『日本問答』 松岡正剛・田中優子



松岡正剛氏の著作は何冊も覗いてきたが、法政大学総長でもある田中優子氏のものは、

まだ覗いたことはない。

『江戸の想像力』や『江戸百夢』などを出版されているのは認識しているし、

タイモン・スクリーチの著作を高山宏氏と共訳されているのも把握しているし、

日本随一の江戸文化のプロフェッショナルであるということも理解している。

本書は、そんな日本を熟知しているお二方による二年の月日を要した対談。

岩波新書で300ページ以上の著作になっている。

まず驚くのは、お二方の日本についての豊富な知識で、ここまで深くまで語れるのは他にはい

ないだろう、と一読して改めて感じた。

“あとがき”を担当している田中氏が、

「対談ではほとんど日本について語っているのだが、それはナショナリズムに由来するもので

はない。いっしょに頑張ろうというオリンピック精神でもないし、運命を共にしようという共

同体論でもない。

むしろ日本にあったはずの方法、しくみ、それを支えていた理念を、これからつかうために言

語化しようとする試みである」

と、対談の目的を綴られている。さらには、

「方法の重要な一点は『デュアル』であった。たとえば江戸時代に議論の舞台に上がった

『やまとごころ』という概念は、それだけで成立するわけではなく、『からごころ』やその総

体である国学は江戸時代に出現したように見える。しかしちがう。

日本文化と言えるものが成立したそのはじめから真名と仮名、漢語と和語、学問と和歌、

正と狂、伝統と俳諧、儒と仏、神とほとけ……

かぎりなく挙げることのできるこれらの対照性を帯びたものの共存が、そのまま日本文化であ

った」

と、日本文化を動的に連動する「デュアル」として捉え、

その重要な特性を忘却した多くの現代日本人に想いださせようとしているとも感じる。

本書のなかで田中氏も言及されているが、日本文化を「デュアル」として捉え、最初に発見、

提唱したのは松岡氏で、『日本という方法 おもかげ・うつろいの文化』『連塾 方法日本』

などでも、わかりやすく示されている。

ちなみに、松岡氏と田中氏は三〇年以上の付き合いだという。

本書では、神話や芸能などを、この一途で多様でもある「デュアル」をキーワードとして、

日本を語っているのだけれども、最終的には日本の自立を促し、着地させている。

松岡氏は冒頭で、次のように述べている。

「どうも最近の日本の政治は二重、三重におかしくなっていますね。

保守の一極化は内なる外様性を薄め、これといった対抗見解がほとんどあらわれない。

実際にはアメリカの属国化が継続しているようなのに、そう思わない風潮が浸透していて、

これも心配です。

外が日本を見る目、日本が日本を見る目、日本が外を見る目が、それぞれぐらついているんだ

と思います。東アジアとも外交バランスがとれていません」

田中氏も同じような解釈で、終盤に次のように述べている。

「アメリカに従属するのではなく、アメリカの成り立ちを見習ってアメリカから自立すべきな

のです。この対談も、その自立の拠点となる「おおもと」の要素をいろいろ語ってきたのでは

ないでしょうか」

端的に言えば、アメリカから自立して、日本が培ってきた方法で、内外に対してアプローチし

なさいと。

だが、昨今の緊迫している東アジア情勢についての言及がないし、

日本をどうやって防衛するのかを提示しているわけでもない。

(ぼくの予想だが、お二方は非武装中立なんだろう)

さらに気になるのが、アメリカの悪口は唱えているが、国際情勢を緊迫させている中国や北朝

鮮、ロシアに対しては、口を噤んでいるのはなぜなんだろうと疑問に思う。

日本がアメリカから自立して武装中立の道を選んでも、

以前に取り上げた『日米同盟のリアリズム』のなかで、軍事アナリストの小川和久氏が指摘さ

れているとおり、核武装もしないといけないので、相当の気概と覚悟がないと武装中立を達成

することができない(アメリカも日本を簡単には手放さない)。

それは今の日本人には、ほぼ不可能なこと。

岩波から出版されているので、こういった展開になることは予想していたが、そういうことだ

ろう。

お二方の最終的な意見には若者はついてこないと思うが、ただ、日本に関しての豊富な知識や

「デュアル」として日本を捉える方法は、かなり参考になるし、継承したいところ。

それは単純にアメリカのせいにするものではなく、日本人の問題であり、

アメリカの基地があってもできることだろう。

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田中 優子,松岡 正剛 岩波書店 2017-11-22