密約「日米地位協定議事録」|『日米地位協定-在日米軍と「同盟」の70年』山本章子


コロナ(COVID-19)で始まりコロナで終わった年の瀬は「日米地位協定」関連の著作を読んで

いた。なぜなら、普天間基地移設問題に当事者として関わり、尚且つ辺野古ではない、キャン

プ・ハンセンの陸上案という最適な解を提示し(そこには米海軍が日本本土を爆撃の拠点とする

ため建設されたチム飛行場があった)、日本で一番信頼している軍事アナリスト・小川和久氏

「日米地位協定の改定」を指摘していたからだ。この指摘がコロナで終わった年の瀬に急に無

意識から意識にあがってきた。そしてその流れに乗って、明田川融『日米地位協定』、前泊博

盛『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』、吉次公介『日米安保体制史』、梅林宏道

『在日米軍』などの著作−俗っぽく言えば「左」の方々−を立て続けに読みあさっていた。

2020年に石橋湛山賞を受賞した本書も読みあさった中の一冊であった。

著者の山本章子氏は北海道の出身である。一橋大学で国際関係論を学び、編集者として働いて

いたときに、沖縄に通い始めている。そして夫が沖縄の大学に着任し、住まいも沖縄に移し

た。山本氏は2018年から琉球大学専任講師となっている。


「安保改定60年その功罪と今後」と題して日本記者クラブで語った山本章子氏(琉球大学講師)

「私自身は日米安保条約を支持する立場だが、民主主義国家の中で国民の関知しない「密約」

に従った日米地位協定の運用を行うことは、条約と協定の正統性を著しく損なうものであり、

非常に問題があると考える。だが、この問題が知られていないためにこれまで議論がなされな

かった。暴行事件以来、在日米軍による犯罪や事故が起こるたびに、日米地位協定の改定が叫

ばれる。なぜ現状のような日米地位協定の運用が行われているのか、理解することなしに真の

解釈は得られないのではないか。そのような危惧が本書の執筆の動機となった」(本書)

「暴行事件」というのは95年9月に沖縄で起きた女児拉致・強姦事件のこと。

知のネットワークサイト– SYNODOS (シノドス)–でも「誤解だらけの「日米地位協定」」とし

て説明されているが、「日米地位協定」とは、日本に駐留する米軍の地位についての取り決

め。正式名称は「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく

施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定」。安保条約第六条で規定

されている「施設及び区域」(いわゆる米軍基地や訓練区域)と「合衆国軍隊」の日本国内の法

的地位を定めるため、1960年に日米安保条約の改定と合わせて結ばれたものである。

そしてその前身には「日米行政協定」がある。

1951年9月8日、日本はサンフランシスコ平和条約に署名し、再び独立国となるとともに、日

米間で「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約」(旧安保条約)を結んだ(1952年4月28

日発効)。この条約によって、米占領軍は在日米軍として日本における平時駐留の権利を得、同

条約第三条に基づく「行政協定」によって「施設及び区域」の使用が許されることになった。

「今日の在日米軍と米軍基地の基本的な形はこのときできたと言ってよい」(梅林宏道『在日米

軍』)。1952年2月28日に東京で日米行政協定が岡崎勝男外相とラスク国務次官補との間で調

印され、旧安保条約と同時の発効となった。独立後も引き続き米軍の駐留と基地の使用を認め

る日米安保条約と日米行政協定を結んだということである。

「日米行政協定には次の三つの問題点があった。まず、駐留軍の規模や場所、期限についての

定めがなかった。ダレスの言葉を借りれば、米国が「日本とその周辺に無制限に米軍を配置す

る権利」が担保されていた。また、米軍が占領期に有していた特権がほぼそのまま維持され

た。さらに、第二五条で米軍基地の運輸費、役務費など合わせて一億五五〇〇万ドルを日本が

毎年負担することが取り決められた。いわゆる「防衛負担金」と呼ばれるものだ」(本書)

本書では、その日米行政協定から日米地位協定への過程とその運用や問題点、沖縄返還以降の

米軍の既得権益、日米地位協定に規程のない「思いやり予算」、日米地位協定とドイツやイタ

リアなどの他国との比較、冷戦終結後に日米地位協定の問題が政治争点化した時の日本政府の

対応(政府は「沖縄基地問題」として矮小化して解決したと著者は指摘)、最後には日米地位協

定の歴史を踏まえながら、これからのあり方を真摯に考えている。

本書の一連の流れは先述した「SYNODOS」でも想像以上に踏み込んで説明されているが、著

者が特に問題視している「日米地位協定合意議事録」に関してが最も目に留まった。

「日米地位協定合意議事録」とは、基地管理権や基地外での米軍の行動について規定した第三

条、米軍の移動について規定した第五条、刑事裁判権について規定した第一七条など、日米地

位協定の中でもとりわけ在日米軍の特権の根幹に関わる条項の解釈を取り決めたものである。

その目的は、日米行政協定で確保した米軍の既得権益を、日米地位協定への全面改定後も温存

することにあった。「一言でいうと、日米地位協定の本文に反して、それ以前の日米行政協定

で規定されていた、在日米軍の特権を温存する日米合意です」(「SYNODOS」)。

米軍、占領期の特権維持「合意議事録」 琉球新報から

なぜ、そんなややこしいことをしたのかと言えば、日米行政協定の全面改定に、米軍部が強硬

に反対したからだという。もともと米軍部は日米行政協定の維持を条件に、安保条約の改定に

同意していた。それを見かねた外務省は、国会審議にかける日米地位協定とは別に、非公表の

日米両政府間の合意議事録を同時に作成することを条件に、日本側の要望を受け入れるよう米

国側を説得した。外務省が「現行議事録による権利権力機能の内容を総て残す」ことを約束

し、「字を改めても内容は変わらない」ことを保証する合意議事録を提案した。日米行政協定

での米軍の地位と特権が、協定改定後も合意議事録によって温存されることになっていった。

上に掲げた日本記者クラブでの動画でも「日米地位協定合意議事録」の問題点が大々的に指摘

されているが、この「日米地位協定合意議事録」は長らく密教的な扱いにされていて、その存

在は知られていなかった。詳しく交渉の過程は書かないが、日米行政協定の改定が交渉の俎上

にのるのは1959年に入ってからだった。西ドイツの補足協定改定に刺激された外務省が全面

改定を目指したことに加え、野党と自民党の反岸派議員たちの全面改定要求、日米安保条約は

違憲だとした後の伊達判決によって、当初は改定に消極的だった岸内閣も動かざるをえなくな

ったという。岸内閣も当初、米国側の「日米行政協定の維持を条件に、安保条約の改定」に同

意していた。しかし、岸首相のライバルの自民党政治家である河野一郎、池田勇人、三木武夫

らが、「国民の日常生活に直接関係する行政協定の改定こそ最も大事」と主張し、岸首相も無

視できなくなった。そして、安保条約の改定交渉が始まってから、日米行政協定の改定、とい

う話が浮上すると、米軍部は当然に反発した。しかし、アメリカ駐日大使館のダグラス・マッ

カーサー大使(マッカーサーの甥)が、自民党内から圧力を受ける岸の政治的立場に配慮し

て、在日米軍の既得権益を守るという条件で、日米行政協定の改定を受け入れた。

そして、マッカーサー大使の意思をくみとった外務省が提案したのが、国民に知られないよ

う、日米行政協定の運用を引き継ぐことを日米両政府の合意メモとして残す、「日米地位協定

合意議事録」の作成だったという。しかもこの「日米地位協定合意議事録」は、新安保条約と

日米地位協定は調印後に国会で審議されたが、国会に提出されなかったという。

国民の目に触れることなく、成立している。唯一、官報号外に掲載されたのみだった。

よく日米合同委員会が「密約製造マシーン」だと指摘される(明田川融『日米地位協定』の11

章が同様のタイトル)。日米合同委員会とは、日本政府代表として外務省北米局長、米国政府代

表として在日米軍司令部副司令官が出席し、在日米軍の運用や基地の提供・返還について話し

合う場。旧日米安保条約の締結交渉過程で、世論の批判を恐れて駐留米軍に与える特権を明記

したくなかった日本政府が、具体的な運用や基地提供に関しては非公表で協議することを米側

に求めた結果、設置された。しかし、著者によれば、日米合同委員会は日米両政府の協議機関

ではあるが、政府間の新たな合意を決定する権限はないという。合意には別途、正式な閣議決

定や通常の政府代表者同士の合意が行われる必要がある。それらを踏まえれば、日米合同委員

会の場で日米密約が結ばれることはない、と指摘する。

では、なぜ日米合同委員会が「密約製造マシーン」と呼ばれるのか。

それは二〇〇〇年代初頭まで非公表だった日米地位協定の合意議事録にもとづいて、協定本文

の規定に反する運用が行われてきたからであった。日米安保条約改定時の「密約」である合意

議事録に従った日米地位協定の運用が、日米合同委員会で確認されてきたことが、合意議事録

の内容を知らない日本国民の目からは、あたかも日米合同委員会の場で「密約」が生まれてい

るかのように見えている、と著者は鋭い指摘をする。

「この知られざる日米地位協定合意議事録は、日米地位協定の本文より重要です。

協定本文ではなく合意議事録にしたがって、日米地位協定が運用されているからです」

(SYNODOS)

その矛盾した運用を象徴する出来事として持ち出される事故がある。

それは、2004年に起きた沖縄国際大学に訓練中の米軍ヘリが墜落した事故である。

墜落したヘリは、本館に激突して、建物ごと炎上した。事件発生後、約100名の米兵が普天間

飛行場と大学を隔てるフェンスを乗り越え、大学構内に無断進入し、一週間もの間、大学を占

拠・封鎖した。日米地位協定第17条第10項bでは、米軍基地外での米軍事故・犯罪の捜査に

ついて、米軍は「必ず日本の当局との取極に従う」と規定している。ところが、沖縄国際大学

を占拠した米軍は、日本側の事故現場立ち入りを一方的に禁じた。山本氏も言及しているが、

その米軍たちはピザも注文していたという。そして、米軍のこの矛盾した行動を可能にしたの

が、日米地位協定合意議事録だった。合意議事録では、日米地位協定の規定とは逆に、日本当

局が「所在のいかんを問わず合衆国軍隊の財産について、捜索、差押え又は検証を行なう権利

を行使しない」と、取り決めているという。この合意議事録によって、日米地位協定で日本が

新たに獲得したはずの権利は形骸化する。

「実際には、本書で論じているように、一九六〇年に日米地位協定が成立する日米安保条約改

定交渉の過程で、日米両政府は日米地位協定合意議事録という「密約」を取り交わしている。

日米地位協定の前身である日米行政協定で在日米軍が持っている特権を、日米地位協定の規定

にかかわらず引き継ぐことに合意したものだ」(本書)

著者は本書の終章で「在日米軍の特権を記した合意議事録の撤廃」を指摘しているが、その理

由を二つあげている。第一は、合意議事録が密約である点で正統性を持ちえないこと。正統性

のない合意議事録を維持することは、日米地位協定そのものの正統性に関わってくる。

第二に、交渉の難易度が下がること。日米地位協定の複数の条文を見直すとなれば、交渉は長

期間に及び、さらに交渉中に日米両国の政府が交代して方針が変われば、長期化はより深刻な

ものになる。これに対して、合意議事録の撤廃という論点はシンプルで交渉期間の長期化を回

避しやすい。

「日米地位協定が抱える問題を放置することは、日米安保条約の脆弱性につながる。

日米同盟を盤石にするためには、この問題から目をそむけずに解決する必要があるだろう」

(本書)

本書を読んで最も気になったのは「日米地位協定合意議事録」の密約を指摘している箇所であ

った。そして本書を読んだ後に、思い出したように小川和久氏の『普天間問題』を再度拝読し

た。小川氏も当然この矛盾に関して気づいており、この「日米地位協定合意議事録」に触れて

いた。今から10年以上前からの指摘であり、これには驚かされた。少し長いが引用する。

「日米地位協定は1960年、日本に駐留するアメリカ軍の地位に関して日米が交わした協定で、

日米安保条約と同時に締結されました。95年9月の女児拉致・強姦事件では、米軍は地位協定

をタテに犯人の引渡しを拒否しました。日本政府も弱腰だったため沖縄の怒りが爆発、アメリ

カは対米感情の悪化に危機感を抱き、日米地位協定の「運用改善」を約束しました。

2004年8月の海兵隊ヘリ墜落事故では、米軍が現場を立入禁止にし、警察の現場検証を拒んだ

まま事故機を撤去しました。これは地位協定の合意議事録(付属文書)に「本国の当局は(中略)合

衆国軍隊の財産について、捜査、差し押え又は検証を行う権利を行使しない」と書いてるから

です。ところが、議事録には「合衆国軍隊の権限のある当局が(中略)捜査、差し押え又は検証

に同意した場合は、この限りではない」とも書かれており、過去には米軍と警察が合同で現場

検証した例もあります。つまり、米軍による地位協定の運用は、そのときどきで違っていて、

恣意的な側面が否めません」

なので小川氏は、「地位協定は弥縫策でなく、きちんと改定すべきです」と述べている。

ブッシュ政権の国務副長官を務めていた知日家のアーミーテージ氏は、「日米地位協定を改定

してくれという問題提起は日本側から一度もない」と語ったことがあるという。小川氏は

1997年7月27日〜8月1日に、民主党の「横路ミッション」のアドバイザーとして米国を訪問

している(ブログでは書かなかったが、その時のことは『フテンマ戦記』で詳述されている)。

小川氏は日米地位協定を改定するポイントもあげているが、それは、犯罪容疑者の米軍人を日

本の当局が逮捕・取り調べできるようにする。有事は除き航空法を厳密に適用して低空飛行訓

練を土日・祝日にやらせないようにする。環境面で事前の立ち入り調査を認めることなどであ

る。著者が主張する「日米地位協定合意議事録」の撤廃でも賛成するだろうと、勝手に解釈し

ている。

著者が小川氏のような軍事的観点を有していたら「日米地位協定」研究に於ける日本一の学者

になるだろうと思う。それは沖縄のためになるだろうし、ひいては日本のためになるだろうと

思う。生意気ながらそのことを期待して本書を閉じた。

地政学的な観点や沖縄に駐留する米軍やその基地機能に関しては、小川和久氏の『普天間問

題』を取り上げた記事で記しているので、気になる方はそちらを参考にしてみてください。

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明田川融 みすず書房 2017-12-16
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吉次公介 岩波書店 2018-10-20