イギリス陸軍特殊空挺部隊・SAS | クリス・マクナブ『SAS・特殊部隊式 実戦メンタル強化マニュアル』


部隊のモットーは「危険を冒す者が勝利する」。

それを文字通り体現しているのが、イギリス陸軍特殊空挺部隊(Special Air Service:SAS)であ

る。SASは世界で最も恐れられると同時に最も尊敬を集めている特殊部隊で、SASを参考に作

られた部隊は数多い。アメリカはこれに着想を得て、陸軍特殊部隊グリーンベレーの編成に乗

り出し、第一特殊作戦部隊分遣隊D(デルタ)も、デルタフォースの名でよく知られているが、一

年間SASに出向した米陸軍のチャールズ・ベックウィズ大佐が、一九七一年に発足させた部

隊。イスラエル国防軍の特殊部隊サイェレット・マトカルは、SASのモットー「危険を冒す者

が勝利する」をそのまま借用している。オーストラリアとニュージーランドにもSASの名を冠

した姉妹部隊があり、ドイツのGSG-9やKSKなどはSASと合同訓練を行うことが多い。

そんなSASの活動について世界中で知る人はほんのわずかであり、大半の人はその存在にすら

気づいていなかった。しかし、1980年5月5日にその見方が大きく変わった。それはロンドン

の在英イラン大使館占領事件を機にしてであった。SASはこの時、全世界のテレビカメラが見

守る中、大使館へと突入して監禁されていた人質を救出したのである。

突入するSAS隊員の様子

世界中の何百万という人々がテレビの生中継をとおして見守る中、黒のオーバーオールにガス

マスクとボディ・アーマーを身に着け、HKMP5サブマシンガンとブローニングHPピストルと

スタン・グレネードで武装した男たちが、ロンドンのイラン大使館に突入して多数の人質を救

出し、テロリスト6人のうち5人を射殺した。

このとき突入作戦を目にした多くの人々は、SASを大部隊だと思い込んだみたいだが、現実は

少々違っている。SASは正規軍1個連隊(第22SAS連隊)と予備役の国防義勇軍(TA)2個連隊(第

21SASアーテイスツ・ライフル連隊と第23SAS連隊)からなり、これに支援部隊として第264通

信中隊(第22SAS連隊に所属する正規軍部隊)と第63通信中隊(国防義勇軍部隊で、第21および第

23SAS連隊を支援する)が加わるだけだという。

SASには高度な訓練を受けた約700名の隊員がおり、それが4つのセイバー(戦闘)中隊に分かれ

ている。各中隊は16名の兵士からなる小隊4つで編成され、通常は戦術上の必要に応じて4人

組チームまたは8人組のパトロール隊となって投入される。SASには戦闘中隊のほかに本部中

隊、作戦分析ウィング、作戦計画情報班、訓練ウィングがあり、さらに臨時配属の人員とし

て、衛生兵、運転手、コック、爆発物処理スペシャリスト、工兵が加わるという。3つのSAS連

隊と支援部隊は、特殊部隊指揮官が統制している。

SASの徽章である翼のついた短剣と、部隊の有名なモットー。短剣はアーサー王の伝説の剣「エクスカリバー」を表している。第2次世界大戦中に考案された。

SASの始まりは、1941年にデーヴィッド・スターリング中佐が創設した特殊空挺旅団L分遣隊

である。名称とは裏腹に、部隊は不正規戦兵士をほんの数名集めただけのもので、大々的な欺

瞞計画の一環として作られた新部隊にすぎなかった。ドイツ軍をさらに欺くために特殊空挺旅

団という名をつけ、ありもしないパラシュート部隊やグライダー部隊が侵攻軍の一部として中

東に展開されると思わせようとした。ちなみに、若い時のスターリングは登山を好んでみたい

だが、酒とギャンブルにものめり込んだみたいだ。これはドキュメンタリー番組で知った。

発足当初は順風満帆とはいかず、イギリス陸軍内部にはSASとその能力に対する強い疑念があ

り、それが払拭されることはなかった。SASが成功をおさめたときですら、批判的な目を向け

る者は、一見どの指揮系統にも所属しないような小規模の非正規部隊という発想を毛嫌いし、

よしとはしなかったという。しかし、SASには軍上層部に支援者がいて、SASが北アフリカや地

中海で活躍したことを心から喜び、ヨーロッパ北西部で作戦を実施する新部隊の結成に同意し

た。SASがリビア砂漠で暴れまわったドキュメンタリー番組を見たことがあるが、その能力の

高さに脱帽した。

右端がデーヴィッド・スターリングであり、北アフリカでの作戦中、重武装したSASパトロール隊とポーズをとっている。

1944年にSASは旅団となり、イギリス人からなる連隊2個、フランス人からなる連隊2個、ベ

ルギー人からなる中隊1個および多数の通信中隊からなる大部隊となった。戦争終結とともに

SASは、大戦中に祖国のために戦ったほかの精鋭部隊と同じく解隊されることとなった。

もちろんその処遇に黙っているSASではなく、国務省内で再結成にむけた活動を繰り広げた。

それが少しながら身を結び、1950年にSASは予備役部隊である国防義勇軍アーテイスツ・ライ

フル連隊として再結成を認められ、後に国防義勇軍第21特殊空挺連隊となった。しかし、それ

で満足するSASではなく、1952年のマラヤ動乱で機会を捉え、正規のSAS部隊を再結成するこ

とに成功する。再結成以降、SASは世界中のどの特殊部隊よりも多くの戦争や紛争に関わり、

最も豊富な戦闘経験をもつ部隊となった。簡単にSASが実施したと判明している作戦を紹介す

ると、1941年〜45年は北アフリカやヨーロッパ、1950年〜60年はマラヤで共産主義テロリ

ストと戦い、1963年〜66年にはボルネオでインドネシア軍と反政府ゲリラと戦い、1970年〜

76年はオマーン政府の転覆を狙う共産主義ゲリラを鎮圧、ロンドンのイラン大使館の事件をは

さみ1982年にはフォークランド諸島、1990年〜91年には湾岸戦争、その後は、アルバニアや

コソボ、アフガニスタンやソマリア、そして2003年のイラク戦争にも投入されている。

SAS仕様のランドローバー110

そしてそんなSASに惹かれて本書を手に取ってみた。著者はクリス・マクナブであり、サバイ

バル技術の経験豊富なスペシャリストとして紹介されている。マクナブは現役の軍人ではない

が、実際の兵士にインタビューや聞き取り調査も行ったみたいだ。

本書は「SAS・特殊部隊式」と銘打ってある。しかし、特段SASにフォーカスして“あれこ

れ”が記述されているわけではなく、むしろアメリカの四軍のエピソードの方が豊富に紹介され

ている。なので少々面をくらった。しかし、世界最高峰の特殊部隊であるSASも本書で記され

ているトレーニング方法を取り入れているだろうと推察して納得した。

そんな本書では、栄養と休息の大切さから過酷な環境と肉体への挑戦までがナビゲートされて

いるのだが、個人的に目に留まったのが、「メンタル・ツール、脳の力」が紹介されている第

3章である。そこではあらゆるストレスから身を守るためにはどのように対処をした方がよい

のか、などの対策がふんだんに紹介されている。しかも人間の神経系から脳の構造やストレス

の身体的影響まで言及されている。過酷な環境に身を置かれる兵士にとって、あらゆるストレ

スに晒されるのは容易に想像がつく。それをどうやって緩和させるのか。本書で紹介されてい

るのは、マインドフルネスや瞑想、自己催眠、プラス思考のイメージトレーニングである。

マインドフルネスの訓練によって精神的回復力と戦闘能力が向上することは、アメリカ海軍の

シールズを含む複数の精鋭部隊において行われた科学的な実験によって証明されている。日々

のマインドフルネスによってストレスに対処する能力が鍛えられる。その結果、心の中に巣食

うネガティブな感情をより早期に見つけ出し、その芽を摘み取ることができるようになる。瞑

想は雑念を払う手段としてきわめて有効。自己催眠では呼吸と筋肉の弛緩だけに意識を集中す

ることによって、ゆったりとリラックスしながらも覚醒した状態を保つ。そして頭の中で日

頃、思い悩んでいることが解決されていく過程を思い浮かべる。この方法は日常生活で同じよ

うな問題に遭遇したときにも応用できる。イメージ・トレーニングでは、プラス思考を基本と

して目標の達成を強くイメージすることによって、現実世界の試練を克服するための自信が湧

いてくる。イメージトレーニングの第一歩は、自分が変えたいと思う状況を認識することであ

り、自分が困難な状況のなかでも落ち着いて自信たっぷりに対処している姿を思い浮かべる。

そして目標を達成した時のことをイメージし、その時の気分を想像する。大切なのは音や色、

匂い、何かに触れた時の感覚に至るまで、できるだけ詳細に思い浮かべることである。そのよ

うに作ったリアルなファイルを、脳は現実のファイルと区別することができない。その結果、

想像のファイルが現実の行動の手本として使われるようになる。これらのことは、トラウマ研

究の第一人者であるヴァン・デア・コーク、認知科学者苫米地英人博士(ルータイスも)が提唱

しているコーチングとほぼ同じ原理である。本書で参考になったのはその辺りのことであっ

た。やはり苫米地博士が言う通り、特殊部隊の訓練にも導入されていると言うことである。

これらの本書で紹介されている方法は、日常生活には有効であるのでお勧めしたい。

先頭に立って組織を運営していかなくてはならない方にも本書をお勧めしたい。

指揮官の心得なども紹介されているので参考になるだろう。

第1に敵戦線のはるか後方を襲撃し、司令部中枢、航空機発着場、補給線などを破壊すること

である。第2に、敵領内に設けた秘密基地から継続的に戦略活動を実行し、可能ならば地元ゲ

リラ部隊を結成し、訓練をして兵器を与え、部隊間の調整を行うことだ。

デーヴィッド・スターリング

created by Rinker
ナイジェル・カウソーン 原書房 2012-12-1
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マイク・ライアン、アレグザンダー・スティルウェル、クリス・マン 原書房 2004-2-1