青木正児の支那学(漢学) / 『琴棊書画』 など。



日本にとって支那学(漢学)は、とても重要な意味を持っていると思っている。

それはヨーロッパ各国が、ギリシャ文明を誇りにして語るように、ぼくたち東アジアの人たち

も支那文明(中国文明)をもっと持ちだして、語った方がいいと感じる。

今の中国の拡張政策や傲慢な態度(中華思想)に対しては、大きな声でノーと言わなければなら

ないが。だからといって、文化や文明を批判するのは間違っていると、個人的には思う。

(変なのもあるが)

表意文字の漢字を使っているわけだし、身近な文化や風習など、奥深くにまで蓄積し熟成して

きた歴史がある。(歴史学者の岡田英弘氏は、その見方に対してネガティブに書かれているが)

それを、日本の風土や制度に合わせて、改良、編集して独自の文化を創りだしてきた。

明治以降は西洋にお手本が移るが。逆に今の中国は、日本を参考にして近代化した。

近年、中国に関しては政治の事しか語られていないと思うが、もっと文化面を注視してもいい

のではないか、とも思う。自分たちのことを知る上でも。

現今の混迷日本に劇薬なのは、東洋の視点を思い出すことだと確信している。

ぼくは文人墨客に憧れを抱き、漢字の成り立ちにも凄く興味がある。

青木正児は明治末期に京大に入り、東洋史を内藤湖南に、国学を幸田露伴に学んだ。

しかし、露伴は一年ほどで退職し、東京に引き揚げる。

その短い期間に『日本文脈論』、『文学各論』、『近松世話浄瑠璃』を講義した。

露伴からは「青木君は評論家になったら好かろう」と薦められている。

その後は、友人の本田蔭軒などと、雑誌『支那学』を創刊。

翌年には本田蔭軒を介して、富岡鉄斎に会ったりもしている。

湖南、露伴、鉄斎に会うなんて実に羨ましい。筋金入りの支那学者である。

著書を読めば言葉の端々に感じられる。北京にも遊学しているみたい。

ぼくが読んだのは『琴棊書画』、『中華名物考』、『中華飲酒詩選』。

どれも支那古典(中国古典)の竹林の奥深くまで分け入って綴られていて、

目から鱗が落ちる思いがした。

とくに『琴棊書画』の中で、

「画論における「気韻」、詩論における「神韻」の「韻」の字は、音声に関する字なること

言うまでもないが、その中に潜めるものは「声」ではなく、むしろ「香」であると私は想う」

と、見立てが面白い。プルーストみたいだ。

「「文人」という言葉は、「詩経」や「書経」に見え、「文徳そなわる先祖」を意味していた

が、「漢代」に「文筆にすぐれた人」という意味に用いられた」

具体的な理由は述べられていなかったのだが、ぼくは「紙」が発明され、普及しだし、

「文筆にすぐれた人」に変わっていったのだと予想する。

その他にも、

「六朝から唐にかけて貴族的な豪華な趣味が主調をなしていたが、

これに反して宋代に入ってより庶民的質素な趣味が主調となってきた。

この質素な趣味は、多くの場合「清」の一字をもって形容されている。

これはその源をたどれば道家思想の「清浄」から流れでた概念で、

魏晋間の「清談」以来、ある種の士人の趣味に深く根をおろしたもののようである。

そして、貴族的な「雅趣」と庶民的な「野趣」が調和して「清」の趣致が得られる。

片方だけでは俗趣に陥ってしまう」

と述べている箇所。これも個人的に解釈すると「禅」の影響ではないか、と思われる。

『中華名物考』では、

「清」は、日本の茶人好みの「渋味」とは異なり、「清楚」を旨として、雅味をもた

せるもの。「雅」は儒家の思想に出で、「清」は道家の思想に本づく。

清供なるものは近代文人趣味の結晶であり、読書人の最も洗練せられたる趣味である。

ここに眼を向けねばならぬ」

と論じられていて慧眼だった。

あと『琴棊書画』で気になった箇所は、書家・顔真卿の評論で、生い立ちから詳しく

論じられて参考になる。

『中華名物考』は、訓詁学と密接に絡み合っている、「名物学」が生まれた背景を、

詳しく説明されている。

「「名物」の語は、「周礼」にみえ、「名号と物色」で、名称と形状の特色を意味する。

この名物の追及が訓詁学の一部をなして発展し、その後の本草学などに連なることになった」

その他にも、豆腐や納豆の由来、孟宗竹などのことが論じられていておもしろい。

『中華飲酒詩選』は、周代から唐までの飲酒の詩を選んだもので、主に陶淵明、李白、白居易

が中心。著者自身も酒が好きで、特に李白の詩が好きだったみたい。こちらまで酔いが回って

きそうだった。

支那学(漢学)を通して、自分たちの国を眺めることの大切さを青木正児を読んで改めて思い

知った。本書はその入り口として最適。

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青木 正児 平凡社 1990-07
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青木 正児 平凡社 1988-02
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青木 正児 平凡社 2008-04-01