真の日米同盟を理解する上での指南書 / 『日米同盟のリアリズム』小川和久



メディアでたまに見かけることがある、軍事アナリストの小川和久氏の著作。

本書が刊行されたのは2017年7月なので、多少時間が経ってしまったが

(特に第Ⅱ部に関して)、それでも根本的な部分は抑えて分析しているので、今から読んでもか

なり参考になる。

反米リベラル知識人も、反米保守も、マスコミ関係者も、政治家も、官僚も、

大半のアメリカ人も、日米同盟の真の意味を理解していないと、小川氏はそれとなく指摘して

いるように感じるし、ぼくも一読して改めてそのように感じた。

第Ⅰ部 世界最強の日米同盟 第Ⅱ部 北朝鮮VS日米同盟 第Ⅲ部 中国VS日米同盟

特に第Ⅰ部「世界最強の日米同盟」が重要で、そこを踏まえた上で、

第Ⅱ部、第Ⅲ部へと、新書ながらダイナミックに論を展開されている。

そして、本書のねらいを小川氏は次のように述べている。

「日本国内で叫ばれている『自分の国は自分で守るべきだ』という声に対して、

ひとつの解を提示することである。

当然のことながら、それは『日本はいかにして平和と安全と繁栄を確かなものにできるか』

という命題への答えでもある」

それはイデオロギーの対立ではなく、好き嫌いの感情で判断するのでもなく、

「日本はいかにして平和と安全と繁栄を確かなものにできるか」ということを

一番に踏まえて議論しないと、空論に終わってしまう。

日本は戦後70年間、それを繰り返していただけなのでは、と感じる。

小川氏は冒頭で結論から先に提示する。

「日本人が自分たちで自分の国を守ろうとすれば、日米同盟を徹底的に研究して、

とことん『米国を使い切る』ほかに現実的な道はない。

確かに、理屈のうえでは武装中立もあり得る。

しかし、武装中立を実現するには莫大なコストがかかることを、覚悟する必要がある」

さらに具体的に「日米同盟のコスト」と「自主防衛のコスト」を防衛大学校の武田康裕教授

と武藤功教授の『コストを試算!「日米同盟解体」―国を守るのに、いくらかかるのか』(2012

年)から引用し、説明している。

まず「日米同盟のコスト」

(a)日米安保条約に基づき米軍の防衛協力を維持するために日本が負担する直接費用

(b)在日米軍基地を提供することで失う利益を勘案した間接費用

(a)は接受国支援(思いやり予算)や基地対策費などで4374億円。

(b)は米軍基地が別のものに置き換わる経済効果などで1兆3284億円。

それを足すと約1兆7700億円が、日米同盟を維持するコストであるという

(2012年の現行価格)。

次に「自主防衛のコスト」

(c)新たな装備調達に必要な直接費用

(d)自主防衛によって失う利益を勘案した間接費用

(c)は空母機動部隊や戦闘機の取得など4兆2069億円。

(d)は貿易縮小によるGDP縮小約7兆円や株・国債・為替の価格の下落約12兆円など19兆8250

億円~21兆3250億円。

合計約24兆円~25兆5000億円が、在日米軍がいない場合の自主防衛コスト。

もちろん、自衛隊員の人件費は含まれていない。

そして、この「自主防衛のコスト」から「日米同盟のコスト」を引いたのが、

「日米同盟の解体コスト」で、年に22兆2661億円~23兆7661億円となる。

日米同盟と同じようなレベルで平和を維持するには約23兆円~約24兆円もかかり、さらに人件

費なども加えればもっと増える。

当然、それなりの規模の兵力も必要になる。

まずは、平成28年度版の『防衛白書』を引いて、日本周辺国の兵力を示している。

ロシア 陸上兵力27万人 海上兵力1010隻:204.9万トン 航空兵力1340機

中国  陸上兵力160万人 海上兵力880隻:150.2万トン  航空兵力2720機

北朝鮮 陸上兵力102万人 海上兵力780隻:10.4万トン  航空兵力560機

韓国  陸上兵力49.5万人海上兵力240隻:21.1万トン  航空兵力620機

台湾  陸上兵力13万人 海上兵力390隻:21万トン   航空兵力510機

それに対して、自衛隊は陸海空合計で24万人しかいなく、

単独で日本を防衛するとなると国民皆兵を検討する必要が出てくると述べている。

しかも、第二次世界大戦後の再軍備の際に、アメリカが日本とドイツの戦力を自立できない構

造にしており、日本はアメリカと同盟関係、ドイツはNATO(北大西洋条約機構)との同盟関

係、によって初めて自国の安全を保てるという構造になっている。

小川氏は独特の言い回しで

「人間の身体に置き換えれば、外科手術で右足を切除され、義足を履かせてもらっていないの

が日本とドイツの軍事力の実態である。

そこにおいては米国と肩を組まなければ自由に歩くこともできない」

と説明されている。

この構造のかぎり、いくら防衛費を10倍、100倍投入できたとしても、

「海を渡って外国に侵攻することは逆立ちしてもできないのである」

としている。

そして、ぼくたち一般人や知識人、マスコミ関係者や政治家、或いは、大半のアメリカ人など

もそうだと思うが、「日本はアメリカに基地を提供している代わりに守ってもらっている」

という認識が蔓延っているが、そんな単純なものではないとしている。

もちろん、上の現状を踏まえると、日米同盟は対称的な同盟ではない。

だが、非対称的な関係ながら最も双務的な同盟国として、戦略的な役割分担を果たしている、

と説明され、1984年に小川氏がアメリカ政府の正式な許可のもと、在日米軍基地を徹底的に調

査した話をとりあげている。

その調査で明らかになったのは、

「日米安全保障条約は単に米軍基地を提供しているのにとどまらず、

米国が各国と結んでいる同盟関係のなかで、もっとも『双務的』な関係だという現実だった。

日本以外の同盟国に置かれた米軍基地は、企業にたとえれば支店や営業所のレベルにすぎな

い。・・・

米軍が日本に展開しているのは本社機能そのものと言ってよい巨大で戦略的な能力である」

そして、基地機能には大きく分けて3つあるとしている。

兵隊がいて、軍艦がいて、戦闘機がいて・・・という一般人にも分かりやすいのは「出撃機能」。

それを円滑に動かすには、燃料、弾薬、食料、巨大な補給・兵站能力が必要で、これが2つ目

の「ロジスティクスの機能」。3つ目は「情報(インテリジェンス)の機能」。

2つ目の「ロジスティクスの機能」の燃料に関して、小川氏が調査した当時、アメリカ海軍が

使うための燃料を日本の3カ所、鶴見(横浜)570万バーレル、佐世保(長崎)530万バーレル、八

戸(青森)7万バーレルを備蓄しており、トータルで1107万バーレル。

これは国防総省管内で最大の燃料貯蔵能力で、平時に海上自衛隊を2年間支えられるだけの備

蓄量だとしている。

日本政府が1992年の米軍撤退まで「米軍最大の海外軍事拠点」と思い込んでいた、フィリピン

のスービック海軍基地は、佐世保の半分以下で、基本的な構造は変わっていないとしている。

弾薬も同様で、佐世保にある海軍と海兵隊の弾薬庫はアフリカ南端の喜望峰までの範囲で

「最大の陸上弾薬庫」と明記されているらしい。

3つ目の「情報(インテリジェンス)の機能」も、戦後、英語圏5カ国(アメリカ、イギリス、カ

ナダ、オーストラリア、ニュージーランド)で維持されてきた通信傍受システム「エシュロン」

の重要な一角をなし、強力な拠点となっているのが、青森県の三沢基地を中心とする施設群だ

という。

エドワード・スノーデンが日本勤務中に関わったのも、この情報関連施設群だったと。

そして、これらを支えられるのは、韓国や台湾、シンガポールなどでは厳しく、工業力、技術

力、経済力の三拍子が備わっている日本しかないとしている。

「多くの日本国民、そして米国民が誤解していることだが、日本列島は米国の本土同然の戦略

的根拠地(パワープロジェクション・プラットホーム)である。

日本の代わりに役割を果たせる同盟国は存在しない。日本列島を失えば、米国は世界のリーダ

ーの座から転落することになる。

だからこそ、日米同盟は米国にとって死活的に重要であり、何があっても維持したい関係なの

だ」(本書)

「2017年現在、在日米軍基地は84カ所にのぼり、そこに巨大な基地機能が置かれている。

その日本列島から展開する海軍の第7艦隊や海兵隊などの米軍の行動範囲は『地球の半分』、

要するに太平洋の日付変更線からインド洋の全域に及んでいるのだ」(本書)

「この『地球の半分』の範囲で行動する米軍を支えることができるのは、

米国の同盟国のなかでも日本のみである」(本書)

「その日本が日米同盟を解消すれば、米国は『地球の半分』の範囲で軍事力を支える能力の

80%ほどを喪失し、回復しないと考えられる。

日本を失った米国の言うことなど、ロシア、中国だけでなく、北朝鮮までもが聞かなくなり、

米国は世界のリーダーの座から滑り落ちる可能性が高い」(本書)

なので、小川氏はアメリカにとって死活的に重要である日本を本社機能に喩えられ、双務的な

関係だとしている。

そして、忘れてはならないのは、そのアメリカの「戦略的根拠地」である日本列島を、

国防と重ねる形で守っているのは自衛隊だと、釘を刺し、

これらの基本的なデータを政治家や官僚や学者でさえ理解していないと、嘆いてもいる。

「米国当局者の口から、米国にとっての日米同盟の戦略的重要性が語られることは少ない。

米国の交渉担当者は日本側の無知につけこんできたし・・・・・・」(本書)

さらに、中国も北朝鮮も日米同盟の現実を理解していると考えてよいとし、

オバマ政権時代に2度、尖閣諸島問題について中国の習近平に警告しているという。

(これは聞いたことがある)

旧ソ連に対しても「日本列島に対する攻撃は米本土に対する攻撃とみなす」と伝えていたみた

いだ。

トランプ政権は知らないが、だからこそ、アメリカは日本のナショナリズムの高揚によって、

日米同盟を解消する方向に動くことに強く懸念をし、靖国参拝を嫌うとしていると。

「米国から見ると、日本におけるナショナリズムの台頭は日本側からの日米同盟解消につなが

る動きであり死活的に重要な日米同盟という国益を守るためにも座視できないものなのだ」

(本書)

さらに、アメリカがえげつないのが、日本の離反に備え、手を打ってきていることだ。

オリバー・ストーン監督の『スノーデン』という映画にも描かれているらしいが(ぼくは観てな

い)、「悪意のあるソフトウェア」と呼ばれている「スタックスネット」(ワーム/自身を複製し

て他のコンピュータに伝染していく不正プログラム)を、電力などの日本の重要なインフラに仕

込んだと、スノーデンが語っているという。

その「スタックスネット」はイランに対しても使われ、それと同じ時期にスノーデンは横田基

地の施設に勤務していたので、

「彼の証言は、信憑性があると受け止められている」と小川氏は書かれている。

近年の北朝鮮の度重なるミサイル発射を受けて、日本国内では敵基地攻撃能力や核武装を促す

声が聞こえてくるが、それも現実的ではないとしている。

「日本が敵基地攻撃能力を備えるということは、日本に『戦争の引き金』を持たせるというこ

とでもある。

それをコントロールできなければ、米国は同盟国として義務から望まない戦争に引き込まれる

リスクを負うことになる。

従って、イージス艦や潜水艦にトマホーク巡航ミサイルを搭載する方向であろうとも、米国は

基本的には否定的なのだ」(本書)

核武装も同様で、先述した防衛大学校の武田康裕教授と武藤功教授の『コストを試算!「日米同

盟解体」―国を守るのに、いくらかかるのか』(2012年)から引用して説明されている。

核を持たないときよりも核を持ったときのほうが日本の安全保障水準が低下してしまう理由を

次の4点に整理している。

(1)核戦力の開発から配備までの間、日本は米国による核抑止力を失う結果として、核の脅威に

対する抑止力をほとんど持たない状況におかれる。

(2)日本はNPT違反で経済制裁を受け、経済・食糧安全保障に大きな打撃を受ける。

(3)核武装した日本は米国からも敵性国家と見なされかねず、日米関係の悪化が米国の軍事技術

に大きく依存してきた通常兵器の調達・運用を著しく困難にする。

(4)核武装が北東アジアにおける軍拡競争を引き起こす。

上の4つに加えて、外国の干渉や妨害、弾道ミサイルの開発も並行して行わなければならない

として、さらに予算の制約もある。

核武装をしたとしても、それを守る高度の通常兵力が必要で、安上がりにはならない、ともし

ている。

「日本は最高機密であるイージス艦の情報が漏れてしまう国である。可能性は限りなく低い」

(本書)

ぼくも、核武装したほうがいいのではないのか、と思っていたけど、暴論で現実的ではないと

悟った。

そして、NATOの一部の国々が核を「シェアリング」して運用しているが、

日本でも「シェアリング」すればいいと、たまにちらほらと聞こえてくるが、

これも日本では間違いであると指摘している。

「ニュークリア・シェアリングは、もともと大挙して押し寄せてくるソ連軍の戦車や航空機を撃

破するための、核爆弾や核弾頭型地対空ミサイルなど小型の戦術核兵器に関するものだ。

北朝鮮、中国、ロシアと海を隔てて対峙する日本が保有を考える必要があるのは、

核弾頭型トマホーク巡航ミサイル(米国はすでに廃棄)のような準戦略核兵器のレベルである。

これもまた日本の軍事的自立を前提条件とする話で、日米同盟を続ける限り、米国が保有を認

めることはあり得ない」(本書)

核抑止力を強化したいのなら、非核三原則のうち「持ち込ませず」を撤廃して「非核二原則」

が現実的だろう、と小川氏は指摘している。

いずれにしても、日本の自主防衛(武装中立)は、本書の第Ⅰ部を読めば、相当の気概と覚悟が

なければ不可能に近いことが理解できる。

「リアリティを持つのは日米同盟である。

日本人は武装中立のコスト負担とリスクに耐えられないことを自覚し、

とことん日米同盟を活用すべく調査研究を徹底すべきだ」(本書)

第Ⅱ部、第Ⅲ部では、その日米同盟を踏まえて北朝鮮と中国を分析している。

(長くなってしまったので具体的には載せないが)

「まさに北朝鮮はプロイセンの戦略家クラウゼヴィッツの『戦争は政治におけるとは異なる手

段をもってする政治の継続にほかならない』という言葉を実践しているという意味において、

クラウゼヴィッツの忠実な使徒として歩んでいる国でもある」(第Ⅱ部)

「情報関係者以外ではあまり語られることはないのだが、北朝鮮が最終目標としているのはイ

ンドや中国、そして米国をモデルとする国家建設だと思われる」(第Ⅱ部)

「日本周辺における中国の軍事行動は、結論的に言えば、東シナ海ではおとなしく、抑制的で

さえある。そればかりか、その姿勢は南シナ海にも及びつつある。

それを実現しているものこそ、日米同盟の抑止力である」(第Ⅲ部)

「中国側の行動は、日本側の法制度の不備の間隙を衝いたものなのである」(第Ⅲ部)

「中国人民解放軍の現状認識は、『常に米国には20年の差をつけられている』というもので、

その差を少しでも縮めるために、可能な部分から空母、対艦弾道ミサイル、ステレス戦闘機と

いうように着実に歩みを進めている。

そのような中国は、虚勢を張らなくなった分、かえって侮りがたくなっていると言える」

(第Ⅲ部)


「安全保障の世界には『安心してよい』という言葉は存在しないことも強調しておきたい」

とも小川氏は述べている。

こういう方が日本に存在しているのが貴重だし、もっと感謝すべきだろう。

対米追随外交と言われようとも、ひたすら日米安保を守ってゆくのが、

近隣諸国との関係を安定させ、平和を維持する唯一の途である。

自主外交など、国際関係の現実を知らない者のたわ言である。これが外交の常識である。

『東アジア史の実像 Ⅵ』岡田英弘