『大乗とは何か』三枝充悳



本書は、お硬い学術書ではなく、大乗仏教エッセイといった珍しい体裁をとっている。

なので難くなく一般人にはつまみやすい。

ちなみに日本に初めて伝えられた仏教は、中国的に編集された大乗仏教。

公式には百済の聖明王が五三八年に、日本の欽明天皇に仏像・仏具・経典を贈ったことに始まる

とされている。

ブッダの死後二~三〇〇年間は口伝だった教えが、文字で書き記されるようになり、

仏典が編纂されるようになる(結集)。

やがてブッタの弟子たちは僧院の中でブッタの教えを忠実に守り、戒律(規則)どおりの厳しい

修行と禁欲の出家生活を送りながら、ブッタの教えの哲学的な分析に全力を注ぐ。

しかし、仏教が各地に広がると同時に教義の解釈や戒律の実践の相違をめぐる対立が起こり、

保守的な上座部と革新的な大衆部の二つに大きく分裂する(根本分裂)。

その革新的な大衆部は、上座部を閉鎖的な僧院生活に閉じこもり難しい哲学的論議に明け暮

れ、大衆の救済を忘れていると批判して「小乗仏教」(ちいさな乗物)と一方的に呼ぶようにな

る。

現在、上座部(小乗)の一部は、スリランカ・ミャンマー・タイ・カンボジア・ラオスなどの東南ア

ジアに伝わり受け継がれている(南伝仏教)。

それは、インドのマウリア朝アショーカ王(阿育王)の時代(紀元前三世紀中頃)にインドからス

リランカに上座部系の仏教が伝わったのに由来するという。

大乗仏教は、部派の学説を批判し、紀元前後から比丘の教団とは別に、在家者と釈迦の墓(仏

塔、ストゥーパ)の守護者たちの団体が各地に興る。

彼らは、自分の解脱よりも慈悲の心をもって他者の救済を優先する人間像を理想とし、

自分たちをボーデイサトヴァ(菩提薩埵、略して菩薩。悟りを求めるもの)と呼ぶようになる。

そして、ブッタを人間を越えた超越的存在、絶対神に等しいとみなし、阿弥陀・薬師などを最高

の仏(如来)として崇めるようにもなる。

さらに自らの思想を表現するために、般若経・華厳経・法華経・浄土系経典などの膨大な数の大乗

経典を生み出す。

理論的な研究も盛んにおこなわれ、「空」という概念が重要視され、その解明をめぐって、

龍樹(ナーガルージュナ)を祖とする中観派と、無著(アサンガ)・世親(ヴァスバンドゥ)の兄弟を

祖とする唯識派が論争を展開する。

中国・韓国・日本・チベット・ベトナムなどの仏教は、この大乗仏教に属する。

著者の別の著作『仏教入門』のなかで、その大乗仏教の理念―理想をまとめて提示している。

(1) 新しい諸仏と諸菩薩

(2) 空の思想、それに関連する六波羅蜜、とくに般若波羅蜜

(3) 救済と慈悲、広くいえば利他。それに関連する誓願、そして廻向の新たな展開

(4) 一種の現世志向と同時に彼岸への希求

(5) 信の強調

(6) 三昧の浄化

(7) 壮大な宇宙観

(8) 自己のこころの追究

(9) 方便すなわち手段の重視

(10) ある種の神秘化、それには古来の伝統や当時の諸情況また土着文化の影響など

本書では、(1)から(4)を中心にエッセイ形式で噛み砕いて説明されている。

大乗ということばはサンスクリット語でマハーヤーナという。

マハーは大きいという意味で、漢字ではときに摩訶(まか)という字をあてる。

ヤーナというのは乗りものという意味で、それで大乗という訳がつけられた。

最初に「大乗」という言葉を用いるようになったのは、般若経典を保持するグループであった

と考えられている。

その般若経の中心になる思想は、空という思想。

空というのはサンスクリット語ではシューンヤ、またシューンヤタという。

シューンヤという語は、「ものがない」という意味で、とらわれをなくす、とらわれないとい

うこと。それに理論づけを行ったのが龍樹(ナーガルージュナ)で、その著『中論』が有名。

龍樹の『中論』が、空の理論づけとしてとりあげたのは、縁起という思想。

縁起というのは「縁って起こる」ということ。関係性ということ。

その龍樹の『中論』によって、論理的に実体を否定することと、実践的にとらわれないという

ことと、両方の途が開かれ確定したと著者は指摘する。「縁起→無自性→空」。

在家信者たちによる仏教運動は、各部派の保守性・閉鎖性・独善性に反発し、自己が他者を、

他者が自己を、苦悩や悲惨から離脱させて、救済を果たすべく、それを目標として、

その理想像を従来の阿羅漢に代えて菩薩とした。一切衆生への利他をスローガンとしている。

菩薩(ボーデイサトヴァ、ボーディサッタ)とは、「さとり(菩提bodhi、仏の智慧)を有するも

の」「さとりの得られることが確定して修行をつづけるもの」「さとりを求めるもの」と

説明される。

まだ「大乗」という呼称が生まれていなかった頃から、「利他」思想を掲げ、みずからを「菩

薩道」「菩薩乗」、ときには「仏道」「仏乗」とも呼び、先駆的な活動を推進していた。

その菩薩乗の活動の軸に、六波羅蜜が立てられている。

布施、持戒、忍辱、精進、禅定(または清慮)、般若(または智慧)。

略して施、戒、忍、進、定、慧。

波羅蜜はパーラミターの音写であり、「最上」をあらわすパラマとを女性形のパーラミーと

し、それに名詞化する接尾辞のターを付している。

波羅蜜(パーラミター)の意義は、漢訳では「到彼岸」「度」とされているが、「成就、完成、

最上」などがふさわしいとしている。

「諸菩薩を中心とする新しい仏教運動は六波羅蜜を修行のよりどころとして、

インドの各地に、緩やかに拡散しておこり、しかもその運動は、諸仏や仏伝など文学作品を背

景に担いつつ、その活動根拠のひとつに仏塔信仰が栄えていたであろう・・・」(本書)

大乗仏教運動の大きな二つの柱として次のように整理している。

①仏塔崇拝と供養をめぐるテーマがあり、これには在家信者の活躍・在家仏教的色彩、

または出家と在家との協同(あるいは一部に両者間の壁がかなりゆるんでいたのかもしれない)

が付随する。

②讃仏・仏伝を中心とする文学活動は、この前後を通じて流れてやまず、新しい運動の発生・展

開・発展その他に、多大の活力とモティーフなどを提供した。

大乗とは菩薩であるといわれ、菩薩が大乗仏教に占める位置は大きい。

本書では、そこをわかりやすく多くのページを割いて説明してくれている。

「私が行ってきたすべての善行は、一切衆生の利益のため、彼らを[罪から]究極的に浄化する

ためのものである。

それら善行の功徳により、一切衆生が様々な存在の場所で味わっている無数の苦しみから解放

されることを私は願う。

それら善行を廻向することにより、私は一切衆生の避難所となり、彼らをその悲惨な存在から

救い出したい。

私は一切衆生にとっての大いなる燈火となって無知の暗闇を追い払い、智慧の光明を輝かせた

い」(『華厳経』巻十四 鈴木大拙『大乗仏教概論』から)

「こうした大乗仏教において新たに出てきた思想の一つは、仏が同時に多数出現することを

認めることである。

仏が世界を指導する唯一の指導者であることを維持して、どのようにして仏の複数性を認める

ことができるのであろうか。

それに対して、大乗仏教で用意した答えは、この世界を唯一と考えず、世界の複数性を認める

ことであった」(『仏典をよむ』末木文美士)

個人的には、もっと仏教に注目すべきだと思っている。

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三枝 充悳 岩波書店 1990-01-22
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鈴木 大拙 岩波書店 2016-06-17