『新装完全版 大国政治の悲劇』ジョン・J・ミアシャイマー



暴力のサイクルは、新世紀に入っても当分の間続くであろう。

国際システムを構成する大国(great powers)は互いを恐れ合い、

その結果としてパワー(power:権力、影響力)を求めて争うため、

平和の望みが実現されることはおそらくない。

大国の究極の目標は、他の大国よりも支配的な立場を得ることにあり、

支配力を得ることは自国の生き残りを保証するための、最も有功な手段だからだ。

「強さ」は安全を保証してくれる。そして「最高の強さ」は「最高の安全」を保証するのだ。

このような誘惑に常にさらされている国家は、他国よりもより有利になろうとして競争するた

め、最終的には利害をめぐって衝突する運命にある。

『新装完全版 大国政治の悲劇』ジョン・J・ミアシャイマー

ミアシャイマーが本書の執筆にとりかかったのは一九九一年にソ連が崩壊した直後のことで、

執筆を終えたのが、それから一〇年後のこと。

当時のアメリカ人の多くは、国際政治の将来についてかなり楽観的だった。

冷戦の終わりは、大国間戦争が存在せず、バランス・オブ・パワーのような概念が意味を失い、

新しい時代の始まりだと広く信じられていた。

この様な見方は、アメリカに限らず日本でもそうだったと思うが、西側諸国全体にいえること

なのかもしれない。

そして今後は何年にもわたって、国家間の協力が緊密になると予測され、ミアシャイマーのよ

うなリアリストは絶滅危惧種だと言われ、恐竜と同じ運命をたどるものと思われていたとい

う。

ミアシャイマーが本書を書いた理由は、このような国際関係についての希望的な見方に挑戦す

るためであり、世界はまだ危険な場所のままであり、リアリズムは世界の動きについて今後も

重要な示唆を与え続けるものである、ということを論じるため。

ジョン・J・ミアシャイマー(シカゴ大学政治学部教授)

「すべての大国にとっての究極の目標は、世界のある一定の地域を支配し、他の大国が自分以

外の地域で覇権国(ヘジェモン)にならないようにすることだ。

アメリカは全くその通りに行動しており、長期にわたって、ヨーロッパではドイツ帝国、ナチ

ス・ドイツ、ソ連、アジアでは大日本帝国とソ連がそれぞれ地域覇権(リージョナル・ヘジェモニ

ー)を達成しようとするのを阻止している。

事実、アメリカは地域覇権を狙っていたこれら四つの国々を阻止する大きな役割を果たした。

この国際政治の理論を、私は自分で「攻撃的現実主義」(オフェンシヴ・リアリズム)と呼んでい

るが、これはアジアにとって重要な関連性を持つ。

なぜならこの理論は、「中国が次の一〇年間に見事な経済成長を続けていれば、強力な軍事組

織を築き上げ、アメリカが西半球で行ったようなやり方でアジアを支配しようとするはずだ」

と予測しているからだ・・・」(本書)

国際政治の理論(セオリー)は、未来に何が待ちうけているのかを予測する上で有功な道具とな

る。中でも特に有功な理論は、大国が互いにどのように行動するのか、またその間に起こる紛

争を、うまく説明してくれるもの。

さらに優れた理論は、大国が過去にどのように振る舞ったのか、しかもなぜ歴史のある一定期

間だけが他の期間と比べて紛争的だったのか、ということも説明できる。

このような理論は、未来の動きを予測する時に大きく役立つ、とミアシャイマーは主張する。

そして本書の中で、そうした「理論」(セオリー)を提唱しているのだが、それをミアシャイマ

ーは「攻撃的現実主義」(Offensive Realism)と名づけている。

それは、E・Hカーハンス・モーゲンソー、ケネス・ウォルツなどのリアリストの思想家たちの

伝統に沿ったものとしているが、大まかに言ったら、「大国は世界権力(Word Power)の分け

前を常に最大化しようと行動する」ことを強調し、中でも特に強力な大国(潜在覇権国 ポテン

シャル・ヘジェモン)を含む「多極システム」では、戦争の起こる傾向が強まる、としている。

ちなみに「大国」になるために国家が必要とする三つのパワーの要素は、

①人口の多さ、②軍事力、③経済力。

「この理論を作る際、私は主に「大国」(great pwores)の動きに注目した。

大国の動きは国際政治において大きな影響力を持つからである」(本書)

大国はなぜこのような行動をとるのだろうか?

ミアシャイマーに拠れば、それはイデオロギーや伝統や文化などではなく、国際システムの

「構造」(structure)に原因があると指摘する。

国際システムには、国家を互いに恐れさせる要因が三つあるとしている。

1 世界の国々の上に存在し、全世界の安全を守ってくれる中心的な権威が存在しない。

2 どの国家もある程度の攻撃的な軍事力を持っている。

3 国家は互いがそれぞれ何を考え何をしようとしているかを完全には把握できない。

これらの要因により、すべての国家は決して拭い去ることのできない恐怖心を持つのであり、

自分たちが他国よりも国力を上げれば「自国の生き残り」の確立を高くすることができると考

えると指摘する。

そして、この自国の存続の確率を一番確実に高めてくれるのが、覇権国(ヘジェモン)になるこ

と。他の国々は、これほどまでに強力な国に対しては、深刻な脅威を与えることができなくな

るからだとしている。

しかし、どの大国も太平洋や大西洋などの海によって軍隊の機動力を低下させる―地理的な事

情―から世界覇権を達成することはできない、とミアシャイマーは指摘する。

「オフェンシヴ・リアリストは「自国の持つ“相対的”なパワーの量を最大化させようと大国に努

力するよう仕向けるのは、国際システムの働きである。なぜならパワーを最大化するのは、大

国にとって安全を確保する最善の方法だからだ」と考える。

言い換えれば「国家が自国の生き残りを確実にしようとするならば、侵略的な行動に出なけれ

ばならない」ということになる。

大国が侵略的な行動をするのは、彼らが元々そうしたいと願っているわけでもなく、彼らの内

側に「支配したい」という欲求があるからでもない。

本当の理由は、大国が自国の生き残りを確実にするためにより多くのパワーを求めざるを得な

い、という事情になるのだ」(本書)

ある大国が危険なライバルに直面した時にパワーの配分を保持するために用いる戦略が「バラ

ンシング」(balancing)と「バック・パッシング」(back-passing:責任転嫁)。

「バランシング」とは、脅された側の国家がその敵国を抑止する重責を自ら背負ってコミット

して行くことであり、「バック・パッシング」とは、脅威を与えてくる相手国に対して、ある国

が他の国に抑止、もしくは打ち負かす仕事を代わりにやらせることをいう。

大国はなぜ互いにパワーを競い、覇権を争うのだろうか?

この疑問に対して、ミアシャイマーは国際システムに関する五つの「仮定/前提」

(assumptions)を元に説明する。

ミアシャイマーの想定する①の仮定は、「国際システムは、アナーキーの状態である」という

こと。リアリストが想定する「アナーキー」とは秩序の状態の原則を示していることであり、

国際システムの中に数多くの独立国の上に立つ中央権威が存在していない状態を言っている。

②の仮定は、「大国はある程度の攻撃的な軍事力を必然的に持っている」ということ。

これは「国家は互いを傷つけ破壊する手段が与えられている」ということ。

③の仮定は、「すべての国家は相手の国が何を考えているのか完全に知ることができない」と

いうこと。

④の仮定は、「大国にとって最重要の目標は“自国の生き残り/存続/存亡”(サバイバル)であ

る」ということ。

⑤の仮定は、「大国は合理的(rational)な行動をする」ということ。

大国は外の環境を知っており、その中でどうやって自国の存続を図るのかを戦略的に考えてい

る、とミアシャイマーは指摘する。

最も重要なのが、国際システムはすべての国家にパワーの最大化を目指すように仕向ける、と

いう点であるとしているが、上の五つの仮定が組み合わさると、大国は互いを侵略的なものと

考え、攻撃的に行動するようになるとしている。

具体的には「恐怖」(fear)、「自助」(self-help)、「パワーの最大化」(power maximization)

という三つのパターンに集約される。

「大国は互いを恐れる。互いを疑いの目で見つめ合い、いつ戦争が起こるか心配している。

彼らは常に危機を想定してしまう存在である、国家の間には信頼が入り込む余地がない。

時代と場所によって恐怖の度合いのレベルは上下するが、それが無視できるレベルまで減少す

ることはない」(本書)

今日・明日のためにどれだけのパワーが必要なのかを判断するのが困難なため、

大国にとって一番良いのは「今日のうちに覇権を達成しておく」こととなり、

これは「他の大国が挑戦してくるどんな可能性でもつぶしておく」ということを意味してい

る。

「どの大国にとっても理想的な状態は、「世界で唯一の地域覇権国になること」である。

このような覇権国は現状維持をするようになり、既存のパワーの分布状況を維持する努力をす

るようになる。今日のアメリカはこのような理想的なポジションを確保している。

つまり、西半球を支配しており、自国以外の地域には覇権国が存在していないのだ。

ところがもし自国以外の地域に別の地域覇権国が登場することになると、この古参地域覇権国

は現状維持では満足せず、時間をかけてでもライバルである新たな地域覇権国の国力を弱め、

あわよくば破滅させてしまおうと行動するようになる。

この二つの地域覇権国同士は、激しい安全保障えおめぐる争いを起こすようなメカニズムによ

って突き動かされることになる」(本書)

ある国家がバランス・オブ・パワーを自国に有利な方へ動かすため、もしくは他国がそれらを有

利な状況へと動かすのを妨ぐために用いる、さまざまな戦略も分析している。

戦争(war)は、国家が相対的なパワーを維持するために最も頻繁に使う戦略。

ブラックメール(恐喝:blackmail)という戦争よりも魅力的な手段で、実際の「軍事力の行使」

ではなく、「軍事力の脅威」を用いる戦略。

ベイト・アンド・ブリード(誘導出血:bait and bleed)と呼ばれる戦略もあり、敵国の間で長期消

耗戦を起こさせ、国力を減らすよう仕向ける戦略。

ブラッドレティング(瀉血:bloodletting)は、敵国を長期戦に巻き込ませ、一層破滅的になるよ

うに仕向ける戦略。

先にも述べたバランシング(直接均衡:balancing)とバック・パッシング(責任転嫁:buck-

passing)は、侵略国側がバランス・オブ・パワーを変化させようとするのを防ぐために大国が

用いる、代表的な戦略。

脅威を受けた側の国は、ほとんどの場合、バランシングよりもバック・パッシングを好む。

こうすることによって、戦費の支払いを逃れることができるからであるとしている。

判断する際にカギとなるのは「地理」と「パワー分布状況」の二つ。

アピーズメント(宥和政策:appeasement)やバンドワゴニング(追従政策:bandwagoning)の戦

略もあるが、侵略国に対抗しようとする場合、あまり有効ではない。

バンドワゴニング(追従政策)は、脅威を受けた側の国が、侵略しようとしている国からパワー

を奪われるのをだまって諦めることであり、戦利品の分け前にあずかるために、危険な敵の仲

間に加わること。

アピーズメント(宥和政策)は、パワーを譲ることによって侵略国の攻撃的な態度を変化させ、

侵略的な考えを弱めたり諦めさせたりしようとするもの。

両方とも敵国にパワーを明け渡してしまう戦略。

「新興覇権国の周辺の大国がその脅威を封じ込めることが出来ない場合、遠方の古参覇権国

は、その脅威を抑えるために自ら動き出さなければならない。

目標は「封じ込め」(containment)だが、遠方の古参覇権国は新興覇権国の脅威を抑えるチャ

ンスをうかがいつつ、新興覇権国のある地域から手を引くため、その地域に大まかなバランス・

オブ・パワーを再び構築しなおそうとする。

このように地域覇権国は、自国以外の地域においては最終手段としてバランサー(直接均衡

国:balancer)になることを含みながらも、オフショア・バランサー(沖合から均衡を調整する

国:offshore balancer)として行動する」(本書)

「大国の実際の行動」という章を設けて、日本(一八六八~一九四五年)、ドイツ(一八六二~一

九四五年)、ソ連(一九一七~九一年)、イタリア(一八六一~一九四三年)のケースを参照して、

①大国政治の歴史では、主にリヴィジョニスト(修正主義:revisionist)国家同士のぶつかり合い

が展開されていること。

②歴史に登場する唯一の「現状維持国」(status-quo power)は、「地域覇権国」―パワーの頂

点を極めた国家―であるということを説明している。

大部分のケースで言えるのは、大国は敵国よりも有利に立とうとして積極的な手段を使うとい

うことであり、「自国の存続(サバイバル)を確実にするため、もっとパワーを得なければなら

ない」と考えているリーダーばかりだということ。

上述の国以外で、アメリカとイギリスの例を分けて参照しているが、アメリカは世界で唯一の

地域覇権国という立場を保つために、二〇世紀を通じてオフショア・バランサーとして行動し

た。

イギリスはライバルの大国がヨーロッパを支配しようと乗り出し、バック・パッシングが不可能

な状況になった時には、ヨーロッパ大陸に軍事介入している。

逆にイギリスはヨーロッパでおおまかなバランス・オブ・パワーが実現されている時には、なる

べく干渉しないようにしている。

安全保障をめぐる争いは国際システムの中では日常的に起こるが、戦争は違う。

安全保障競争が戦争に発展することはかなり珍しいことだが、致命的な動きをしてしまうメカ

ニズムを解析する「構造理論」(a structural theory)を提示している。

これによって、少なくとも大国一国以上が絡んでいるという意味での「大国間戦争」(great-

power war)の原因を説明している。

国際システムの中ではパワーは通常、以下の三通りに区別することができるとしている。

「二極システム」(bipolarity)

「不安定な多極システム」(unbalanced multipolar system)

「安定した多極システム」(balanced multipolar system)

戦争が起こるかどうかにパワーの分布状態がどの程度影響しているかを検証するためには、

国際システムが「二極システム」なのか、「多極システム」なのか、もし「多極システム」だ

った場合は「潜在覇権国」が存在するかどうかを詳しく知る必要がある、とミアシャイマーは

指摘する。

そしてミアシャイマーは、「二極システム」が最も平和的であり、「不安定な多極システム」

は激しい紛争に最も発展しやすく、「安定した多極システム」は、この二つのシステムの中間

である、と主張する。

「オフェンシヴ・リアリズムは、国際システムの「極性」と同時に主要国家間のバランス・オブ・

パワーも考慮に入れ、「二極システムの方が多極システムよりも安定している」という議論に

は同意するが、さらに「多極システムの中に潜在覇権国が存在するかどうか」という点も考慮

に入れる。

私は大国間戦争の歴史を理解する上では、国際システムにおけるバランスが安定しているのか

不安定なのかをしっかり区別することが重要であると主張する。

また、オフェンシヴ・リアリズムは「国際システムの中に圧倒的な国家がいない時に平和が実現

しやすい」という点では古典的リアリストの主張に同意するが、さらに進んで、国際システム

の安定は二極システムが多極システムかという点にかかっていることを強調する」(本書)

戦争の主な原因は、国際システムの構造にあり、中でも重要なのは、システムの中にある大国

の数と、それらの大国がパワーをどれくらいコントロールしているか、という点。

「安定したシステム」の要件は、トップの二つの国家間パワーの差が大きく開いていない、と

いうことであり、この差が大きければ、システムは「不安定」となる、とミアシャイマ-は指

摘する。

そして、先ほどの三つの種類のシステムに「不安定な二極システム」(unbalanced bipolarity)

を加えて、さらに掘り下げて分析する。

くどいようだが四つの種類のシステムは以下のようになっている。

①「不安定な二極システム」(unbalanced bipolarity)

②「安定した二極システム」(balanced bipolarity)

③「不安定な多極システム」(unbalanced multipolar)

④「安定した多極システム」(balanced multipolar)

①の「不安定な二極システム」というのは、現実に存在することはほとんどないとしている。

理由は、大国がたった二つになる前に、強い国家の方が(他に頼る大国を持たない)弱いライバ

ル国家を征服してしまうことが多いからだとしている。

現実には弱い方の国家が戦わずに降服してしまい、強い方の国家を地域覇権国にしてしまうこ

とがある。

「不安定な二極システム」はあまりにも不安定なので、その状態が長期間続くことはほとんど

ない、とミアシャイマーは指摘する。

なので、上述のように主要国家の間ではパワーがほぼ三つのパターンで分布しているとしてい

る。

「安定した二極システム」は二つの大国によって支配されており、二国はほぼ同等の力を持っ

ているか、もしくは片方が決定的に強力ではない状態。

「不安定な多極システム」は三つ以上の大国によって支配されており、そのうち一国が潜在覇

権国。

「安定した多極システム」は三つ以上の大国によって支配され、どの国も覇権国を狙っていな

い。

繰り返しになるが、「安定した二極システム」はこれら三つのシステムのうちでは最も安定し

ており、大国間戦争は起こりにくく、もし起こったとしても、大国同士の戦いではなく、大国

対小国という組み合わせで起こる確率が高い。

「不安定な多極システム」は最も危険なパワーの分布状態だが、これは潜在覇権国がシステム

の中のすべての大国を相手に戦争を起こすことが多いからであり、戦争は必然的に長期化しや

すく、大きな損害を与えるものとなりやすい。

「安定した多極システム」はそれらの中間であり、二極システムの場合より大国間戦争は起こ

りやすいが、「不安定な多極システム」よりは確実に起こりにくい。

このシステム内で起こる大国間戦争は、潜在覇権国がいる場合のシステム全体に広がる紛争で

はなく、一対一や一対二の形で行われることが多いと指摘する。

そして、「二極システム」よりも「多極システム」で戦争が起こりやすい理由を三つ挙げてい

る。

一つ目が、多極システムには潜在的に紛争が起こりやすい国家間の組み合わせが多く、戦争の

起こるチャンスが多くなる。

二つ目が、多極化した世界ではパワーの不均衡が多く起こるため、大国にとって戦争で弱い国

に勝てるチャンスが増えることになり、これが抑止政策を難しくすると同時に、戦争を起こり

やすくする。

三つ目が、多極システムでは大国が勘違いを起こす可能性が高くなる。

これは、ある国家が他国に何かを強制したり征服したりする力を実際には持っていないにもか

かわらず、そのような力を持っていると勝手に考えてしまいやすいということ。

「戦争は、ある国家が違う意見を持つ相手側の国家の固い決意を過小評価した時に発生しやす

い」(本書)

「潜在覇権国はいったん始まればコントロールすることが難しくなる「恐怖のスパイラル」を

発生させる。

潜在覇権国は通常かなりのパワーを持っているものであり、しかも「戦争を起こすことによっ

て安全保障を解決できる」と考える傾向が強いため、問題を悪化させやすいのだ」(本書)

ミアシャイマーが他のシステムに比べて最も安定したシステムである、としている「二極シス

テム」だが、その理由は四つあるとしている。

一つ目が、二極システムでは紛争の起こるチャンスが比較的少ないという点。

二つ目が、二極システムでは大国間でパワーが均等に分布されやすいという点。

三つ目が、二極システムには国家の誤算を少なくする働きがあり、大国が戦争を始めるチャン

スを減らすという点。

四つ目が、世界政治では常に恐怖が働いているにもかかわらず、二極システムはこの不安定感

を増大させることがあまりない、ということ。

「安定した多極システム」は、二極システムよりも戦争を発生させやすい、とも指摘している

が、その理由も三つ挙げている。

一つ目は、多極システムが大国間戦争の起こるチャンスを増やしてしまうという点。

二つ目は、主要国家間でパワーの分布状況が不均等になりやすく、中でも多くの軍事力を持つ

大国が勘違いしやすくなるので、戦争が起こりやすくなるという点。

三つ目は、この構造では誤算が命取りになる確率が高いという点。

もっとも安定した多極システムの中の主要国家の間には大きなパワーの格差がないので、大国

間で恐怖のレベルが高まることは少なくなる。

「不安定な多極システム」は、最も危険なパワーの分布状態を持つとしているが、

それは「安定した多極システム」状態に苦しめられる。潜在覇権国はトラブルを起こすことの

できる大きな力を持ち、他の大国の間に高いレベルの恐怖を発生させる。

この二つの理由により、「不安定な多極システム」ではシステム内のすべての大国を巻き込

み、膨大な犠牲を出してしまうような戦争の発生する確率が上昇すると指摘している。

そして、このシステムをジャック・レヴィーの大国間戦争のデータを参考にして、近代ヨーロッ

パにも当てはめている。

1「ナポレオン時代Ⅰ」 :一七九二~九三(一年間)     :「安定した多極システム」

2「ナポレオン時代Ⅱ」 :一七九三~一八一五(ニニ年間)  :「不安定な多極システム」

3「一九世紀」     :一八一五~一九〇三年(八八年間) :「安定した多極システム」

4「ドイツ皇帝時代」  :一九〇三~一八年(一六年間)   :「不安定な多極システム」

5「両大戦間の時代」  :一九一九~三八年(二〇年間)   :「安定した多極システム」

6「ナチス時代」    :一九三九~四五年(六年間)    :「不安定な多極システム」

7「冷戦」       :一九四五~九〇年(四六年間)   :「二極システム」

最後の章では「中国は平和的に台頭できるか?」として、それに答えているが、ミアシャイマー

の答えは勿論「NO」だ。

もし中国経済が今後数十年にわたって急激な成長を続けたならば、アメリカは再び潜在的なラ

イバル国に直面することになり、冷戦以降、忘れられていた大国政治が完全に復活することに

なる、とする。

そして、「中国がもし経済面で発展を続ければ、アメリカが西半球を支配したのと同じような

形でアジアを支配しようとする」と指摘し、そうなった場合にアメリカは、中国の地域覇権を

阻止しようと多大な努力をするはず。インド、日本、シンガポール、韓国、ロシア、そしてベ

トナムなど、北京の周辺国のほとんどは、アメリカとともに中国の力を封じ込めようとする。

結果として、激しい安全保障競争が行われることになり、戦争勃発の可能性も高まることにな

る。中国の台頭は決して穏やかなものとはならないはずだ、とはっきりと述べている。


2007年に初めて邦訳されたバージョンの『大国政治の悲劇 米中は必ず衝突する!』は読んでい

たが、今回は「新装完全版」バージョンを手に取ってみた。

旧版は読みづらさを感じた記憶があったが、「新装完全版」は驚くほどに頭に入り、すんなり

と読むことが出来た。

『大国政治の悲劇』は2001年にアメリカで出版され、2014年にその改訂版となって出版され

ている。

日本でも何回かバージョンアップして出版されているが、一連の流れは、

『大国政治の悲劇 米中は必ず衝突する!』(2007年)→『大国政治の悲劇 改訂版』(2014年/最

終章「中国は平和的に台頭できるか?」が新たに書き下ろされたバージョン)→『大国政治の悲

劇 完全版』(2017年/「日本語版に寄せて」、最終章「中国は平和的に台頭できるか?」、従来

版で割愛されていた注釈や表の出典などもすべて訳出掲載)→『新装完全版 大国政治の悲劇』

(2019年/「日本語版に寄せて」を加え、2014年改訂版ヴァージョンの最終章「中国は平和的

に台頭できるか?」も収載)

となっている。

(左から)『大国政治の悲劇 米中は必ず衝突する!』(2007年)、

『大国政治の悲劇 改訂版』(2014年)、『大国政治の悲劇 完全版』(2017年)、

『新装完全版 大国政治の悲劇』(2019年)

本書の目的は「大国間で起こる戦争の理論を構築すること」としている。

「訳者解説とあとがき」で奥山真司氏が、「直線的」(リニア)な理論、「過去の事例はこうだ

ったから将来もこうのようになる」という理論の立て方は、学問的に古いタイプのものであ

る、と指摘し、ミアシャイマーは強固に古いタイプの理論を推し進めていると言える。

と述べられているが、そのことも頭に入れておく必要があるだろう。

しかし、参考となる箇所は多々あるし、理路整然と論を展開しているので流れがつかみやす

く、また訳も素晴らしい。

専門家によれば、中国の急激な興隆は、十九世紀末期のヨーロッパで、

ヴィルヘルム時代のドイツが支配的勢力として勃興したのに似ているという。

新しく強大な勢力が出現すると、かならず大きな混乱がともなう。

実際に中国が主要勢力となったら、過去五〇〇年に起こった似たような現象も、

すこぶる矮小なものに見えるだろう。

サミュエル・ハンチントン

ミアシャイマーは、大国は必ず覇権の確立を求めると考える「攻撃的現実主義」を理論的視座

とすることで知られる。

『国際紛争を読み解く五つの視座 現代世界の「戦争の構造」』篠田 英朗

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ジョン・J・ミアシャイマー 五月書房新社; 新装完全版 2019-4-1