エドワード・ルトワックの『中国』


私が過去・現在に関わりなく、国家間における国力が果たす役割を理解するために採用している

独自のアプローチは、学界で優勢な「リアリスト」(現実主義者)と呼ばれる学派がとってきた

ものとはかなり異なるものだ。

はっきり言えば、私のアプローチは「こうなれば必ずこうなる」という意味で「決定論」的な

ものだ。

なぜならこのアプローチでは、政治的な制約がある中で目的を達成しようとする国家の指導者

ではなく、戦略の逆説的(パラドキシカル)な論理(ロジック)にはまってしまった指導者をイメ

ージしているからだ。

この論理はそれ自身が制約をつくり出しており、紛争の最中に指導者が「自分には選択の自由

がある」と勘違いしてしまえば、かえってその制約にはまり込んでしまうことを教えている。

もしそうでなかったとすれば、人類の歴史は、罪や失敗に彩られた現在残っている記録のよう

なものにはならなかったはずであろう。

『自滅する中国』エドワード・ルトワック

両著では「中国の専門家」(Shinologist)ではなく「戦略家」(Strategist)として分析してい

る。しかもルトワックは、改革開放する以前から、内部の最も人里離れた場所まで旅した稀有

な経験をしている。

巷ではよく「中国人はしたたかで戦略が上手い」という見方が顕著であるが、

両著でルトワックが指摘していることは逆の見方であり「中国の戦略は完全に間違っている」

(下手)というもの。それぞれの副題を見れば予想がつくが。

『自滅する中国』は二〇一〇年にアメリカの国防省の相対評価局長のアンドリュー・マーシャル

によって要請された調査の一環として始められ、二〇一三年に出版されたもの(原著は二〇一二

年)。ただ、あまりにも中国に対して手厳しかったため、中国では出版されなかったという。

そして、その続編にあたるのが『中国4.0』(二〇一六年)で、二〇一五年一〇月にルトワックが

来日した際に、奥山真司氏が六回インタビューを行い、日本語にしてまとめた構成になってい

る。

エドワード・ルトワック 米戦略国際問題研究所 (CSIS) 上級顧問

二〇〇〇年以降、世界に対して「平和的台頭」(中国1.0)をしてきた中国だったが、リーマンシ

ョック後の二〇〇九年一月に戦後最大の国際金融危機の実態が明らかになり、

中国が経済力で世界一になるのに「二五年かかる」と思われていたのが「あと一〇年しかかか

らない」、“China up,US down”という単純な線的な予想をして錯誤し、舞い上がってしまい

「対外強硬」(中国2.0)にシフトさせた。

そこでは、周辺諸国に対して威圧的な態度を取るようになるが(南シナ海・東シナ海などで)、

威圧を受けた太平洋を中心とした地域では「逆説的論理」(バランシング)を発動させて、

中国を囲む形で「反中同盟」が形成されるようになり、不利な立場に追い込まれてしまう。

二〇一四年秋以降に、そのことに気が付いた中国は、新たに「選択的攻撃」(中国3.0)である、

抵抗の無いところには攻撃的に出て、抵抗があれば止める、というものに転換し、

さらには、キッシンジャーが売り込んだ「G2論」(新型大国関係)に飛びつき、それをアメリカ

側に提案するが、断られて失敗する。

最近でも、この「中国3.0」の「選択的攻撃」を発動していると思うが、トランプが大統領に

就任してから地経学的な手段で圧力を加えられているので、大人しくなり日本に擦り寄ってき

ている印象を受ける。

ちなみに、ルトワックは「中国4.0」を提案していたが、それは、南シナ海の領有権の主張を

放棄すること、空母の建造を中止すること、としていて、究極の最適な戦略であると同時に、

おそらく実行不可能だろう、とも指摘している。

そんな近年の流れの中で、中国の戦略的な誤りを三つにまとめている。

(1)カネと権力の混同という錯誤 (2)線的な予想の錯誤 (3)二国間関係の錯誤

(1)の「カネと権力の混同という錯誤」というのは、経済力と国力を見誤ったこと。

「金(カネ)は力なり」(money talks)ということであり、「小国のところまで出向いて金を渡

せば、相手は黙る」というふうに勘違いして外交で実践してしまったこと。

それは、金(カネ)がパワーそのものであり、「経済力の規模と国力との間に線的な関係性があ

る」と思い込んでしまった。

「経済力と国力の間には「先行」(leads)と「遅れ」(lags)が存在するということだ。

経済が弱体化しているのに影響力は強いという例が、歴史上にいくつも発見できるのである」

(『中国4.0』)

ルトワックはイギリスやフランスの例を示しているが、近代史を見ていくと、経済力の「先

行」と、国力の「遅れ」の間には、五〇年から一〇〇年の差があるように見えると指摘する。

「中国が他の世界的な先進国のレベルに追いつくまでには、おそらく今後五〇年以上はかかる

と思われる。

たとえば中国が空母を建造したり、航空作戦のオペレーションを熟達させたりして軍事面にす

べての力を注ぎ、しかもアメリカが今後まったく空母を建造しなくなったとしても、中国がア

メリカの軍事レベルに追いつくには、最速でも二〇年はかかると見られている。

これこそが、「経済力」が先行していても、本物の「国力」が追いつくのには時間がかかり、

「経済力」と「国力」にはタイムラグが存在する、という意味だ」(『中国4.0』)

(2)の「線的な予想の錯誤」というのは、人間社会では「線的な予測」(linear projection)とい

うものが実現したことはないのに、自分たちの好調な経済成長が二〇年間続いていくような予

測を信じてしまったことにあると。

その原因は、ゴールドマン・サックスやモルガン・スタンレーなどの「事態がこのまま進めば、

中国はアメリカをすぐに追い越せる」という金融企業のアナウンス(宣伝)に騙されたことにあ

るとしている。

「とても綺麗だが農村から新宿に出てきたばかりのウブな女性が中国で、都会の遊び人のイケ

メンの男性がゴールドマン・サックス社、という構図だ」(『中国4.0』)

(3)の「二国間関係の錯誤」というのは、他国との「二国間関係」(bilateral relations)を持つ

ことができると思い込んでしまったこと。

中国が弱小国であったならば、二国間関係は持つことができるが、中国が強力になり始めた瞬

間には、そうした他国との関係は、単なる「二国間」にはならなくなる。

「たとえば中国がベトナムと外交的に揉め事を起こせば、ベトナム側を助けようとする国が出

てくる。「次は自分の番になるかもしれない」と考えた他国が、「もしそうなら次にターゲッ

トになる前にベトナムを助けておこう」と思うからだ。

仮に中国が南シナ海のスプラトリー諸島での領有権を主張すれば、ベトナム以外の他国もそれ

を拒否する側に加わるような行動を起こす」(『中国4.0』)

さらにそこには、中国に睨まれた小国を助けるために、他の大国が同盟を提供し始め、それら

同士で中国に対して同盟を組み始める、という別の要素も入り、逆に中国は最初の時点よりも

弱い立場に追い込まれる。

これが「逆説的論理」(パラドキシカル・ロジック)というものであり、ルトワックの名声を確立

した概念。

ルトワック自身は「戦略の論理」とも言い表している。(奥山真司氏の解説に詳しい)

「「戦略」というものを理解しない者は、まず最初の一手を繰り出して、その次の手、そして

その次の手を繰り出していけば、それが最終的に勝利につながると考えがちだ。

ところが実際には、自分が一手を繰り出すと、それに対してあらゆる反応が周囲から起きてく

る。

相手も動くし、状況も変わり、中立の立場にいた国も動くし、同盟国も動く。

そこにはダイナミックな相互作用があるのだ」(『中国4.0』)

そして、それらに共通するのは、中国のリーダー達は外の世界を見ることが出来ない。

代わりに「自分たちに都合の良い外の世界」を「発明」する、ということであり、

それを『自滅する中国』の中では、「巨大国家の自閉症」と指摘する。

「すべての巨大国家のリーダーやオピニオンリーダーたちは、危機的な状況に陥った場合を除

けば、内政に多くの問題を抱えているために、外政にたいして満足に集中することができな

い。彼等は同じような社会的な発展をしている周辺国の小国たちと比べて、

世界情勢にたいして継続的に注意を払うことができないのだ」(『自滅する中国』)

ロシアもアメリカも「巨大国家の自閉症」にかかっているが、それらに比べ中国の指導者たち

はさらに「中華思想」に色濃く染まっているため、よりいっそう「自閉症的」になっていると

指摘する。これは周辺諸国の人々が一番理解していることでもあるし、日本のまともな中国学

者が言及していることでもある。

ちなみに、ルトワックは指摘していないが「中華」という概念はモンゴル語やチベット語、

ウイグル・カザフ族などのあいだで用いられているトルコ語東部方言には翻訳されていない。

「ゆえに中国の「巨大国家の自閉症」を悪化させているのは、その巨大さから来る内向きの没

頭だけでなく、自国が世界の中心であり、最上位の階層にいるという暗黙の前提のせいでもあ

り、これは漢時代の外交における朝貢の伝統から受け継いだものなのだ」(『自滅する中国』)

それは、人口が多い国家であるし、さらには古代から同じような規模のライバル国家の存在を

知らずに、孤立した状態で過ごしてきたからだ、とも指摘し、中国の行動における歴史の影響

を鑑みる。

中国には人口の少ない高原地帯や砂漠、半砂漠、極寒の草原、熱帯のジャングルしか隣接して

いない地域の中で、唯一存在する大国として培ってきた特異な歴史があり、時には脅威となる

圧倒的な勢力が草原地帯などからやってくることもあったが、それでも隣接した地域に似たよ

うな規模の国家が存在することはなかった。

こうした国があれば、中国は常に交流を持って国際的な状況に慣れるような技能と慣習を獲得

することができたのかもしれないが、そうはならずに、中華思想に固執して朝貢制度における

不平等な「二者間主義」が官僚文化に組み込まれ、外交における唯一の行動モデルになってし

まった。

「「天下」という概念や朝貢制度は、前漢(紀元前二〇六年から紀元後九年に存在したと考えら

れている)の時代に発生したものであり、長期にわたったが最終的に打ち勝つことができた遊牧

騎馬民族である匈奴たちとの戦いを経て、中国独特のものとして根付いたものだ」

(『自滅する中国』)

「天下」とは、「天」の下、人間の住む全世界という意味であり、天から「天命」を受けた

「天子」が、天から委任を受けて、人間を治める範囲。

「天下」という単一の人間世界は、「華」と「夷」から成る、というのが古来中国の空間認識・

世界観。(岡本隆司『中国の論理』を参考)

その「夷」が自分たちよりも強大だった場合の行動の仕方も、歴史から分析してルトワックは

まとめている。

・自分たちよりも力を持った強い勢力にたいしては、最初は譲歩できるところは全て譲歩する。

そして被害を避け、できる限りの利益か、少なくともそこから得られる限りの寛容を得る。

・強い勢力側の支配者や支配層を、物的依存の罠に絡め取る。

これによって彼らが元々持っていた活気や長所などを弱める。

その一方で、全ての他者を排除した特権的な二極状態という対等な地位(この現在の例は

「G-2」)を申し出る。

・そして、かつての強い勢力が十分に弱体化したことを確認してから、対等な関係をやめて服従

を強いる。

これは「蛮夷操作」というわれている手法をまとめたものであり、劉敬(りゅうけい)が紀元前

一九九年頃までに記述し提唱したもの。最近までアメリカに仕掛けていたことでもある。

それと、中国人たちは古典に書かれた戦略の智慧が優れていると頑なに信じ込んでおり、その

結果として、「中国はいつでも賢い手段によって敵の裏をかくことができる」と思い込み、

そのため、自国の台頭がもたらす積み上がった反発も回避できるはずだと信じ込んでいるのも

問題だ、と指摘する。

「中国の政府高官たちには、狡知に長けた国策術や外交上の術策、兵法における模範的な教訓

として、戦国時代の戦略や策略を忠実に実行しようとする傾向があるが、これは古いものをや

たらとありがたがる懐古的な趣味に過ぎない」(『自滅する中国』)

それらが通用するのは、全員が文化的な規範による同じ枠組みの中で活動していたのであり、

同じような目的や優先順位、そして価値観を共有していたからだ、とも指摘する。

「異文化間の外交関係は、同一文化の内部における関係とはまったく異なるものだ。

なぜならそこには、「共通のアイデンティティ」ではなく、「相反する国家的感性」が存在す

るからだ」(『自滅する中国』)

そして、現在トランプ政権が行っている「地経学的な封じ込め」にもこの時点で言及していた

のは瞠目だった。

「最悪な紛争を発生させずに世界の均衡状態を守るためには暫定的な解決法が必要となるのだ

が、それに最適なのは、やはり地経学的な「封じ込め」なのである」(『自滅する中国』)

「なぜなら今後も続く中国の台頭は、結局のところ隣国の独立そのものや、さらには現在のラ

イバル国たちにとってすら脅威となるため、中国が地経学的な手段で抵抗を受けることはもは

や避けられないのだ。

これらは単なる保護貿易主義的な障壁とはちがって、戦略的な動機から行われるものだ。

これには投資の禁止、広範囲な技術供与の停止、そして中国への原材料の輸出制限すら含まれ

る」(『自滅する中国』)

いずれにしても今のままだったら、爆発する中華帝国であり、自滅する中国であり、世界帝国

にはなれない中国である。そのことを両著の中で戦略家の視点で説明している。

そして、微妙なズレがあるのかもしれないが、ほぼルトワックの見立て通りに事が進んでいる

ので、少々時間の経過を感じる両著だが、とても参考になる。


最近では自衛隊が、イギリス陸海空軍、フランス海軍、カナダ海軍などの価値観を共有する

国々と共同訓練を実施しているみたいだ。

これもルトワックが提唱する「逆説的論理」(パラドキシカル・ロジック)の結果だろう。

そして、ルトワックが両著の中で指摘していることは、一九九八年に日本の東洋史学者であ

岡田英弘氏が指摘されていたことでもある。

中国には外交政策はない。そのときどきの事象に反応しているだけである。

あたかも先のことを見通して政策や戦略を立てているかのように見えるが、

それは買いかぶりであって、実際は中央の狭いサークル内での勢力争いの跳ね返りが、

国際関係に出ているにすぎないのである。

『現代中国の見方 Ⅴ』岡田英弘

岡田英弘氏はもっと評価されてもいいのではないのか、

ということもルトワックを読んで感じたことでもある。

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