『水墨画』矢代幸雄



新書なので読みやすいし、入手しやすい。

水墨画に興味を持った時に最初に立ち寄った方がよいだろうと思われる書物。

水墨画は高貴な精神(禅、たまに法華宗)で描かれているので、少し近寄り難い感じもするが、

飛び込んでしまえばそんなことはどうでもよくなる。蛙飛び込む水の音だ。

水墨画は東洋絵画の精粋である。

それは東洋に特有なる材料および技術に成り、そのあらわすところは、

東洋人に独特なる感覚および心境である。

世界の美術のうち、水墨画ほど純粋に東洋を代表するものなく、

しかも単に代表するのみならず、その秀出せる特殊性と美とを発揮して、

われわれに自身と覚悟とを与えるものはない。

『水墨画』 矢代幸雄

著者の矢代幸雄は、イタリアを中心とした欧州留学から五年振りに帰国し、

偶然にも東京国立博物館の表慶館で仏画の展覧会が開催されていて、

久々の東洋画が自分の眼にどう映るのかと、気になって見にいき、

そこで牧谿の「観音・猿・鶴」の幽遠な水墨画に驚愕し、

それを忘れていたことに愕然として、新しい認識をする。

大正十四年の一九二五年のこと。

その再発見が、「それ以後の私の生涯をかけての美の探究に、一つの厳然たる指針を与え、

私の東洋画境の解釈における、最も核心的なる焦点をなした」として、

再び東洋の精粋の水墨画を考察するに至った。

それは明治の夏目漱石や中江兆民が欧州留学後に、文人画や漢詩、漢文に向かったのを思い

出す。

日本から外に出掛けると、自分が東洋人、或いは日本人だということを、

嫌でも意識せざるを得ない。ぼくにもその経験がある。

海外に住んでいる方は尚更感じていることだろう。

 矢代幸雄 (1890年~1975年)

まず水墨画とは何であるか。

絵画は色彩、線、および明暗濃淡の調子、という三要素より成り立っている。

水墨画とは、それら、絵画の三要素のうち、色彩から離脱し、

線と明暗の調子とを大いに発達させて、それらにすべての精神的含蓄を託したところの、

特殊なる絵画形式―それをいうのである。

『水墨画』 矢代幸雄

昔、宮本武蔵の水墨画を見たことがあるが(映像ですが)、静けさがこちらまで伝わってくる

感覚を覚えたことがある。この時、武蔵が本物の高貴な精神の持ち主であると実感し、

隠遁思想を背景とした水墨画ならではの味わいも感じられた。

(左) 紙本墨画紅梅鳩図 (中) 紙本墨画枯木鳴鵙図 (右) 紙本墨画鵜図 / 宮本武蔵

『文人画のすすめ』の中で豊島宗七は、水墨画と文人画の違いをこう述べている。

「水墨画は文人画の主な表現形式であり、その中で文人精神に溢れている作品は文人画であ

る」。

京都造形芸術大学教授の金澤弘は、

「あるがままに自然とともに生き、描くことに喜びを感じる。良書を読んで教養を高め、

旅に出てさまざまな人との出会いを楽しみ、人格を向上し、心の中に理想の姿を形づくり、

筆の附くままに一気に描く。文人画とはそのような絵である」と。

まあ、好きなように解釈してもいいのだろうけれど、ぼくは、画に気韻生動が感じられるのが

文人画だと思う。それは「音」や「香」が感じられるもの。

『画の六法』のなかで、謝赫(しゃかく)は、次のようにしている。

1、気韻生動 生き生きとしていること

2、骨法用筆 正確な筆線

3、応物象形 (形似)

4、随類賦彩 彩色

5、経営位置 画面構成

6、伝意模写 古画の模写

謝赫(四七九~五〇二)は、六朝時代南斉の画家。

岡倉天心も著作の中で「画の六法」を説明している箇所がある。

ちなみに「文人の性格」は、1、道心の否定 2、多芸多才 3、反俗・反骨の精神。

唐木順三は「自由な文化」の追及こそ文人精神だと定義している。

そして、早くから水墨画の世界では減筆や省筆の方法が発達した。

とにかく東洋絵画というものは、筆に墨をつけて、板とか絹とか紙の上に描くものであるが、

その表現をできるだけ心の純粋さをもって行おうとすると、よけいなことをやらないという

ことが、最も肝要になる。

すなわち筆を略す、あるいは筆を省く、すなわち省筆、あるいは筆を減ずる、すなわち減筆、

というようなことを、禅に達した人々は、おのずからやろう、ということになる。

『水墨画』 矢代幸雄

それは、松岡正剛や岡倉天心も言及していることでもある。

雪舟が馬遠、夏珪に倣って、概して中国風に筆の堅い画をかいた一方、

時に玉澗風に従って撥墨を試み、或いはまた高彦敬に依って南画流の米法山水を学び、

墨色豊潤、筆痕軽軟なる画態をも示していることは、

日本水墨画なるものの進み行く将来の方向を、予兆して、示唆的である。

かくのごとき日本的発達に対して最も好適なる模範を提供し、

わが日本の水墨画の大勢を指導したものが、既説の牧谿の画法にほかならぬ。

『水墨画』 矢代幸雄

鈴木大拙は、馬遠に源を発した「一角」様式と、日本の画家の「減筆体」とが、

禅の精神にはなはだ一致している。と述べている。

牧谿には日本人が好みそうな余白がある。減らして楽しむ日本人の特性が顕れている。

枯山水も同じ方法でしょ?

漁村夕照図 牧谿

私は宗達、光琳によって愛用されたたらしこみの技術が、牧谿以来の水墨法に基盤を持ち、

さらに直接には、織物の染色法の影響に胚胎したと見て、大過ないと信ずるのである。

『水墨画』 矢代幸雄

日本の水墨画は五山僧から出ている。如拙、周文、明兆、雪舟など。

そして、今は多くの人に忘れ去られているが、紙・墨・筆・硯を「文房四宝」といった。

文房とは書斎のこと。

本書と鈴木大拙の『禅と日本文化』と、松岡正剛の『山水思想』を読めば、

だいたいの水墨画の概要は掴める。

ぼくみたいな若い世代には刺激的な一冊。西洋画や現代アートだけではなく、

水墨画にも時々立ち返り、あまりに日本的な「引き算の美学」の真髄を学びたい。

紙は軍隊の陣であり、筆は剣と矛である。

墨は甲冑であり、硯は城壁と掘りである。

そして、書家は指揮官である。

『中国古代書籍史』 銭存訓

一点の水墨、両処に竜と成る。

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矢代 幸雄 岩波書店 1969-12-20