『トラウマ後 成長と回復―心の傷を超えるための6つのステップ 』スティーヴン・ジョセフ



トラウマ体験後の成長は、必ずしも苦悩からの解放を意味してはいない。

本書で論じているように両者は共存する。

実際、苦しみながらも道を切り開ける人に成長がもたらされているようだ。

そのためには、柔軟なコーピングと意識的に考え方を切り換える能力が必要であり、

これらが新たな自己を創造する原動力となる。

『トラウマ後 成長と回復―心の傷を超えるための6つのステップ 』スティーヴン・ジョセフ

本書では、従来の考え方を覆す新しい研究について論じ、逆境が心に及ぼす影響を理解するた

めに、二〇年以上にわたって行われてきた研究や調査、心理療法などの集大成としている。

著者のスティーヴン・ジョセフは、イギリスのノッティンガム大学教授(心理学、保健・社会医

療)で、トラウマ回復・成長センター理事。

大学院生だった一九八七年に、大型貨客船ヘラルド・オブ・フリー・エンタープライズ号の海難事

故(死者一九三名)の生存者の聞き取り調査に参加し、生存者の中にはPTSD(心的外傷後ストレ

ス障害)を発症した人たちもいたが、三年後の追跡調査では、人生観に肯定的な変化を示す人が

半数近く存在した。

そのことに驚いた著者は、他の海難事故の生存者にも調査をするが、ヘラルド号の調査結果と

似たような、多くの肯定的な変化を示していたという。

これらの調査結果は、逆境後の肯定的変化に関するその後の研究の出発点のひとつとなった。

「苦難に直面してはじめて、多くの人が自身の内面を深くみつめ、本当に大事なものは何かを

再評価する。逆境が彼らを目覚めさせ、充実した人生へと導く」(本書)

「言うまでもないが、私自身もその間に苦難に直面し、目を見開かされている。

セラピストとして苦しむ人たちに接しながら、また、研究者としての多くの人たちの経験に接

することによって、人は逆境に見舞われたのちに成長することが多いとの確信を深めている」

(本書)

本書の原題は「What doesn’t kill us:the new psychology of posttraumatic growth」

(2011)で、ニーチェの格言である“What doesn’t kill you makes you stronger”(死んでしま

いそうなほどつらい経験も、乗り越えることができれば人は強くなる)をもじったものとなって

いる。

スティーヴン・ジョセフ

著者は、PTSDについてよく知られるようになり、トラウマ業界が成長するにつれ、

逆境後の成長という考え方には関心が持たれなくなり、不幸な出来事ののちに人がどのように

適応していくのかについては、私たちの理解は偏っていいて、否定的な側面にのみ焦点が当て

られている、と警鐘を鳴らし、トラウマ業界の成功が、実は意図せずして問題の一部になって

いるのではないか、という懸念を抱いている。

そして、それを三点挙げている。

第一は、トラウマ業界は、医学用語を一心不乱に取り入れてきた。

PTSDという診断名は、多くの人が経験する苦悩を認知させるうえでは有益だが、

医学用語を用いることで、セラピストを医者の立場に置くことになる。

その結果、患者は自分自身の回復に責任を持たなくなってしまう。

患者自身の回復に対する主導権をセラピストの手に巧妙にゆだねることになってしまう。

自身の回復やその体験をどう意味づけるかについては、結局のところ、本人が手綱を握れなく

てはならない。

第二は、トラウマ業界は、PTSDが避けることも逃げることもできないものだという誤った前

提を浸透させている。

多くの人が、悲劇や不運、災厄に見舞われようとも、立ち直る力を失ってはいない。

第三は、治療の成否を判断する基準が、PTSD症状の緩和に限定されていること。

そのため、ほとんどの人には逆境から立ち直る力があり、しかも逆境が、それまでよりも高レ

ベルの機能を発揮するためのきっかけを提供しているという一連の研究結果に目をつぶること

になる。

トラウマ体験後の反応は一面に限定されるものではなく、多面的で、苦悩と成長の両面を備え

ている。

PTSDの診断は、必要とする人が心理療法を受けやすくなるという点では役立ってきたもの

の、本人から手綱を奪ってしまい、乗り越えられないと思わせてしまい、トラウマ体験後に生

じることの多い個人の成長を無視してしまう、と指摘する。

本書の目的は、この偏りを解消することであり、トラウマがマイナスとプラスの両方の意味合

いを持ち、両者は切り離せない関係にあることを示すこと。

「トラウマ体験後のストレス反応は、変容の旅のはじまりを意味するごく自然で当たり前の適

応プロセスである。

私は、この新しい視点を提供することによってトラウマ業界に挑戦している。

トラウマからの回復は、悲惨な出来事に新しい意味を見出し、様々な角度から理解し、

記憶の共有を中心とした回復のための手段を見出すことによって可能になる」(本書)

著者はトラウマへの対処は、三つのレベルで生じるとしている。

第一は、自分の経験に意味づけするために語る物語において、

第二は、再び語られた経験に対処するために選ぶ方法において、

第三は、各自のパーソナリティにおいて。

トラウマ体験者は、自分の身に起きたことを一貫性のある物語として語れない場合が多い。

この状態はトラウマ体験と同時に始まり、その後もしばらく続く。

そのときの記憶や思考、感情はバラバラになっていて、ひとつの物語としても語れない。

『身体はトラウマを記録する』の中で、ベッセル・ヴァン・デア・コークも、
トラウマ体験を思い出している時には、右の大脳辺縁系領域と視覚野が活動を増加し、

脳の言語中枢(ブローカ野など)の活動が著しく低下し、長い年月を経たあとでさえ、

自分の身に起こったことを他人に話すのに非常に苦労する。

トラウマはすべて、言語習得以前の次元にある、と指摘している。

本書の中で、スティーヴン・ジョセフが奨めているトラウマ体験後の成長の方法は、

新しい情報を既存の前提に合わせる「同化」ではなく、「適応」のプロセスを通して生じ、

既存の前提は修正され、新しい情報に適したものにするということ。

「同化」と「適応」を通して前提を再構築することによってトラウマは解消され、トラウマ体

験後の成長が生まれる。このプロセスを「壊れた花瓶」の理論と呼んでいる。

ある時、家にある花瓶を落としてしまい、粉々に割れてしまった。

接着剤や粘着テープで元の形に戻そうとする、破片をかき集めてゴミ箱に放り込む、

きれいな破片だけを集め、何か新しいもの、カラフルなモザイクでも作ってみるだろうか。

苦難に見舞われると、自分の一部、世界観や自己認識、他者との関係が壊れてしまったように

感じる。

元どおりの生活を取り戻そうとする人たちは、壊れたままではとてももろい。

一方、壊れた状態を受け入れ、自分を新たに作り上げようとする人は、立ち直りが早く、新し

い生き方を受け入れようとする。

心理学者によれば、私たちは同化に偏りがちで、自分の世界観を維持しようとするという。

この現象は、「認知的保守行動」として知られ、私たちは、自分が考えていることと一致する

情報を探し、一致しない情報は無視するか、否定するか、曲解しようとする。

「適応」できる人は、同化を行った人とは違った風に自らの経験を語る。

人生のもたらす挑戦を受け入れ、その経験を意味づけようとする内面的な取り組みを強調す

る。

自分の人生の物語を幅広い脈路でとらえ、自分の変容のプラス・マイナスの両面を認めている。

「壊れた花瓶」の理論の中核にあるのは、人間には生来、内面的に成長しようとする衝動があ

るという考え方。しかし、この衝動はくじかれることがある。

ところが、逆境に見舞われると、普段の前提が破壊され、本来備わったモチベーションが解放

され、再び成長し始める。トラウマ体験後に活用する必要があるのは、この力である、

としている。

「成長は、逆境が私たちにどのような影響を及ぼし、どのように変容させるかについての新た

な筋書きを作成するプロセスであり、人生の物語の基盤となる」(本書)

トラウマ体験者が自分の物語の主人公となり、物語を書き直し、その結果生じるポジティブな

変化を重んじ、行動へと転換することにある。

トラウマ体験後の成長は、苦悩や困難のない状態を意味するわけではない。

逆境による苦難を通してこれまで以上に強くなり、人生について深く考えられるようになる可

能性がある、ということ。

人生が投げかけたものに対してどう行動するかが、私たちを形作る。

副題に付いている通り、成長に向かうために取るべき六つのステップ(指針)を示している。

ステップ1―棚卸し

自分の「棚」にどんな「品物」があるのか、欠けているのは何か、補充が必要なのは何かを調

べる。

ステップ2―希望を育む

自らの内に希望を見出す。ゴールを設定する。

未来に希望を持つことで、行く手を見据える力が与えられる。

ステップ3―物語を書き直す

自分が語る物語に耳を傾け、それを別の視点から眺めてみる。

自分を犠牲者としてではなく、生き延びた人間(サバイバー)として、さらには成長者(スライバ

ー)としてとらえ始める。

ステップ4―変化を特定する

芽生え始めた変化を観察する。

力を蓄えるために、内側から生じているポジティブな変化に気づかなくてはならない。

ステップ5―変化を尊重する

ポジティブな変化を育む。

以前は意識していなかった強さや能力、関心などに気づくかもしれない。

その過程では、こういった変化がもたらすかもしれないものではなく、変化そのものを大切に

しなくてはならない。

ステップ6―変化を行動で示す

あなたが感じている変化を行動に移し、それらを生活の一部とする。

これが「成長モデル」の要点だが、三つのメッセージもつけている。

第一に、あなたは一人じゃない。第二に、トラウマは自然で正確なプロセスだ。

第三に、成長は旅である。

「トラウマは、脳の中の脅威に関わる部分を活性化し、冷静な思考を妨げる。

身体的な緊張が取れるまでは、精神面での回復はむずかしいだろう。

ますは気持ちを落ち着かせ、起きたことから距離を置くことが重要だ」

とも指摘しているが、前述したヴァン・デア・コークは、

体をリラックスさせるためにヨーガ、情動反応を引き起こす扁桃体のような構造の活性を低下

させるマインドフルネス、脳を安定させ、回復力を増加させることによって、どう反応するか

という選択の幅を拡げてくれるニューロフィードバック、万人に共通の人間性を深く経験さ

せ、それを通して相互に結びつく機会を与えてくれる演劇、などを奨めている。

「成長が始まれば、私たちは自らの人生を積極的に創造するに違いない。

経験に意味づけし、出来事の全貌を描き出し、自己認識や世界観に一致した情報を同化し、

一致しない情報に適応する。そしてその一方で、世界観や自己理解を再構築する。

このすべては、ストーリーテリングを通して行われる」(本書)

逆境に立たされても、ひれ伏すことなく、厳しい現実に立ち向かい、変化を受け入れ、

その苦しみから学ぼうとする姿勢を持つことの重要性を本書で示してくれている。

まさに、ピンチはチャンスであり、ニーチェの格言にある、

“What doesn’t kill you makes you stronger”

(死んでしまいそうなほどつらい経験も、乗り越えることができれば人は強くなる)

ということ。

本書と合わせてベッセル・ヴァン・デア・コークの『身体はトラウマを記録する』もおすすめ

したい。

「トラウマ」の語源は、「傷」を意味するギリシャ語だ。

最初に英語の語彙となったのはおそらく一七世紀で、身体の傷を意味する医学用語として使わ

れている。現在でも同じ意味で用いられているが、次第に心の傷を含意するようになった。

二〇世紀に入ると、フロイトが、外的な出来事が心理的境界をどれほど破壊するかを説明する

ために、トラウマという言葉を比喩的に用いた。

心理学者は、現在も同じように、私たちを守る心の覆いを破り、癒えない傷跡を残すような人

生の出来事(ライフ・イベント)のメタファーとして「トラウマ」を用いる。

『トラウマ後 成長と回復―心の傷を超えるための6つのステップ 』スティーヴン・ジョセフ

人は自分が抱く恐怖を客観的に捉え、それを他者と共有することによって、

自分は人類の一員であるという感覚を取り戻せる。

『身体はトラウマを記録する』ベッセル・ヴァン・デア・コーク