もあるが、海兵隊について書

く。

アメリカ海兵隊のエンブレム

海兵隊は1775年創設であるが、この米軍最古の伝統をいつも前面に掲げている。

シンボルマークは、海軍とともに世界中で行動する武力を意味し、錨と鷲をあしらった地球で

ある。イメージカラーは血を思わせる緋色(スカーレット)で、海兵隊の司令部の廊下や階段に

は、必ずスカーレットの鮮やかなカーペットが敷きつめられている。これも海兵隊の忠誠心の

証しとされている。そして、海兵隊員がしばしば口にする“Semper Fi!”(センパー・ファイ)と

いう言葉は、ラテン語の“Semper fidelis”のことで、「常に忠誠を」(Always faithful)という標

語である。この言葉は、上に載せた海兵隊の紋章の鷲がくわえている巻紙にも記されている。

サンディエゴのBOOT CAMP(新兵訓練所)の様子。教練指導官はドリル・インストラクターと呼ばれている。

アメリカ海兵隊は「両生類」(amphibia)の性格を備えている。もともと陸上と水上の区別なく

活動できる「(水陸)両用戦部隊」(amphibious force)である。なので海兵隊は独自に、歩兵、

砲兵、戦車といった地上部隊の他に、ジェット戦闘機、ヘリコプター、オスプレイなど航空機

の部隊も備えており、その高度の自己完結能力と機動性によって、最初に海外に派遣される緊

急展開部隊として位置付けられている。海兵遠征隊(2200人規模)は30日間、海兵遠征旅団(1万

4500人規模)は60日間、無補給で戦闘可能であり、自己完結能力の高さが理解できる。

さらに2002年頃から、アメリカ海兵隊は「シー・ベーシング」という作戦構想を採用してい

る。はるか洋上に空母機動部隊と強襲揚陸艦からなる海上基地(シーベース)を展開し、まずは

トマホーク巡航ミサイルや海軍、海兵隊の戦闘爆撃機、空軍の戦略爆撃機などによる圧倒的な

空爆で目標をたたき、その後に海兵隊の地上部隊が垂直離着陸機オスプレイやヘリコプターを

使って目標地域に乗り込んでいく。一般にイメージされているような海岸に上陸用舟艇で乗り

上げる、といったことは限られた局面でしか考えられなくなっている。

そんな海兵隊が長距離を移動する場合は、1990年夏の湾岸危機と03年のイラク戦争で短期間

にペルシャ湾岸に展開したように、普通は「CRAF」(民間予備航空隊)と呼ばれるチャーターし

た旅客機が使われる。小型武器と身の回り用品を入れたバックだけを持った海兵隊員はCRAF

の旅客機で紛争地周辺国に急行し、事前集積船(MPS)でやってくる重装備とドッキングする仕

組みであるという。この「シー・ベーシング」と「CRAF」の運用に関しては、小川和久氏し

か説明していない。防大の武田康裕『日米同盟のコスト』や梅林宏道『在日米軍』では、説明

されていない。

その海兵隊は総兵力20万人、航空機約1200機(うちジェット戦闘機・攻撃機約400機)を保有し

ており、中規模の国であれば、その全軍と戦っても圧勝するほどの実力を備えているという。

海兵隊は自分たちだけで陸海空の戦力を持つ「独立した軍隊」である。忘れてはならないの

が、海兵隊は命懸けの勇猛な部隊であり、海兵隊を頼りにし、また誇りに思うアメリカ人が少

なくないということ。小川氏がこれまで接触してきたアメリカの当局者、特に国務省の人たち

は、海兵隊に対してたいへん気を遣っており、負い目すら感じているようだったという。

沖縄の米軍施設・区域は、32施設で総面積188、222千平方メートルに及ぶ。

海兵隊は予備役(海兵隊予備役部隊、ルイジアナ州ニューオーリンズ)を除けば、第1から第3ま

で三つの「海兵遠征軍」があり、第1海兵遠征軍(カリフォルニア州・ペンドルトン)、第2海兵

遠征軍(ノースカロライナ州キャンプ・レジューン)がアメリカ本国の東西両岸に飛行場とセッ

トで配置されている。そんな海兵隊が唯一、有事即応部隊を置いているのが日本の沖縄であ

り、それが第3海兵遠征軍(IIIMEF、沖縄県うるま市キャンプ・コートニー)である。

以下は、武田康裕『日米同盟のコスト』によりながら、在沖縄アメリカ海兵隊の構成と装備を

記していく。

第3海兵遠征軍(IIIMEF)のシンボルマーク

先に少しだけ触れたが、在沖縄アメリカ海兵隊は、60日間の継戦能力をもつ第3海兵遠征軍

(IIIMEF)、その隷下にあって30日間の継戦能力をもつ第3海兵遠征旅団(3DMEB)、15日間の継

戦能力をもつ第31海兵遠征部隊(31stMEU)で構成されている。MEFは中将を司令官に2万人〜

9万人規模の兵力を有する。MEBは、准将を司令官に3,000人〜2万人規模、MEUは大佐を司令

官に、1,500人〜3,000人規模の兵力を有している。

第3海兵遠征軍(IIIMEF)の内訳は、キャンプ・コートニーに司令部を置き、第3海兵師団、第1海

兵航空団、第3海兵兵站群、第3海兵遠征旅団(3DMEB)及び第31海兵遠征部隊(31stMEU)で構

成されている。

第3海兵師団のシンボルマーク

第3海兵師団は、約7,500人から成る陸上戦闘部隊で、キャンプ・コートニーに司令部を置いて

いる。第3海兵師団は、主に沖縄、日本本土、ハワイで訓練を行い、アジア太平洋地域におけ

る主要な陸上多目的部隊で、歩兵連隊2個のほか、第12海兵砲兵連隊、本部大隊、第3偵察大

隊、戦闘強襲大隊で構成されている。そのうち、歩兵連隊1個と砲兵大隊1個はハワイに駐留し

ている。

第1海兵航空団のシンボルマーク

第1海兵航空団の司令部はキャンプ・フォスターにあり、約7,500人の海兵隊員及び海軍兵から

構成されている。その隷下には回転翼強襲支援群2個(普天間航空基地の第36海兵航空群とハワ

イ・カネオヘベイ基地の第24海兵航空群)、固定翼・戦闘攻撃群1個(岩国航空基地の第12海兵

航空群)、航空指揮統制群1個(普天間航空基地の第18海兵航空管制群)で構成されている。普天

間航空基地には、CH-53大型ヘリ15機、CH-46E中型ヘリ24機とMV-22オスプレイの他、

AH-1W攻撃ヘリ10機、UH-1Y汎用ヘリ7機、KC-130J空中給油機12機が配置されている。

また、岩国航空基地には、F/A-18戦闘攻撃機ホーネット36機とAV-8B攻撃機ハリアー6機が

配置されている。

第3海兵兵站群のシンボルマーク

第3海兵兵站群の司令部はキャンプ・キンザーに所在する。約6,800人の海兵隊員と海軍兵から

成り、沖縄、ハワイ、日本本土に点在している。その隷下部隊は、第3、35、37戦闘兵站連隊

と、後方支援、物資補給、装備、土木工事、医療、歯科治療を行う6個大隊が含まれる。

第3海兵遠征旅団のシンボルマーク

第3海兵遠征旅団(3DMEB)は、7,000人〜15,000人の海兵隊員を擁する海兵空陸任務部隊で、

キャンプ・コートニーに司令部を置く。連隊規模の司令部隊、陸上部隊、航空部隊、兵站部隊

で構成され、任務内容に応じて規模や装備を柔軟に調整する。アメリカ海兵隊は、全18カ月を

約6カ月ごとに3区分し、学校教育や実動訓練を行う「展開前」、前方展開や演習を行う「展

開」、即応体制を維持しながら部隊編成の解除と次の展開準備を行う「展開後」というサイク

ルで運用されている。これは、部隊展開プログラム(Unit Deployment Program)と呼ばれ、

3DMEBはハワイから派遣された1個大隊を約6カ月間受け入れることになる。

第31海兵遠征部隊のシンボルマーク

第31海兵遠征部隊(31stMEU)は、キャンプ・ハンセンに司令部を置き、在沖縄アメリカ海兵隊

の中で、常時前方展開する唯一の即応部隊である。31stMEUは初動対処能力を有する中核部隊

で、約2,200人規模の即応性の高い部隊が常時編成されている。アメリカ軍再編によって

IIIMEFの要員8,000人とその家族9,000人が2014年までにグアムに移転する中で、31stMEU

とそれを支援する部隊は沖縄県内に残留した。


そんな31stMEUが島嶼防衛作戦を実施する際の初期対応の戦術編成が水陸両用戦隊

(Amphibious Squadron:PHIBRON)である。PHIBRONは、通常4万トン級の強襲揚陸艦

(Amphibious Assault Ship:LHA/LHD)1隻、2万トン級前後のドック型輸送艦(Amphibious

Transport Ship:LPD)1隻、1万トン級のドック型揚陸艦(Dock Landing Ship:LSD)1隻の3隻で

構成される。LHA/LHDからヘリコプター、LPDやLSDに搭載した上陸用舟艇及びエアクッショ

ン揚陸艦(LCAC)により、迅速な海兵隊員の揚陸に加え、大砲や水陸両用車両等の陸揚げが可能

になる。PHIBRONに定期的に乗船するMEUを併せた編成を、水陸両用即応群(Amphibious

Ready Group:ARG)という。揚陸艦3隻(強襲揚陸艦、ドック型輸送艦、ドック型揚陸艦)と1個

ヘリコプター中隊、1個攻撃飛行隊で編成されるARG-MEUということになる。

そして沖縄に駐留している部隊は、第3海兵遠征軍の一部にすぎないということも知っておく

必要がある。最初に海外に派遣される緊急展開部隊と位置づけられている海兵隊は、アメリカ

が関与する戦争や海外災害派遣の先陣を切る。それとこれは小川氏の指摘だが、第1海兵航空

団の航空機は456機である。普天間と岩国に展開していない残りは、アメリカ本土に置いてあ

る。日本周辺の有事には、保有する航空機のほとんどが沖縄や日本列島まで出てくることを想

定しなければならない。海兵隊はそのシナリオを明らかにしていないというが、普天間だけで

も300機に膨れ上がるのは間違いないという。イラク戦争でも第2海兵航空団と第3海兵航空団

は、それぞれ400機以上の航空機を投入している。なので普天間基地移設問題は、その規模の

航空機がやって来る可能性を前提に考えなければ、アメリカ側と交渉することなどおぼつかな

い。詳細は省くが、基地機能の面において辺野古はダメであるということである。

台湾の民進党系のシンクタンクが主催した国際フォーラムの席において、小川氏はスピーチの

中で「台湾の人々は自覚していないが、日米同盟は台湾海峡における中国の軍事的な展開を阻

止する唯一の抑止力となっている。中国の台湾に対する断頭攻撃を抑止しているのは、沖縄の

海兵隊地上部隊だけだ」と伝えている。それだけ沖縄の海兵隊は抑止力として機能しており、

この地域で何か起きた場合は、真っ先に31stMEUが駆けつけるということだ。

高い機動力と即応戦力をもつ31stMEUの駐留により、沖縄から尖閣諸島へ連なる南西諸島への

攻撃が抑止されている。

インド太平洋軍(INDOPACOM)の担任地域。今回この視点から書かなかったが、INDOPACOMは地域別統合軍の中で最大規模を誇り、その担任地域は地表の50%以上を占める。INDOPACOMの兵力は、陸海空及び海兵隊からの総勢約30万人の兵士で構成され、米軍全体の約20%を占める。INDOPACOMは、太平洋陸軍、太平洋艦隊、太平洋海兵隊、太平洋空軍などから構成されており、それらの司令部は全てハワイに置かれている。在日米軍は、インド洋・アフリカ東部近海を含むアジア・太平洋地域を主な担当地域とするINDOPACOMに属する。

2011年6月末現在、在沖縄米軍兵力は在日米軍全体の70.4%を占め、海兵隊は在日米軍の4軍

種中87.4%を占める。沖縄には、軍人・軍属及び家族を含め、総勢47,300人が駐留している。

そのうち、海兵隊は23,583人で全体の約50%を占め、軍人に限れば25,843人中15,365人で約

59%にのぼる。日本に駐留する米軍全体に占める在沖縄米軍、なかんずく海兵隊の集中配備が

顕著である。沖縄に駐留する米軍海兵隊の任務は先程説明したが、その多くが沖縄に集中する

のは、そうした海兵隊の運用上の理由に加えて、沖縄自身の地政学的な重要性も大きく関わっ

ている。“キー・ストーン・オブ・ザ・パシフィック”、つまり“太平洋の要石”ということであ

る。沖縄本島は、南西諸島を包摂とする半径500キロメートルの中心に位置し、島嶼防衛やシ

ーレーン防衛の観点から極めて重要である。沖縄から与那国島までの500キロメートルは、艦

船(20キロトン)で約13時間、ヘリコプター(120キロトン)であれば約2時間で移動できる距離で

ある。また、沖縄はソウルまで1,260キロメートル、台北まで630キロメートルの位置にあ

る。朝鮮半島や台湾海峡といった潜在的紛争地域に迅速に対応できるが、その反面、いたずら

に緊張を高めるほど近接してもいない。地理的に優れた場所にある。さらに言えば、西太平洋

からアジア・中東までを管轄する米軍海兵隊にとって、沖縄は大陸と太平洋とのアクセスに影

響を与える戦略的要衝と言える。

MCCS(海兵隊コミュニティサービス)の月刊誌から(2015)

2017年3月末の沖縄の米軍施設・区域は、32施設で総面積188,222千平方メートルに及ぶ。

そのうち沖縄本島には25の施設が所在し、北部訓練場、キャンプ・ハンセン、嘉手納弾薬庫、

キャンプ・シュワブ、嘉手納飛行場の5カ所で総面積の約82%を占めている。特に、全体の約

19%を占める北部訓練場は、沖縄最大の演習場であり、米軍唯一のゲリラ戦を想定したジャン

グル訓練場である。離島に所在する他の7カ所の米軍施設は、すべて射爆場である。

ちなみに、在沖縄米軍基地の総面積が沖縄県全体の面積に占める比率は、2017年3月の時点で

約8%である。2017年3月31日時点の在日米軍が日本全国で使用する128施設、981,084千平

方メートルに対し、沖縄県の占める比率は施設数で25%、総面積では19.25%に及ぶ。これを米

軍専用施設に限定すると、沖縄の米軍施設・区域は31施設、186,092千平方メートルで、全国

の78施設、264,405千平方メートルの実に約70%になる。ちなみに、在日米軍の沖縄集中に比

べると、自衛隊の沖縄におけるプレゼンスは極めて小さい。

キャンプ・ハンセンでの海兵隊(2019)

米海兵隊に限れば、沖縄には7つの基地(キャンプ・ゴンザルベス、キャンプ・シュワブ、キャ

ンプ・ハンセン、キャンプ・コートニー、キャンプ・フォスター(瑞慶覧)、キャンプ・レスタ

ー(桑江)、キャンプ・キンザー)を置き、これらを総括する基地の総称がキャンプ・バトラーで

ある。キャンプ・ゴンザルベスは、総面積78,242千平方メートルの北部演習場を管轄する。

総面積20,626千平方メートルのキャンプ・シュワブの任務は、訓練施設の整備と運営を行い、

部隊配備プログラムに参加している2つの歩兵部隊、戦闘強襲大隊と第3偵察大隊に施設を提供

し、普天間基地の移設先にもなっている。先ほども述べたが、キャンプ・ハンセンは、総面積

49,785千平方メートルで、第3海兵遠征軍の訓練設備の維持・運営を支援する。2008年から

は自衛隊も同施設で訓練ができるようになった。キャンプ・コートニーには在日米軍海兵隊の

司令部がある。キャンプ・フォスターの任務は、基地内の舞台への作戦、運営、モラル、安全

そして防衛支援管理にある。キャンプ・レスターはSACO最終合意で大部分が返還され、現在

は主に米軍の住居専用施設として使用されている。キャンプ・キンザーの任務は、継続的な戦

務支援(整備、補給、工作、そして医療支援)にある。

キャンプ・ハンセンでの海兵隊と自衛隊とのトレーニングの様子

普天間飛行場はキャンプ・バトラーには属さず、航空機の支援機能をもち、施設の維持・運

営、そして役務や物資を提供して海兵航空団やその部隊の運営を支援する。それに加えて、米

陸軍がトリイ通信施設(総面積189万5千平方メートルの基地)に特殊作戦部隊群第1大隊(日本に

駐留する唯一の米陸軍戦闘部隊)の390人を駐留させ、米空軍の嘉手納基地(総面積19,855千平

方メートルの中に3,700メートルの滑走路を二本を備える、極東最大の米軍基地)には、米空軍

最大となる第18混成航空団を約7,100名の人員が作戦、保守、任務補助、土木、医療に常時従

事している。そしてホワイトビーチ地区もあるが、ここは米第7艦隊の兵站支援港であり、同

艦隊第76機動部隊第1水陸両用部隊の母港で、燃料その他軍需物資の補給・積み降ろし港とし

ている。原子力潜水艦や揚陸艦なども洋上訓練の際にしばしば寄港する。

ちなみに、沖縄県内の国連軍基地は嘉手納、普天間、ホワイトビーチの3カ所である。

トリイ通信施設

嘉手納基地

ホワイトビーチ地区

色々と細々と書いたので読み難かったと思うが、小川氏の言葉を借りて結論を申せば、「そん

な日本列島の重要性を理解し、アメリカが日本に置く海兵隊はどんな能力を持つのかを押さえ

なければ、沖縄の基地問題を解決できるはずがない。ところが日本人は、政治家、官僚、学

者、マスコミを含めて、海兵隊についての基本的な知識を書いている。これが大問題なのだ」

(『中国の戦争力』小川和久)ということである。海兵隊をきちんと理解しないと沖縄の基地負

担軽減はうまくいかないし、それに応じる海兵隊の態度も硬化しかねない。どこまでがよく

て、どこまでがだめ、だという折り合いをつけることができない。

海兵隊を知ることがとても重要だということである。

小川氏のどの著作を読んでも、その“動き”を書いてくれている。これは小川氏しかできないだ

ろうと思う。そんな小川氏を通して海兵隊のことをまず理解し、それから広げていった。

防大・武田教授の著作にも大変お世話になった。『在日米軍』にはその海兵隊のことも記述さ

れており、軍事アナリスト・小川和久の原点のような著作だと思っている。

小川先生!長生きしてご教示してくださいね!

在日米軍とは、在日米軍司令官の指揮下にある陸海空及び海兵隊の部隊と、その指揮下にはな

いものの、日本に母港をもつ空母・艦艇で、日本に常時駐留する部隊を含む。また、在日米軍

基地とは、日米地位協定に基づき、米軍に使用を認めた「施設・区域」を指す。厳密にいえ

ば、陸軍では駐屯地(garrison)あるいはキャンプ(camp)といい、海軍では海軍施設(naval

base)や海軍飛行場(naval air staton)といい、空軍では空軍基地(air force base)あるいは空軍

施設(air force site)、海兵隊ではキャンプあるいは飛行場と呼ばれ、日本語の基地はそれらの

総称にすぎない。

『日米同盟のコスト』武田康裕

アメリカは自ら日本に制約を課しつつ、日本がもっと積極的に軍事的役割を果たすよう、数十

年にわたって、圧力を加えてきた。しかし、日本の戦略家は平和主義を唱え、双方の国益が見

事に合致していたため、アメリカも日本も同盟における非対称的役割を容認してきた。

『日本防衛の大戦略』リチャード・J・サミュエルズ

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小川和久 中央公論新社 2014-3-24