『コーベット海洋戦略の諸原則』ジュリアン・スタフォード・コーベット



要するに、戦争の理論は、海軍戦略が独立したものではないこと、

海軍戦略の問題は海軍の裁量だけで解決できることなどほとんど、もしくは全くないこと、

それが海洋戦略(マリタイム・ストラテージ)―海洋国家が戦争を成功させ、特別な力を発揮する

ためには、陸軍と海軍は陸の三兵科〈歩兵、砲兵、騎兵〉と同じように密接に結びついた道具

として用いられ、考えられなければならないということを教えてくれるより高次の学識―の

一部に過ぎないのだということを明らかにする。

『コーベット海洋戦略の諸原則』ジュリアン・スタフォード・コーベット

芙蓉書房出版から『戦略論大系〈8〉コーベット』が出版されていたみたいだが、

本書は、一九八八年刊行の米海軍協会版を底本として2016年9月に原書房から完全新訳として

出版されたもの。イギリスを代表する海軍史家のエリック・J・グロゥヴの序文が付いている。

原著は『Some Principles of Maritaime Strategy』Julian S.Corbett (1911)。

近年、コーベットの『海洋海洋戦略の諸原則』は、再評価が進んで各国の海洋戦略や宇宙戦略

にまで影響を及ぼしているという。

イギリスの戦略家であるリデルハートは、コーベットの海洋戦略から「間接アプローチ」や

「イギリス流の戦争方法」といった概念を発展させたとされ、冷戦後の「英国海洋ドクトリ

ン」はコーベットの戦略思想に基づいたものとなっているという。

アメリカでは、海軍大学校でコーベットの歴史書の一部が推薦書として扱われ、本書が刊行さ

れた年には必読書に指定された。一九七二年からは必読書にもなっている。

第二次世界大戦後には、アメリカ海軍の優位を前提にJ・C・ワイリーやサミュエル・ハンチント

ンなどがコーベット的な戦力投射を柱とする海洋戦略を提起し、冷戦後のアメリカ海洋戦略も

「フロム・ザ・シー」などの戦略概念に代表されるコーベット的なものに変化しているという。

最近でも、二〇一六年にランド研究所の報告書「中国との戦争」からも、コーベットの海洋戦

略の影響が感じられる、と指摘されている。

近年、海洋侵出に躍起になっている中国でもコーベットの海洋戦略理論を分析する論文が増え

てきているという。

「コーベットが重視する戦略的防勢・戦術的攻勢の海軍作戦は中国がすでに「接近阻止・領域阻

止」として利用していると言えるし、中国の周辺海域における領土紛争には統合作戦が適合す

る」(“訳者あとがき”矢吹啓)

日本ではコーベットは受け入れられなかった、と一般的な評価がされているみたいだが、日本

海軍とコーベットの関係は以外に古く、英海軍大学校の戦争過程でのコーベットの海軍史講義

を複数の日本海軍士官が聴講していた。

本書も海軍大学校甲種学生によって初めて抄訳され、活字出版されることはなかったが、

コーベットの死後の一九二四年に海軍部内でガリ版刷りされていたという。

ジュリアン・スタフォード・コーベット (1854年12月12日-1922年9月21日)

マハンの陰に隠れてメジャーな存在とは言い難いが、ジュリアン・スタフォード・コーベット(一

八五四~一九二二年)は、イギリスを代表する海軍史家であり海軍戦略家。

「近代海洋戦略思想の父」とも称されている。

海軍とは全く関係のない裕福な建築家の次男として生まれ、ケンブリッジのトリニティカレッ

ジで法律を学び、法廷弁護士の資格も取得するが、不労所得のお陰で常勤の職務に就く必要は

なかった。

その後、文筆に向い海を舞台とする歴史小説を数冊出版するが、歴史書も執筆し海軍研究にも

尽力するようになった。

コーベットが海軍史の著作を刊行し始めていたころは、世論が海軍に関心が集まっていた時期

であり、海軍政策の土台となる歴史史料を編纂するために海軍記録協会なるものが設立されて

いた。

コーベットも設立間もない海軍記録協会に入会し、そこでの交流や史料編纂を通じて、近代的

な歴史家へと成長していったという。

コーベットは海軍史家として名を成し、一九〇二年には海軍大学校の戦争過程で海軍史を講義

し始めた。一九〇五年には戦略も講義するが、その傍らに海軍省や海軍情報部と深い関わりを

持ち、イギリス海軍をめぐる様々な論争にも関与していったという。

第一次世界大戦が勃発した頃には、海戦史を編纂する公式史家として活動し、非公式には「戦

略を議論し覚書を起草する」ために海軍省にも勤務することになり、コーベットの海洋戦略は

政策立案者や政治家の間で共有され、第一次世界大戦の海の戦いはコーベット的な方針で戦わ

れたという。ドイツとのヘルゴラント・バイトとユトランド沖の海戦は、ドキュメンタリー番

組で観たことがある。

「コーベットの海洋戦略は、歴史研究と海軍士官教育、そして同時代海軍政策との関わりの中

で徐々に熟成され、発展していったのであるコーベットの主著の一つであり、彼の海洋戦略論

をまとめた『海洋戦略の諸原則』もこうした文脈の中で理解する必要がある」

(“訳者あとがき”矢吹啓)

本書は「戦争の理論」(第一部)、「海の戦いの理論」(第二部)、「海の戦いの遂行」(第三

部)、の三部構成になっているが、附録として「グリーン・パンフレット」(二つ版)なるものも

収録されている。

「グリーン・パンフレット」は、英海軍戦争大学校の生徒に支給されたコーベットの有名な戦略

配布史料。三部で展開されている理論を平易にまとめられているもので、かなり参考になる。

全体の流れは、読み進める度に抽象度が下がり、具体的に落とし込んでいく。

「グリーン・パンフレット」はその見取り図みたいなもの。

コーベットの理論は、クラウゼヴィッツやジョミニなどの戦争理論を発展させ海に適用した、

といわれているが、第一部「戦争の理論」では、それらの分析を行い「攻勢」や「防勢」、

「無制限戦争」や「限定戦争」を論証し、海では「限定戦争」が効果的だと強調し論じられて

いる。勿論イギリス視点で。

「戦争計画を立案したり評価したりするという実用的な目的のために戦争を攻勢と防勢に分類

するのはほとんど役に立たないが、攻勢と防勢の固有の相対的な利点をはっきりと認識するこ

とが肝心だということだ。

私たちは、ある場合には、攻勢をとることが劣勢の艦隊の壊滅を導きかねないときに、私たち

が常に攻撃精神を維持する限りで、防勢により劣勢の艦隊が効果を挙げることが可能になるだ

ろう、ということを認識しなければならない。

しかし、強さの要素は、敵が油断しているときに素早く一撃を加える意志と洞察に完全に依存

している。

防勢が攻撃するための力を養い、敵の攻撃力を減じる手段として見なされなくなるやいなや、

防勢はその力をすべて失ってしまう。

それは停止中の活動ですらなくなるし、活動でないものは戦争ではない」

(『コーベット海洋戦略の諸原則』(第二章 戦争の性質―攻勢と防勢))

「限定戦争は、島国にとって、ないし海によって隔てられた国家間でのみ恒久的に可能であ

り、さらにまた限定戦争を望む国が遠隔の目標を孤立させるだけでなく、本国領土の侵略も不

可能にすることができる程度に海を支配することができるときにのみ、可能であるという命題

だ。したがって、ここで私たちが制海と呼ぶものの真の意味と最高の軍事的価値に辿り着き、

軍事力において遥かに強大だった国々に対するイングランドの成功の秘密に触れることにな

る・・・」(『コーベット海洋戦略の諸原則』(第四章 限定戦争と海洋帝国))

「限定された戦争を行うイギリスの方法の一般的な発現であった陸海共同作戦〈統合作戦〉に

は、主に二つの種類がある。

第一に、私たちが戦争をすることになった目標を征服のために純粋に立案された作戦であり、

その目標は通常は植民地ないし遠隔の海外領土である。

第二に、恒久的な征服のためではなく、敵の計画を妨害し同盟国の勢力と自らの立場を強化す

る一つの方法として立案された、大体ヨーロッパの海岸において行われる作戦である」

(『コーベット海洋戦略の諸原則』(第五章 介入戦争―無制限戦争への限定的な干渉))

「限定戦争の遂行は、敵の全抵抗力を破壊しなければならない代わりに、私たちの領土的目標

の占領を妨げたり終わらせたりするために、敵が集中させることができたり、その意志がある

活動的な軍隊を撃滅することだけが必要だという点においてのみ、無制限戦争の遂行とは異な

る。

そういうわけで、こうした戦争に突入する上で最初に考慮すべき事柄は、敵の戦力がどれほど

のものになるかを測る試みである。

それは、第一に、別の場所での優先事の性質と程度と相まって、敵がその限定された目標に置

く重要性に依存し、第二に、敵の交通路の自然な障害と、私たちの当初の作戦の遂行によりこ

れらの障害を増大させることができる度合に依存するだろう」

(『コーベット海洋戦略の諸原則』(第六章 限定戦争における強さの条件))

第二部の「海の戦いの理論」では、海洋戦略の理論的分析を示し、「制海」(目標の理論)、

「艦隊の構成」(手段の理論)、「戦力の集中と分散」(方法の理論)などが具体的に考察されて

いる。海の戦いの目標は、常に、直接ないし間接に制海を確保するか、敵が制海を確保するの

を妨げることでなければならない、制海は戦略的条件において領土の征服と全く同じではな

い、などとして「制海(コマンド・オブ・ザ・シー)」の分析をする。

「少なくとも領海の外では、海を所有することは不可能なので、海を征服することはできな

い。征服した領土から締め出すように海から中立国民を締め出すことはできないので、弁護士

の言葉では「それを所有に帰す」ことはできないのだ。

第二に、敵の領土で自活するようには海で自活することはできない。

それなら、制海が領土の征服に似ているという想定から推論するのは明らかに非科学的であ

り、また確実に誤りに導くものである。

唯一の安全な方法は、制海によって私たちが何を確保することができるか、また敵に対して何

を拒絶することができるのかを検討することである。(中略)

敵にこの航行の手段を拒絶することで、敵の領土を占領することにより陸上で敵の国民生活の

活動を妨害するのと同じように、海上でもそれを妨害する。

ここまではこの類推は有効だが、これがすべてだ」

(『コーベット海洋戦略の諸原則』(第二部 第一章 目標の理論―制海))

「制海を勝ち取ることで、私たちは自らの針路からこの障壁を取り除き、それによって敵の陸

上での国民生活に直接の軍事的圧力を行使することができる立場に身を置くことになり、

その一方で同時に敵に対して障壁を固め、敵が私たち自身に直接の軍事的圧力を行使するのを

妨げることにもなる。

したがって、制海は、通商目的であるが軍事目的であるかを問わず、海洋交通管制だけを意味

するのだ。

海の戦いの目標は交通の管制であり、陸の戦いのように領土の征服ではない。この差は根本的

なものだ」(『コーベット海洋戦略の諸原則』(第二部 第一章 目標の理論―制海))

「大陸国家の海洋交通路を占領し、交通路の終点となる流通地点を封鎖することで、私たちは

海上の国民生活を破壊し、またそれによって陸上の国民生活が海上の国民生活に依存する限り

で陸上生活の活気を抑え込む」

(『コーベット海洋戦略の諸原則』(第二部 第一章 目標の理論―制海))

「海上では、ほとんどの場合、交通路は交戦国双方に共通しているが、陸上ではそれぞれの領

土にそれぞれの交通路がある。この戦略的影響には遠大な重要性がある。

なぜなら、海上では、戦略的攻勢と防勢が陸上では知られていない形で融合する傾向があると

いうことを意味するからだ。

海洋交通路は共通なので、一般に私たちは自身の交通路を守ることなしに敵の交通路を攻撃す

ることはできない。軍事作戦では、この逆が通例である」

(『コーベット海洋戦略の諸原則』(第二部 第一章 目標の理論―制海))

「全般的で恒久的な管制とは、敵が何もできないということを意味しないが、敵が戦争の結末

に影響を及ぼすほど重大には私たちの海洋交易と海外作戦に干渉することができず、また実践

的な戦略の場から自らを取り除くほどの危険と困難に賭けるほかは、自身の交易や作戦を実施

することができないということを意味する。

言い換えれば、敵はもはや私たちの通行と連絡の線を効果的に攻撃することができず、敵がそ

れを利用したり防衛したりすることもできないということを意味する」

(『コーベット海洋戦略の諸原則』(第二部 第一章 目標の理論―制海))

それらを踏まえた上で、制海の任務に艦隊を適応させるための方法について論じられる。

「もし海の戦いの目標が交通路の管制であるとすれば、根本的な要件はこの管制を行使する手

段である。したがって、必然的に、もし敵が戦闘による決着を自制するのであれば、私たちは

戦闘艦隊を二次的な立場に格下げしなければならない。なぜなら、巡洋艦が管制を行使する手

段であるからだ」(『コーベット海洋戦略の諸原則』(第二部 第二章 手段の理論―艦隊の構成))

「海の戦いの目標は、海洋交通路を管制することである。

この管制を効果的に行使するためには、私たちはこの任務に特別に適合した艦種を無数に持っ

ていなければならない。しかし、その管制を行使する力は私たちの制海の程度、すなわち敵に

よってこれらの船の作戦行動が干渉されることを防ぐ力の程度に比例する」

(『コーベット海洋戦略の諸原則』(第二部 第二章 手段の理論―艦隊の構成))

そして、その戦力を集中させるのか分散させるのか、海に於いては何が適切なのかを考察す

る。

「海軍の集中の目標は、戦略的配備の目標のように、できる限り幅広い海域を掩護し、同時

に、その有機体の二つ以上の部分の、そして掩護海域のいかなる部分であっても、総括者の意

図するままに急速な凝縮を確保するために、そして、何よりも、戦力的中心への全戦力の確実

で急速な凝縮(コンデンセーション)を確保するために、伸縮自在な結合を維持することであろ

う」(『コーベット海洋戦略の諸原則』(第二部 第三章 方法の理論―戦力の集中と分散))

「私たちの戦争計画がいかに密接した集中を求めるとしても、通商防衛の必要は常に分散を要

求するだろう。もう一つの源は、海上における移動に特有な自由と秘密性である。

海には私たち自身の作戦線を制限したり示唆したりする道というものがないので、敵の作戦線

についてもほとんど教えてくれない。

最も遠くの、広く分散した地点を敵の潜在的な標的として監視していなければならないのだ」

(『コーベット海洋戦略の諸原則』(第二部 第三章 方法の理論―戦力の集中と分散))

「敵に戦力を集中するよう強いることによってこそ、賢明な分散により敵の分艦隊を粉砕する

機会が得られるのである。

敵が集結するよう誘導することで、私たちは自らの問題を単純化して、私たちが制海を行使す

るままにするか、それとも大きな交戦で決着を付けるかを選ぶよう敵に強いるものだ」

(『コーベット海洋戦略の諸原則』(第二部 第三章 方法の理論―戦力の集中と分散))

「私たちが必要とする分割の程度は、敵が私たちの海洋権益に対して行動する起点となる軍港

の数と、それらが分散する海岸の広がりに比例している」

(『コーベット海洋戦略の諸原則』(第二部 第三章 方法の理論―戦力の集中と分散))

「集中は、敵の軍港の数と位置だけに依存したりはしない。

これらの港を起点とする作戦線が、私たちの本国海域を横切る程度によって調整される」

(『コーベット海洋戦略の諸原則』(第二部 第三章 方法の理論―戦力の集中と分散))

第三部の「海の戦いの遂行」では、海の戦いの遂行においては、制海を獲得するか争うかであ

り、さらには交通路の管制を行使する、などの作戦レベルで論じられている。

一、制海を確保する方法 (a)決戦を得ることによって (b)封鎖によって

二、制海を争う方法   (a)「現存艦隊」の原則   (b)小規模な反撃

三、制海を行使する方法 (a)侵略に対する防衛    (b)通商の攻撃と防御

            (C)軍事遠征の攻撃、防御、そして支援

一、制海を確保する方法

「第一に、私たちが自らに許す唯一の想定、すなわち私たちが優勢な戦力ないし優位をもって

始めるという想定に基づいて、私たちは制海を確保するための方法を採用する。

これらの方法には、やはり二つの項目がある。

第一に、戦闘により決着を確保するための作戦があり、これまで説明してきたように、

この項目は不本意な敵を交戦に引き出す方法、そしてそのための「敵艦隊を捜し出す」という

格言の価値に主に関係するだろう。

第二に、何の決戦も得られず、私たちの計画が交通路の即時の管制を要求する際に必要なる作

戦がある。

この項目は、軍事的であろうと商業的であろうと、あらゆる形態の封鎖を扱うのに都合が良い

だろう」(『コーベット海洋戦略の諸原則』(第三部 第一章 序論))

(a)決戦を得ることによって

「「敵艦隊を捜し出す」という格言を適用する際には、もし優勢な戦力で敵艦隊を捜し出そう

とするなら、重大な損害を被ることなしに破壊することができないような場所におそらく敵艦

隊を見出すだろうということを念頭に置いておくべきである。

敵に自分のところにやって来させる方が遥かに良く、これはしばしば単に共通の交通路に位置

するだけで達成された」

(『コーベット海洋戦略の諸原則』(「グリーン・パンフレット」戦争に関する覚書))

(b)封鎖によって

「海軍封鎖は実際には制海を確保する方法であり、戦闘戦隊の役割と見なされるかもしれな

い。その一方で、通商封鎖は本質的に制海を行使する方法であり、主に巡洋艦の業務である。

その直接の目標は、敵の交易交通路の利用を拒絶することによって、敵国の船舶で運ばれてい

るのか中立国の船舶で運ばれているのかを問わず、敵の海上交易の流れを止めることである」

(『コーベット海洋戦略の諸原則』(第三部 第二章 制海を確保する方法))

「近接封鎖は局地的で一時的な制海を確保するための特徴的な方法だと気付かざるをえない。

その支配的な目的は、通常、敵艦隊がある海域において、またある目的を持って行動すること

を妨げることとなるだろう。その一方で、散開封鎖は、敵軍の壊滅を目指すという点におい

て、恒久的な制海を確保するための明確な一歩である」

(『コーベット海洋戦略の諸原則』(第三部 第二章 制海を確保する方法))

「私たちは近接封鎖が散開封鎖よりも良いとも、またはその逆とも言うことは決してできな

い。それは常に思慮分別の問題でなければならない。(中略)

主たる問題は、すべての戦略的条件に関して、敵を港内に留めておくことと決戦のために海上

に引き出すことが私たちにとって有利か、ということだろう」

(『コーベット海洋戦略の諸原則』(第三部 第二章 制海を確保する方法))

二、制海を争う方法

「第二の主たる分類は、私たちの相対的な強さが制海を確保するためのどちらの種類の作戦に

も適していないときに訴えなければならない作戦を含んでいる。

こうした状況では、私たちは制海を争奪状態に保とうとする試みで満足しなければならない。

すなわち、敵が目指す目標のために敵が制海を確保したり行使したりすることを妨げるよう、

積極的な防勢の作戦により努力することである。

これが「現存艦隊(フリート・イン・ビーイング)」の真の概念により暗示された作戦である。

また、この項目には、機動的な魚雷と攻勢の機雷敷設の導入以後に戦略の場に入ってきた、

小規模な反撃の新しい形態すべてが含まれる」

(『コーベット海洋戦略の諸原則』(第三部 第一章 序言))

(a)「現存艦隊」の原則

「陸軍の作戦では、最も一般的に利用される手段は拠点を維持し、優勢な敵が拠点の攻勢に力

を消耗するよう強いることである。

その結果、軍事防衛の考えは塹壕で囲まれた拠点と要塞という概念に支配されている。

海の戦いではそうではない。海上での主たる観念は、状況が私たちに有利に展開するまで艦隊

を現存させておくよう、戦略的ないし戦術的活動によって決戦を避けることである」

(『コーベット海洋戦略の諸原則』(第三部 第三章 制海を争う方法))

「海洋国家にとって、海軍防衛は艦隊を活発に現存させておくこと―単に存在するのではな

く、活発で精力的な命を持つこと―を意味するにすぎない。

もし正しく理解されれば、「現存艦隊(フリート・イン・ビーイング)」以上にこの考えの大きな

重要性をより良く表現する言葉はない」

(『コーベット海洋戦略の諸原則』(第三部 第三章 制海を争う方法))

(b)小規模な反撃

「二つの交戦国の弱い方にとっては、小規模な攻撃は常にある魅力を持ってきた。

艦隊作戦によって制海を争うことさえほとんど期待できないほどに海軍が劣勢の国の場合に

は、敵戦力の一部を行動不能にすることで相対的な劣勢を減らすという望みが残っていた。

(中略)しかしながら、魚雷の出現はこの考えに見過ごすことのできない新たな重要性を与え

た」(『コーベット海洋戦略の諸原則』(第三部 第三章 制海を争う方法))

「まだ立証されていない潜水艦の価値は、次の海の戦いを覆う霧をさらに深くするだけだ。

戦略的な観点からは、小規模な反撃の新しい可能性をもたらす、新しい要素を考慮に入れなけ

ればならないということ以上のことは言えない。

それは、全体としては海軍防衛に有利に作用する可能性であり、防勢的な艦隊作戦と組み合わ

せて上手く使えば、「現存艦隊」に新鮮な重要性を与えるかもしれない新しい方策である・・・」

(『コーベット海洋戦略の諸原則』(第三部 第三章 制海を争う方法))

三、制海を行使する方法

「第三の主たる分類では、通行と連絡の管制を行使する方法を扱わなければならない。

これらの作戦は、望まれる様々な目的に従って管制が多様な性格を持ち、以下の三つの一般的

な形態の一つをとることが分かるだろう。

第一は侵略軍の航行線の管制であり、第二は通商攻撃と防衛のための交易路と交易の終着点の

管制であり、また第三は私たち自身の海外遠征のための通行と連絡の管制、そして遠征作戦を

積極的に支援するためのその標的海域の管制である」

(『コーベット海洋戦略の諸原則』(第三部 第一章 序言))

(a)侵略に対する防衛

「海の戦いは敵の戦闘艦隊の壊滅に終始するものではないし、敵の巡洋艦戦力の破壊に終始す

るものでもない。

これをすべて超えたところに、敵が陸軍に海を横断させるのを阻止し、私たち自身の軍事遠征

の航行路を守るという実際の任務がある。

また、敵の交易を妨害し、私たちの交易を守るという任務がある。こうした作戦のすべてにお

いて、私たちは制海の行使に関わっている」

(『コーベット海洋戦略の諸原則』(第三部 第四章 制海を行使する方法))

「侵略の際には艦隊ではなく敵の陸軍を一次標的とするというイギリスの主張については、他

にも多くの例を挙げることができる」

(『コーベット海洋戦略の諸原則』(第三部 第四章 制海を行使する方法))

(b)通商の攻撃と防御

「戦争の目標は私たちの意志を敵に強いることなので、通商に対する戦争が私たちの目的に資

することを期待できる唯一の方法は、私たちの敵が闘争を続けるよりも私たちが提示する条件

による和平を好むようになるほどに大きな損害を通商に与えることである」

(『コーベット海洋戦略の諸原則』(第三部 第四章 制海を行使する方法))

「交易を通じたある国家の脆弱性の程度は、敵が達成することのできる破壊の割合である」

(『コーベット海洋戦略の諸原則』(第三部 第四章 制海を行使する方法))

(C)軍事遠征の攻撃、防御、そして支援

「最近の最適な前例では、そのプロセスは、作戦が望ましい効果を発揮するために上陸しなけ

ればならない海岸線の範囲を陸軍参謀が提示し、既知の実用的な上陸地点を彼らが好む順に示

すことだった。次は、海軍参謀がどれほどまで陸軍の見解に従って行動する用意があるかを述

べる番となる。

彼らの決定は、保護の困難さと天気や潮の流れ、砂浜などの観点から見た上陸地点の主要要素

にかかっており、また二次的には海岸の構造がどの程度まで砲火や牽制運動による戦術的支援

を許すかにもかかっている・・・」

(『コーベット海洋戦略の諸原則』(第三部 第四章 制海を行使する方法))

以上、個人的に目に留まった箇所と今後参考になりそうな箇所を簡単にピックアップした。

コーベットは、主にクラウゼヴィッツを依拠としながら自身の豊富な海軍史の知識と融合・発展

させて海洋戦略を組み立てた、と単純化すればそう言えるのかもしれない。

「戦争とは、そのままでは海軍と陸軍、政治、財政、精神の諸要素の複雑な相対であり、

その現実は戦略的問題が巧みな三段論法によって解決される白紙状態を海軍参謀に提供するこ

とは滅多にない。海軍の要素は、決して他の要素を無視することができないのだ」、

「海軍戦略は戦争術の一区分である」

などの時代を先取りするような言葉も残しているが、視座の高さと分析の鋭さには脱帽する。

四方を海に囲まれた海洋国家の日本は、マハンよりコーベットやイギリスの海洋戦略の方が参

考になる。


『マハン海戦論』の時と同様、訳者は矢吹啓(やぶき・ひらく)氏で、

“訳者あとがき”も時代背景からコーベットを詳述しているので、こちらもかなり参考になる。

最近では千倉書房から、コーベットの戦略理論から解いた『日清・日露戦争における政策と戦

略-「海洋限定戦争」と陸海軍の協同』(平野龍二)も出版されているみたいだ。

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ジュリアン・スタフォード・コーベット 原書房 2016-9-23