ブルーシールアイスを食べながら



本書は『古琉球』で著名な“沖縄学の父”伊波普猷が『沖縄女性史』を論じたもの。

長らく絶版になっていて、たまたま古本屋に立ち寄り、目に留まり購入した。

ぼくの母親は沖縄(那覇)出身で、上に姉二人がいて、その伯母さんには娘(従姉)もいて、

その子供も娘(従姪)である。

八十歳過ぎの祖母も健在で、昔の祖父母の家の近くには、今は亡き祖父の姉(大伯母)も住んで

いて、小さい頃、沖縄に遊びに行った時には、よく泊まりに行き、大変お世話になったことが

ある。

そんな訳で、ぼくは幼い頃から沖縄女性をつぶさに観察して育ち、

その沖縄女性特有のバイタリティにはいつも驚かされるばかりだった。(たまに騒がしいが)

それもそのはずである。昔の沖縄女性は、「とにかく昔は上は王女より下は田舎娘に至るま

で、馬に乗ったのである」という伊波の指摘を目にして、勝手に納得したのである。

祖母や伯母などは、たまに何かあると「ユタ」に相談しに行くことがあると聞いたことがある

が、「今日でも沖縄婦人の大多数は家に病人があると、まず巫女(ユタ)を聘して御祈禱をして

貰うという有様である」と、大正七年に記されたものであるが、今も変わらない沖縄の姿が浮

かび、微笑ましくもなる。

ただ、当時はこのことに対してかなり批判的で、

「婦人問題は今や世界の趨勢になって、その余波が日本の岸を洗いつつある新時代に当って、

沖縄の婦女子の最大多数がまだ熱心なユタの信者であるのは、かえすがえすも歎ずべきことで

ある」(本書)として、「何よりも先に迷信の牢獄から自らを解放し、また人をも解放してやら

なければならぬ」(本書)ともしていたのが驚いた。

そんな伊波がユタを研究するきっかけとなったのが、本土の民族学者の柳田国男に「ユタが絶

滅せぬ前にわかるだけユタの事を研究してくれ」という注文をされてからだという。

ユタの由来についても簡単に次のように述べている。

「古くは神人すなわちコデは神秘的な力を有(も)っていて、神託(琉球の古語ではミスズリまた

はミセセルという)を宣伝する者と信ぜられていたが、後にはそういう力を有たない名ばかりの

神人も出るようになったから、それに代わって神託を宣伝する連中が出るようになり、

とうとうこれをもって職業とするまでになったのである。

これがすなわちトキまたはユタと称するもので、後には生霊・死霊の口寄(死者の魂を招き、己

が口を籍(か)りて、その意を述べることで、沖縄ではこれをカカイモンといっている。

日本上古の神憑りのようなものである)をも兼ねるようになった」(本書)

神の霊または生霊・死霊を身に憑(よ)らしめて、言出すことを沖縄語ではウジャシュンとい

い、ここから、ユタという語はユンタ(しゃべるということで、八重山の方言では歌ということ

になる)という語から来たかもしれない、それともユタが神託を語る時、身体がひどく動揺する

ところから見ると、ユタミチュン(動揺する)という語から来たかもしれない、

と伊波は仮説をたてている。

一時代前までの沖縄(琉球)は、

政教一致(政治は祭事、祭事はすなわち政治)であり、男子は政治に女子は祭事にであり、

神話にも、長男は国王の始めとなり、次男は按司(アジ)の始めとなり、三男は百姓の始めとな

り、長女は君々(きみぎみ)の始めとなり、次女は祝々(のろのろ)の始めとなった、

とされている。

なので、たまにユタなどが跋扈して、時の為政者を手古摺らせたこともあるとされていて、

明治の初年には、そのユタたちが結社をする傾向を生じたともされている。

これらのことを頭に浮かべ、ぼくの今年の夏は終わろうとしている。


そして、例年通り伯母からお中元のブルーシールアイスが届く。

特に塩ちんすこうがうまい。

実際昔は沖縄における女性の位地は今日よりはよほど高かったのであります。

『沖縄女性史』伊波普猷

沖縄の女子教育は沖縄の発展と大関係のあるものであるから、

この方面には常に多大な注意を払って貰いたいのであります。

『沖縄女性史』伊波普猷