何かと話題に事欠かないロシア大統領ウラジミール・プーチンだが、
彼はいったいどういった人物なのか、具体的に述べられることが少ないと感じている。
ぼく自身、改めてプーチンに注目したのが、クリミア半島の併合時と、
政敵やジャーナリストが多数暗殺されているのが目につくようになってから。
そして日本に於ける“プーチン幻想”がいかにも信じられなくて、戸惑いを覚えていた。
結局、北方領土は返還されないまま。
2016年の年末のあの喧騒は何だったのかと、今になって思う。
柔道家で、親日的だから、日本に対して譲歩してくれると考えているのが危険で甘い認識。
中国を牽制する為にロシアを利用できると考えるのも同じだろう。
シリア情勢を窺えば尚更のことで、あとフェイクニュースを垂れ流している事も。
“近くて遠い国”それが日本人一般のロシア像だと思う。
(特殊な思想を抱いていなければ)
かなりの戦略家なのは知っていたが、もっと具体的なプーチンとロシアが知りたくて、
本書を手に取った。
(ロシア連邦大統領 ウラジーミル・ウラジーミロヴィチ・プーチン)
著者のフィオナ・ヒルとクリフォード・G・ガディは、
アメリカの有力シンクタンクのブルッキングス研究所に所属し、ロシア問題のエキスパート。
「解説」を書き、監修をされている畔蒜泰助氏によれば、
「ロシアに関わる欧米の実務家・専門家の間ではすでに必読の一冊と評されている」。
上下二段の五〇〇ページにも亘る大著なのだが、翻訳もよくスラスラと読めてしまう。
この一冊でプーチンの全てを理解したとは思わないが、ある程度の全体像は掴める。
著者は、プーチンには六つのペルソナがあると主張する。
「国家主義者」「歴史家」「サバイバリスト」
「アウトサイダー」「自由経済主義者」「ケース・オフィサー(工作員)」。
最初の三つは、多くのロシア人に共通する一般的なペルソナで、
特にソ連時代に教育を受けた、ロシア人政治家に多く、プーチンの目標を説明する要素。
後の三つはプーチンの個人的なペルソナで、目的を達成するための手段。
それらすべてが並行して存在していると。
その目標は何かと言ったら、ソ連時代の領土と地位を獲得する事。
プーチンはソ連崩壊について強い感情を持っているらしい。
実際に、ニ〇〇五年四月の年次演説で、ソ連の解体を
「(二〇世紀)最大の地政学的惨事である」
と、プーチンは述べている。
その目標に向かって、ソ連崩壊後の混乱した状況を立て直すために、
超中央集権的で安定したシステムを構築し、経済改革を行い、
どんな状況になっても耐えられる、タフなロシアを形作っているのが、
ウラジミール・プーチンだ。
著者はそれが弱点にもなると述べている。プーチン反対デモなど。
頭だけでロシアを理解することはできない
並の尺度では計りようがない
ロシアには唯一無二の特別な姿があるのだから
この国でできるのは、信じることだけ
プーチン自身は、フョードル・チュッチェフの詩の「ロシア像」と
自己像が重なると示唆したことがある。
『プーチンの世界 「皇帝」になった工作員』フィオナ ヒル クリフォード・G. ガディ
ロシア人は自分たちの国を“母なるロシア”という。
その“母なるロシア”は国民が守るものであり、国民を守らないと。
アメリカ出身の著者はこの点を驚いているようだ。アメリカと正反対。
なので噛み合うはずがない。
そして、プーチンは大変な歴史家で読書家。クレムリンの大統領執務室の控えの間には、
ピョートル一世、エカテリーナ二世、アレクサンドル二世などの肖像画が飾ってあり、
帝政ロシア時代との結びつきをあらわし、ロシア思想の「一体感」を重視している。
プーチンの考え方によると、国家には二種類あった。
一つは、一握りの完全なる主権国家。
もう一つがそれ以外の国。
『プーチンの世界 「皇帝」になった工作員』フィオナ ヒル クリフォード・G. ガディ
ロシア、中国、アメリカを除くほかの国々は、
プーチンに言わせれば限定的な主権国家でしかない。
『プーチンの世界 「皇帝」になった工作員』フィオナ ヒル クリフォード・G. ガディ
まあ、プーチンの頭の中に日本は数に入っていないことは承知していた。
で、ぼくが個人的に気になっているのが、
アレクサンドル・ドゥーギンが著した『地政学の基礎』(一九九七刊)を、
プーチンはどのように受けとめているのか、ということ。
『ユーラシアニズム』チャールズ・クローヴァー
『ユーラシアニズム』を著したチャールズ・クローヴァーによれば、
この本は、幕僚学校やロシアの軍事大学で教材として使われており、
モスクワのあちこちの大きな書店のレジの横に積まれて売られていて、
四版すべてを完売したという。
著者の主要テーマは、ハウスホーファーの論旨そのもので、
合衆国とNATOが率いる「大西洋主義」の陰謀を阻止せよというものだった。
この陰謀は、新たに独立した旧ソ連の共和国群を地理的連鎖でつなぎ合わせ、
その輪の中にロシアを封じ込めようとしている。
これへの対抗策は単純明快で、ドゥーギンによれば、まずソヴィエト連邦を復活させ、
日本、イラン、ドイツとの同盟に焦点を当てた巧みな外交によって、
合衆国とそれに追随する従属諸国を大陸から追い出せ、というものだった。
『ユーラシアニズム』チャールズ・クローヴァー
アレクサンドル・ドゥーギンは、
一九九〇年代にロシアのユーラシア主義思想の復活において
主導的な役割を果たした人物だった。
彼は本質的に、全ロシア思想や統一思想の持ち主であり、
「大ロシア主義」的・狂信的・愛国主義的な民族主義者ではなかった。
ロシア革命後に、ユーラシア主義を標榜するようになった亡命者たちと同じく、
ドゥーギンの理論は、民族誌学、歴史、地理、地政学を融合して、
ロシア国家が広大な土地を支配することを正当化するものだった。
『プーチンの世界 「皇帝」になった工作員』フィオナ ヒル クリフォード・G. ガディ
要するに、ドゥーギンとプロハーノフは、
プーチンがウクライナで仕掛けた新時代の戦争のなかで、
情報および心理作戦の道具としての役割を果たしていたのだ。
『プーチンの世界 「皇帝」になった工作員』フィオナ ヒル クリフォード・G. ガディ
ドゥーギンは、欧米諸国のメディアで、度々取り上げられているが、
それもプーチンの情報戦の道具で利用しているだけだと。
ドゥーギンとプロハーノフは国家のために投入された政治的な武器にすぎなかった。
『プーチンの世界 「皇帝」になった工作員』フィオナ ヒル クリフォード・G. ガディ
特定のイデオロギーや既得権益に固執しない、
アウトサイダーのプーチンだから当然なのかもしれない。
利用できるものは何でも利用すると。
いずれにしても、隙あらば様々のことを仕掛けてくるという点は変わらないだろうし、
どんな形であれ、勢力を拡大したいのも変わらないことだろう。
プーチンにとって興味があるのは、特定の現実を伝えることよりも、
その情報に対する周りの反応を確かめることなのだ。
『プーチンの世界 「皇帝」になった工作員』フィオナ ヒル クリフォード・G. ガディ
もしかしたら、
この本もプーチンが仕掛けたプロパガンダの一部の要素も含まれているのでは、
と感じた読書体験でした。(笑)
日本から愛を込めて。
プロパガンダの伝統がソ連の終焉をもって
ロシアにおいて死に絶えたと考えるのはナイーブな理解でしょう。
『世界史の逆襲』 松本太(駐シリア臨時代理大使)
ロシアは、国力が強いときには超大国らしい傲慢な自信をみなぎらせて身を処し、
自分の身分に形式ばった敬意を表すよう求める。
国力が弱いときには、膨大な底力が出てくるのをむっつりと祈りながら、弱みを押し隠す。
『国際秩序』 ヘンリー・キッシンジャー