表紙が赤で目立つが、それ以上に「プーチン」という言葉に釣られて本書を手にした。
本書は、二〇一四年に原著が刊行され、その後、一ダース以上の言語にも翻訳され、
二〇一六年には英国王立文学協会オンダーチェ賞を受賞している。
著者のピーター・ポマランツェフは、一九七七年ソ連のキエフでユダヤ人の家庭に生まれ、
一九七八年に、反体制派の作家であった父親の亡命に伴い、西独に出国。
一九八〇年にイギリスに渡り、エジンバラ大学を卒業。二〇〇一年からロシアに滞在し、
二〇〇六年から一〇年までは、テレビ局TNTでリアリティー・ショーの制作に携わった人物。
その時のロシア滞在の経験をもとに本書を著している。その内容は、
玉の輿に乗ろうとして、そのための専門学校に通う「ゴールドディッガー」と呼ばれる女性た
ちの話、ソ連崩壊後に社会の秩序をもたらしたギャングの話、そのギャングが映画監督に転身
した話、ロシアを教化しようとアイルランドからやってきた国際開発コンサルタントの話、
コーカサスからやってきた売春婦が、妹が自爆テロ組織「黒い未亡人」から離れて自身と同じ
職業についたことを喜んでいる話、ロシアのセクトと、それを後押しするクレムリン支配下の
テレビに翻弄され、スーパーモデルたちが自殺する話、罪も犯していないのに捕まり、企
業を乗っ取られた女性経営者の話、オイルマネーにより途方もない富を誇り、ロンドンに富を
移しているオリガルヒの話などなど。
ソ連が沈滞し、ペレストロイカをもたらし、それによってソ連が崩壊し大混乱に陥り、野心的
な連邦議会と弱い大統領という対立構造のなか抜本的な経済改革に取り組む。
その後、政治的安定を維持し、西側諸国に付け込まれる隙となる分裂や内紛を引き起こすこと
のない強力な国家を築くことを目標に掲げ、プーチンが大統領に就任する。
本書は、そのプーチン体制化で翻弄されるロシア国民を内側からの視点で書かれている。
「猛スピードの発展のなかでロシアは、共産主義からペレストロイカ、ショック療法、貧困、
オリガルヒ、マフィア国家、そして超のつく大富豪に至るまでのじつに多くの世界をえらく足
早に見てきたから、ロシアのニューヒーローたちは、人生は一度きりのきらびやかな仮面舞踏
会であり、そこではいかなる役割や地位、もしくは信念さえも移ろうものだという感覚を持ち
続けてきた」(本書)
「現大統領が二〇〇〇年に政権を握ったとき、最初にしたのは、テレビ局を管理下に置くこと
だった。クレムリンが、「衛星政党」として認めるにはどの政治家がよいかを決めたのも、
この国の歴史がどうあるべきであり、何を恐れるか、どんな意識を持つべきかといったことを
決めたのも、テレビを通じてのことだった」(本書)
一読して感じたことは、ロシアが腐敗しているのは、別に今に始まったことではないし驚くこ
とでもない、といったもので、目新しいことは書かれてない。ただ、中から眺めて記したもの
はあまり無く、それが貴重な資料となっている。(全部調べたわけではないが)
「『何もかもPR』というのは、新生ロシアのお気に入りの台詞になっている」(本書)とも書か
れているが、『プーチンの世界「皇帝」になった工作員』のなかで、フィオナ・ヒル、クリフォ
ード・G・ガディが指摘している
「プーチンにとって興味があるのは、特定の現実を伝えることよりも、その情報に対する周り
の反応を確かめることなのだ」
ということだろう。
ちなみに話が飛ぶが、昨年の年末にナショジオで放送されていた(録画して最近見た)、
アメリカの映画監督オリバー・ストーン制作の『プーチン大統領が語る世界』(インタビュー形
式)もプロパガンダの一環だろう。
オリバー・ストーンの著作『オリバー・ストーンが語る もうひとつのアメリカ史』や、
その出版と並行して放送されていたドキュメンタリー番組なども全部見たが、
オリバー・ストーンは社会主義に対してシンパシーを感じている印象を抱く。
プーチン側もそれを認識していて、出演を承諾したのだろう。
話を戻すと、先にも書いたが、本書はプーチン体制化のロシア国民にフォーカスして、
そこからこの体制の異様さを浮き上がらせているので小説のように読める。
副題に「21世紀ロシアとプロパガンダ」としているが、そこまで掘り下げて語られている
わけでもなく、少し大袈裟に宣伝されているのが否めないが。
気になる方は、特設サイトもあるので、そちらもご参考に。