「北朝鮮が「国家核戦力の完成」の段階で南北融和姿勢へ転換するのは、
文在寅としては「当然そうなること」以外のものではないのです。
北朝鮮の路線転換とそれを受け入れた韓国が、ともにその先にめざしているのが、
南北朝鮮の統一です。
南北融和から南北統一で向かうことによって、北の核は「民族のための核」となります」
(本書)
「「北朝鮮国家核戦力の完成」が南北統一への道を開く、しかも北の独裁体制を温存したまま
という、まことに理不尽な歴史が始まろうとしているのです」(本書)
「現在の世界では、(中略)自国の利益を追求するという意味での「自国ファースト」の風が吹
きつのっています。韓国はこの風に乗り、在韓米軍を撤退させて南北統一を果たし、
他国の脅威や圧力に屈しない「東アジアの強国」建設をめざしていると私は思います。
まさに「朝鮮ファースト」の推進です。朝鮮半島の南北統一は、日本には大いなる脅威となる
でしょう。南北共同の「反日」攻勢が予想されます。
戦時徴用工や慰安婦に関して、個人賠償請求権の攻勢をかけてくることでしょう」(本書)
著者の呉 善花(オ・ソンファ)氏は、韓国・済州島生まれで、83年に来日し、現在は拓殖大学
国際学部教授。
出自に対しては様々なレッテルを貼られ、日本での活動が不自由なこともあったと思われるが
(韓国ではもっとだろう)、本書ではそんなことは微塵も感じさせず、日本人に向けて朝鮮半島
の未来がどうなるのか、ということを偏った視点からではなく、客観的な視点から分析し論を
展開されている。
呉 善花(オ・ソンファ) 韓国・済州島出身
著者は韓国の描いている近未来のシナリオを、
「軍事指揮権返還→米軍撤退→南北平和条約締結」から「南北連合国家形成→南北統一国家実
現」へという流れだと予想する。
そして、この流れを何としても止めなくてはならないと、かなりの危機感を抱いて書かれてい
る。
その第一段階の軍事指揮権返還には韓国軍が、
・北朝鮮の核とミサイルに対する対応体系の構築
・作戦統制権を行使できる韓国軍の軍事的能力
の条件をクリアすることで米韓は合意しているという。
さらに、前大統領だった朴槿恵(パク・クネ)の時にはこの条件を満たすため、二〇二〇年代初
めまでに、三つの軍事能力(韓国型三軸体系)を構築する計画を実行に移したとされ、現大統領
の文在寅(ムン・ジェイン)もこれを引き継ぎ、「韓国自主防衛能力の構築」へと力を注いでい
る。
1、「キルチェーン」―北朝鮮にミサイル発射の兆しがあれば、その核・ミサイル施設を先制
攻撃できる能力。
2、「韓国型ミサイル防御システム(KAMD)―北朝鮮が発射したミサイルを迎撃できる能力。
3、「韓国型大量応酬報後(KMPR)―北朝鮮が攻撃してきた場合に指導部などへの報復攻撃がで
きる能力。
キルチェーンの核心にあるのが偵察衛星で、アメリカに依存している偵察衛星を独自に保有
し、二〇二一~二三年に五機(レーダー搭載衛星四機、赤外線センサー搭載衛星一機)を打ち上
げる計画も文在寅政権は公表している。
二〇一五年から、韓国政府はこの計画に膨大な予算を投入しつづけていると。
韓国では、一九九七年のアジア通貨危機以降から、アメリカ主導のグローバリズムへの反発を
契機として反米民族主義の動きが高まり、その結果「民族主体の意識」がせり上がり、北朝鮮
の反米民族主義への評価が見直され、より親密感を深めていったとされている。
「北朝鮮の「自主」なるものは、「主体(チュチェ)思想」という政治イデオロギーの独善性が
招いた国際的な孤立を、「自主的であるのはよいことだ」という人々の良心に訴えかけたごま
かしにすぎません」(本書)
民主化以前・冷戦体制化の韓国の国家・民族観は、「国家あっての民族」(二つの国家の下にあ
る民族)だったが、民主化され、冷戦体制が崩壊してからの韓国は、「民族あっての国家」(一
つの民族の下にある国家)へと転換したのも肝心だと著者は指摘する。
「南北に共通の「朝鮮民族」という枠組みのなかでは、「身内の恥を外部にさらしてはならな
い」という、儒教的な血縁主義に基づく「身内主義」のモラルが強く働きます。南も北も、同
じ血を分けた身内、拡大血縁集団という一個の民族なのです。
南北がいう国家民族の自主、自立、主体には「身内正義」、つまり身内を正義とする朝鮮伝統
のモラリズムが深く浸透しています。
だからこそ、そこではおのずと人権よりも民族が大事となってしまいます」(本書)
薄々感じていたことだが、韓国出身の著者が書くと説得力が増す。
朝鮮半島は古代以来、記録されただけでも二〇〇〇年間でおよそ一〇〇〇回外部からの侵攻を
受けている。
なかでも高麗時代のモンゴルの侵攻、李氏朝鮮時代の日本と清の侵攻は、朝鮮半島の産業や文
化をほとんど壊滅に近い状態にまで陥れた。
戦後は日米を軸とする海洋国家寄りで保たれてきた東アジアの地政学的なバランスを、再び大
陸国家寄りの方向へ巻き戻していくことで、韓国が両勢力のあいだに立ってバランサーの役割
を果たす、新たな東アジアの地政学的な秩序をつくり出していくこと、これが戦後立国した韓
国の現在に至るまでの一貫した外交理念であり、そのためには、何としても南北統一朝鮮を実
現せねばならない、二度と大国に翻弄されないために、と著者は指摘している。
「民主化以後の韓国歴代政権は、盧泰愚政権が打ち出した対北朝鮮政策を基本的に継承してき
ています。それは南北統一方案に限らず、外交政策についても経済政策についてもいえること
です。いずれも、盧泰愚政権が示した「北東アジアの地政学的バランス論」に則ったものです
が、ここに韓国の政治的性格の最大の特徴があります。
朝鮮半島の地政学的な条件は、朝鮮半島の歴史を決定的づけてきたといえるほど大きなもので
す」(本書)
南北統一の方針案は、北朝鮮は「一民族、一国家、二制度、二政府の連邦国家」をもって統一
とする案であり、異なる体制を維持したままで連邦国家を形成しようとするもの。
韓国は暫定的に「二国家、二制度、二政府の南北連合国家」を形成し、次に南北総選挙を行
い、「一国家、一制度、一政府の統一国家」へと進む案であると。
さらに南北は、北の連邦制国家と、南の南北連合国家案とが一致すると合意しているという。
そして、その「南北連合国家」の形成をめざした韓国側の考えは、
まず開城工業団地の事業を再開し、これを拡大発展させて南北経済共同体を築いていこうとい
うものであり、それは、経済的な繁栄が北朝鮮を統一の方向へ吸収するというのが、
民主化以後の韓国歴代政権の考え方であるとしている。
北朝鮮の指導者として初めて韓国を訪れた金正恩
南北首脳会談に熱狂する一部の民衆。工作員も混じっている可能性もあるが
ただ、「南北連合国家」を形成するとしたら、ひとまず「経済関係抜き」で進めるのではない
か、と著者は予想する。
北朝鮮の連邦国家案では、「連邦政府は、政治・国防・対外関係など民族の全般的利益にかか
わる共通の問題を討議し決定する」とされており、韓国の連合国家段階の案も、これと基本的
には同じものであり、経済関係以外の「民族の全般的利益にかかわる共通の問題」について
は、推進していくだろうと。
その南北の「民族の全般的利益にかかわる共通の問題」には、慰安婦問題や徴用工問題、さら
には日朝国交樹立の問題があるとしている。
日朝国交問題は、日本側が北朝鮮との国交樹立に当り、補償金を支払うというもので、
これは、一九九〇年に当時の自民党副総裁の金丸信が訪朝した時に表明したもの。
いずれにしても、核を持ったまま統一されると、更に威圧的な態度で上の問題をぶり返して騒
ぎ出すので「米軍撤退は、日本にとって最悪のシナリオの始まりなのです」と韓国出身の著者
は心配しながら記している。
心配になるのもそのはずで、一九九三年に韓国で『ムクゲノ花ガ咲キマシタ』という小説が大
ベストセラーになり、翌年には日本でも翻訳出版され、一九九五年には韓国で映画化され、大
ヒットした作品があるみたいだが、その内容が、
「密かに南北が共同で核開発を進め、核の完成によって南北が協力して日本に戦争を仕掛け
る」というものだそう。(ぼくは未読)
そこから垣間見える韓国人(朝鮮半島)のメンタリティーは、「核保有で日本の優位に立て
る」ということであり、それには朝鮮民族に特有の「理念至上主義」が存在しているという。
違う言葉では、全体が完璧なまでに整形されていることを価値とする「完璧主義」。
「日本にとっての最悪のシナリオを防ぐことができるとするならば、それは民主化以後の韓
国、つまり第六共和国としての「民族第一主義韓国」を国民自身が終わらせ、「国民自由主
義」に則った韓国を誕生させる以外にはないでしょう。
そうした韓国の誕生を待ち望む人々はいまのところ、一部の自由主義知識人など少数にすぎま
せんが、彼らを中心とする人々の活動に、できるかぎりの支援・協力を行って盛り上げていく
しかないと私は思います」(本書)
著者は「アメリカは核放棄なき対話はありえないと主張しつづけるでしょう」としているが、
選挙対策なのか、対中包囲網の一環なのかは知らないが、六月十二日にシンガポールで米朝首
脳会談が行われ、流れが大きく変わってきている。
シンガポールで行われた史上初の米朝首脳会談
本書が出版されたのは二〇一八年三月だが、呉 善花氏が本書のなかで提示している核心的な問
題は問われ続けることだろう。
さて、日本人の皆さんどうしますか? 選択肢はあまりなさそうですが。
ただ、BSフジの『プライムニュース』の中で、戦略家のエドワード・ルトワックは、
中国の勢力圏になるから、朝鮮半島から米軍が撤退することはありえない、
といっていたがね。