『北朝鮮核の資金源:「国連捜査」秘録』古川勝久



「国連加盟国は、どのように制裁を実行してきたか。

北朝鮮はいかにしてそれを逃れてきたのか。

どのような国々が、なぜ、北朝鮮の非合法活動に積極的に加担してきたのか。

そして、国連安保理の中で、どのような政治力学が働いてきたのか―。

監視する側の現場で私の得た「答え」を、本書につづりたいと思う」(本書)

著者が所属していたのは「国連安全保障理事会決議1874号に基づく専門家パネル」(北朝鮮制

裁担当)であり、主な任務は、国連の制裁に違反した事件の捜査で、期間は2011年4月~2016

年4月までの4年半。

その「専門家パネル」は、国連の中でどこにも属さない組織であり、事務総長から任命され、

独立した立場から制裁違反事件の捜査を行うものとされている。

当初のメンバーは7名で、安保理常任理事国の5カ国(米英仏中ロ)と日韓からそれぞれ1名ずつ

が選出され、2013年以降は、「南半球枠」として開発途上国を代表する1名の枠が追加されて

いる。

専門家パネルの活動を規定する安保理決議は、国連憲章第7章第41条に基づいている。

「平和に対する脅威、平和の破壊及び侵略行為に関する行動」としての非軍事的措置を定めた

もので、国連加盟国にはパネルの捜査活動への協力義務がある、とされている。

組織も、そこで働く専門家も、任期は1年であり、任期の更新には、安保理の決議が必要とさ

れており、中国やロシアが決議の採択に反対すれば、パネルは解散となる。国際政治の力学が

もろに反映される場所でもある。

専門家は、コンサルタントとして雇用され、任期は最長で5年間。パネルには、実務を補佐す

る国連事務局の職員が3名おり、彼らは終身雇用であると。

古川勝久(ふるかわ・かつひさ)  国連安全保障理事会・北朝鮮制裁委員会・専門家パネル元委員


著者は、もともと安全保障分野を専門とする研究者であり、アメリカにも留学し、

15年以上にわたり北朝鮮の核・ミサイル問題の研究に携わっていた。

著者が専門家パネルについて知ったのは、外務省の友人から連絡を受けた時で、

「国連で北朝鮮制裁を監視するポストに空きができるので、北朝鮮の兵器拡散行為に通じた人

材を探している。ぜひ応募してみないか」という勧めもあり、

「単なる研究や政策提言だけでなく、国際社会の現場に飛び込んで、深刻化する事態の解決に

役立ちたい」という著者の思いも重なり、応募し所属するに至った。

「私の新しい任務は、制裁の強化を通じて、北朝鮮に核を放棄させるための国際的な環境をつ

くり出すことだったのだ」(本書)

その北朝鮮への制裁措置は、

・核兵器、弾道ミサイル、生物・化学兵器、通常兵器および関連物資の禁輸

・奢侈品の北朝鮮への輸出禁止

・制裁違反容疑の貨物および船舶の検査

であったが、2016年と17年には、制裁が強化され以下の措置も導入されている。

・石炭、鉄鉱等、海産物、衣料品等、北朝鮮の主要な産品の禁輸

・石油製品などの北朝鮮への輸出一部禁止

・北朝鮮外交官による商業行為の禁止

・北朝鮮への船舶や飛行機のリースの禁止

・北朝鮮国内における金融業務支援の禁止

・北朝鮮の労働者の新規受け入れの原則禁止

・北朝鮮との合弁事業の禁止

・北朝鮮貿易に関連したあらゆる金融支援の禁止(例:輸出信用状や保険の供与)

北朝鮮への制裁の目的は、核兵器や弾道ミサイルなどの大量破壊兵器計画を断念させることで

あり、各種の制裁措置は北朝鮮を対話の席につかせ、外交交渉によって問題を解決するための

圧力であり、時間稼ぎでもある、とされている。

ただ、それだけでは充分ではなく、世界中に巣食う犯罪ネットワークと、それらによって外貨

をかき集める非合法ビジネスの「裏ルート」を摘発して、初めて制裁が意味を持つと。

国連安保理・北朝鮮制裁委員会・専門家パネル委員だった著者の仕事は、その「裏ルート」を監

視・摘発し、制裁に意味を持たせることであり、これを取り締まれることができるのは国連だ

け。本書では、その過程が克明に綴られている。

何故、このような制裁措置が発動されているのにも関わらず、大量破壊兵器を製造することが

出来るのか。

まあ、一般人から見ても、ロシアや中国がアシストして、その「裏ルート」を使って外貨を稼

いでいる、ということは理解できることだけれど、北朝鮮の重要な外貨収入源のうちの一つ

に、外国の軍隊や警察の特殊部隊などに訓練を施す、というものがあり、

ベトナムでは、2012年以降、北朝鮮の特殊部隊員が特殊部隊員が小型武器を用いて、

ベトナム警察を訓練していた、というケースが確認されているのには驚くし、それは、ウガン

ダやアンゴラでも同様だ。勿論、アフリカ諸国などは、北朝鮮製の安価な武器を購入したりも

している。

特に東南アジアは抜け穴だらけで、北朝鮮ネットワークが張りめぐらされている。

カンボジア政府などは、容易に北朝鮮人に国籍や旅券を与えたりしているのも確認されている

し、このような基本的な情報すら公開しようとしない国は少なくないという。

マレーシアでは、北朝鮮企業が自由に国内で活動し、ミャンマーでは、北朝鮮武器密輸企業と

取引していたことも確認されている。

驚くのは台湾でも、2006年10月に国連安保理が初めて対北朝鮮制裁決議を採択した後、

北朝鮮への不正輸出にからんで摘発が相次いだとされているが、それまでは、複数の台湾企業

が、核やミサイル計画にも転用可能なコンピューター数値制御〈CNC〉工作機械などを含むハ

イテク製品を、何度も不正に輸出している。

しかも台湾は北朝鮮との間に緊密な経済関係を有しており、毎年、平壌の国際商品展覧会に

は、企業団が参加しているという。

中国の強い圧力により、国連は台湾との接触を禁じられているため、台湾当局から情報をとる

ことができない。著者は、台湾はブラックホールだと指摘している。

同じ共産国であるキューバからは、貨物船の大量の砂糖袋の下のコンテナから、分解したソ連

製のミグ21戦闘機2機、そのエンジン15基、銃器や対戦車砲などの様々な通常兵器を北朝鮮が

密輸しようとして摘発されている。

そして、ロシアや中国は言うに及ばずだけれど、

「北朝鮮制裁強化!」だと諸外国に対して語りかけている日本でも、霞ヶ関の目と鼻の先の新橋

に、非合法の北朝鮮企業と関係する人物が関わる日本企業2社が存在していたという。

アメリカのCIAの分析官だった著者の同僚は、「日本は北朝鮮関係者の巣窟だ」と言っている

くらいだ。

その北朝鮮企業と関係する企業は、2006年に対北朝鮮制裁決議を採択する前は日本を拠点に活

動していたが、現在は中国の大連に拠点を移し、中国・日本・香港・韓国・北朝鮮を結ぶ海運ネッ

トワークを駆使して数々の不正輸出を行っている。

信頼できる外国人エージェントは手放さないのが、北朝鮮の流儀であり、外交特権に保護され

た立場を非合法活動に利用するのも北朝鮮のよく使う手口である、とも指摘している。

その他にも、まだまだこういったケースが世界各地で確認され、本書で綴っているのだが、

著者は国連内部の問題にも言及していて、そちらも参考になる。

著者が専門家パネル着任前に、複数の方面からアドバイスを受けたことがあるという。

パネル内には、制裁強化を妨害する「サボタージュ工作要員」がいる。

それは「中国人の同僚には気をつけろ」というものだ。

最初の中国人の同僚は、人民解放軍からの出向者で、性格は温和らしいのだが、何かとパネル

捜査にストップをかけてくるという。

中国企業が制裁違反を犯したら、その事実を隠蔽しようとする。明白な制裁違反があっても

「違反とは言い切れない」とゴネる。

国連の公文書に、中国企業による違反行為について記述されないよう、屁理屈をもって妨害す

る。同僚を監視して、中国政府に報告する、といったありさまだったという。

しまいには、国際会議への参加を名目に、世界中を旅行していたというから呆れるばかりだ。

その後、中国政府が著者を「過激分子」として専門家パネルから追い出そうともしていたらし

い。

ただ、金正恩が中国と太いパイプを持つ義理の叔父の張成沢(チャンソンテク)・国防委員会副委

員長を処刑した2013年12月以降からは、中ロは北朝鮮に対する制裁強化に慎重な姿勢を崩し

ていないが、以前のような「何が何でも北朝鮮をかばい続ける」という姿勢は薄れつつあっ

た、としている。

そして、その捜査妨害は、韓国人の最初の同僚も同じだったという。

韓国企業に電話を入れ、「日本政府はあなた方が制裁違反をしたと言っていますが、事実でな

ければ反論してほしい」などと、捜査情報の漏洩までしていたという。

自国の利益が絡んでくると、違反の摘発よりも隠蔽を優先させると。

「韓国人の同僚の動きは、中国とロシアとまったく同じだった」と指摘している。

さらには、安保理にかかわる国連の組織では、イギリスとフランスの出身者が重要なポストを

占めており、それが既得権益になっているという。

それは、能力とは一切関係なく、この連中もしばしば問題を引き起こし、国連での両国の評判

は概して悪いという。

「北朝鮮が核実験やロケットを発射しても、世界が彼らを注視するのは、ほんの数日だけ。

他方、イランは核兵器をまだ持っていないのに、欧米や中東は高い関心を継続的に持ち続けて

いる。

国際社会の関心が低いのをいいことに、北朝鮮は国連の制裁網を巧みにかいくぐりながら、

粛々と核・ミサイル開発を進めてきた」(本書)

今のシリアで起きている内戦の悲劇も、北朝鮮は繋がりがある。

「北朝鮮はアサド政権に不可欠な技術的・物的支援をし、このような犯罪行為を可能たらしめ

た。犯罪行為の共犯者と言っても差し支えない。中ロ両政府はこの現実に「見て見ぬふり」を

決め込んだ。

とりわけ、密輸の重要な中継地点であったにもかかわらず取り締まらなかった中国の罪は格段

に重い。中国も、シリアでの惨劇の「加害者」と言わざるを得ないのだ」(本書)

地政学的な背景もあるのかもしれないが、国によって北朝鮮への制裁措置に対しての意識の違

いが顕著であり、それを北朝鮮側も見透かしてネットワークを構築し、巧妙に制裁を掻い潜っ

ているのが印象的だ。著者も次のように指摘している。

「国連による制裁が力を発揮できないのは、加盟国が制裁を正確に履行していないからだ。

そうした実情を横目に見ながら、北朝鮮はさらなる制裁逃れを画策しているのである」(本書)

「国連決議の完全履行には実に多くの困難がつきまとう。

ほぼすべての国連加盟国で国内法が未整備であるため、安保理が定める制裁義務に加盟国が追

いつけないのだ。

制裁の履行には、各国政府の並々ならぬ尽力が欠かせないが、ほとんどの国ではそのための動

機も意志も欠けている」(本書)

それは日本にも当てはまる所(法整備など)もあり、もう一度しっかりと議論し、見直す必要が

あるだろう。それは拉致問題解決にも繋がっているのだから。

それと、第二次世界大戦後にアメリカの大統領だった、フランクリン・ルーズベルトが計画・構

想した「国際連合」(ユナイテッド・ネーションズ)だが、今の国連にも問題は山積みであり、

特にルーズベルトがソ連と中国(当時の国民党)を、世界の警察官として行動する超大国(安保理

常任理事国)として入れてしまい、現在にまで尾を引く「アメリカVS中国・ロシア陣営」という

構図になってしまっているのも問題だろう。この構図に対して著者も指摘している箇所があ

る。勿論、その構図が無くなったとしても国連がちゃんと機能するか疑わしいが。

先にも書いたが、本書では、対北朝鮮制裁措置の抜け穴になっている「裏ルート」(核の資金

源)を潰すために、情報を収集し、実際に現地に赴き、不眠不休で身体を蝕みながら職務を全う

している、北朝鮮制裁委員会・専門家パネルの活動が「モグラ叩きゲーム」であるかのように、

克明に綴られている。なので、読み終わるまでは大変なのだが、読み終わった後は、著者の熱

意や律儀な姿勢には感銘を覚える。

北朝鮮による瀬取りの様子

ところで、今の北朝鮮は瀬取りなどを行っているみたいで、アメリカの軍事的な圧力もあり

制裁が効いているような印象を受けるが、どうだろうか。