『モディが変えるインド』 笠井亮平



十歳まで西早稲田に住んでいたことがある。

通学路には、異様な雰囲気を醸しだしているインド大使公邸があり、

中はどうなっているのかと思いながら登下校していた。

少々滑稽に聞こえるかもしれないが、今から思うとぼくがインドを意識した最初のことだった

のかもしれない。

本書は第十八代インド共和国首相ナレンドラ・モディを軸にして、現代インドの政治、経済、

社会、外交にフォーカスしたもの。

著者は「かゆいところに手が届くものを作れないかと考え、執筆したのが本書」だとしてい

る。

書店を覗けば、中国関連のこの手の書籍はたくさん見かけるが、インドとなるとあまり見かけ

ない。

たまに見かけるものといえば、歴史や宗教、政治や外交などを個別に扱ったもので、

本書のように多角的に分析・解説した「インド本」は珍しい。これから増えていくと思われる

が、本書はその嚆矢となる一冊。

世界七位の国土を持ち、一三億を超える人口を抱え、近い将来は中国を抜いて世界一位になる

ことが確実視され、よく「巨象」に喩えられるインド。

一九九〇年代末には核実験をめぐり冷却していた日本とインドの関係だが、

近年では、安全保障の一環として結びつきが強くなっていて、

それは「インド太平洋(Indo-Pacific)」という言葉にもあらわれているだろう。

カウティリヤの『実利論』を読むかぎり、一筋縄では行きそうにもないのがインドであると

個人的に感じているが、著者もその辺りのことを

「モディ外交は『非同盟3.0』と呼べるかもしれない。かつての非同盟運動ではなく、

『戦略的自律』のもとで自国の利益を最大化するための新しい『非同盟』である」

と指摘している。

ちなみに、独立以降のインド外交は、

一九五〇年代から六〇年代「非同盟積極期」

七〇年代から八〇年代「印ソ同盟期」

九〇年代は経済自由化を進め「ルック・イースト政策」「模索期」

二〇〇〇年代「戦略的パートナーシップ」「全方位外交期」

最近では、外交戦略を考えるうえで、カウティリヤの『実利論』を活用しようとしているらし

い。(やっぱり)

二〇一三年十月には、インド政府系有力シンクタンク、防衛問題研究所(IDSA)が、

『インド外交とアルタシャーストラ』をテーマにしたセミナーを初めて開催しているし、

国家安全保障顧問のシヴシャンカル・メノンは、

「『実利論』はインドの戦略文化や一般のインド人が戦略問題を考える際に中核をなすもの

だ」

としている。

個人的な意見としては、同盟関係は結んでいないが「裏切る可能性が高い」と見ている。

最悪の場合、中国の二の舞になる可能性もあるだろう。

その点に関して、著者は積極的には指摘していないが、「南アジアを俯瞰する外交」を提案

し、遠まわしに「インドリスクに備えよ」という風にも受け取れる。

「豊かなポテンシャルと不確実性が同居するこの地域で日本が担いうる役割は、

きわめて大きいのである」(本書)

昨今、次の時代の主役だと謳われることが多いインド。

個人的にはインドの純正な発展を願っているが、国内に問題が多いのも確かで、

バラモン(聖職者)、クシャトリヤ(王族、士族)、ヴァイシャ(農業、商業、牧畜業など)、

シュードラ(他の階級に仕える人々)などのカースト制度を残したまま(カーストに属さない人々

も居ると聞いたことがある)発展することができるのか、という疑問もある。

心によりすべての行為を私のうちに放擲し、私に専念して、知性のヨーガに依存し、

常に私に心を向ける者であれ。

『バガヴァッド・ギーター』