『日本美術史』 岡倉天心



以前の記事で、天心の『東洋の理想』と、鈴木大拙の『東洋的な見方』を一緒に、

ぼくの拙い文章で紹介したが、今回は『日本美術史』。

あれ?代表作の『茶の本』じゃないの?と言われそうだけれども、

『日本美術史』も又素晴らしい。示唆に富む。

『茶の本』は後日、機会があれば。(こちらも名著)

あの脱亜入欧、神仏分離、廃仏毀釈の激動の時代に、日本、いやアジアを背負って立ち、

苦難の連続の道を歩んだ天心は、まさに横山大観が描いた屈原と似通う。

(その絵も又素晴らしい)

さらには、“日本美術を体系的に論じた最初の書”と言われているから尚更、

感慨深いのが本書。

そして、記念碑的な一冊であるのは勿論のこと、

表紙に採用されている下村観山が描いた天心の道服姿の肖像画も又面白い。

別にぼくは美術を専門的に研究しているわけでもないのだが、

天心の気概と、知識の広さ、深さに魅了される。偉大な先人。

(松本清張は天心を論じた著作があるが、その中では低評価で厳しすぎる)

本書には三篇収められている。

「日本美術史」、「日本美術史論」、「泰東巧藝史(東洋美術史)」。

「日本美術史論」(二十八歳の時)と、「泰東巧藝史(東洋美術史、四十七歳の時)」は、

講義筆記録で、日本美術史論は、天心が直接筆を執ったもの。

本書のメインでもある日本美術史は、

推古以前は簡潔に論じられている(巷に縄文を流行らしたのは岡本太郎)。

「推古以来をもって日本美術史となしたり」とし、

天智を過ぎ天平の盛時をなし、これより下がりて空海に昇り、また金岡に上りて、

少しく源平に衰え、また鎌倉に興り、足利に東山の盛時をなし、また豊臣の小時代をなし、

しかして豊臣に反対せる元禄興り、天明となり、もって今日にいたる。

『日本美術史』 岡倉天心

そして、天心の時代の区分けが面白い。

古代:推古時代 天智時代 天平時代

中古:空海時代 金岡時代 源平時代 鎌倉時代

近代:足利時代 }東山時代

        }豊臣時代

徳川時代     }元禄時代

        }天明時代

現代人から見れば、間違った箇所がたくさんあるのかもしれないが、

では、天心以上のことを成しとげた現代人は居るのかい?と、問いたくなる。

ぼくは本書を読み終わった時に、日本人はもっと天心に感謝しなけらばならない、

と、強く感じた。

時代ごとに具体的に紹介するのは今日は省くが、日本美術史を天心流に総括していて、

重要な箇所があるので、引用する。

日本美術の変換、実にかくのごとし。これを総括して、将来に処するところを考案するに、

第一に記すべきは、精神鋭くして観念先だつときは興起し、形体を求むるにいたれば必ず衰頽

す。

第二、系統を逐うて進化し、系統を離れて亡ぶ。

第三、美術はその時代の精神を代表し、よく当時の思想を示すの力、特絶なり。

第四、日本の美術は変化に富むこと。

第五、適応力に富むこと。

第六、仏教の哲理により唯心論に傾き、写生を離れて実物以外に美の存在を認む。

第七、優美なること。

『日本美術史』 岡倉天心

これは、日本文化全体に言えることだろう。

そんな『日本美術史』の最後を天心は次のように締めくくる。

これを歴史に微するに、いたずらに古人を模範すれば必ず亡ぶ。

系統を守りて進み、従来のものを研究して、一歩を進めんことを勉むべし。

西洋画、よろしく参考すべし。しかれども、自ら主となり進歩せんことを。

『日本美術史』 岡倉天心

上の言葉はある意味においては、

“かな”の誕生、歌舞伎や能、利休の茶の湯、芭蕉の俳句、

佐久間象山の“東洋道徳・西洋芸術”、竹久夢二藤田嗣治や岡本太郎の絵画技法、

尾崎紅葉や幸田露伴の文体、西田幾多郎の“絶対矛盾自己同一”、松岡正剛の“日本の方法”、

立川談志の落語などにも通じる(その他にも大勢いらっしゃいますが)、

鍵となる概念/コンセプトであり、日本人の長所であり短所でもある。

その松岡正剛は、『インタースコア』の中で別の言い方をしている。

「型を守って型に着き、型を破って型へ出て、型を離れて型を生む」。

もともと「守・破・離」は、

江戸千家の川上不白が「型」を伝える極意として強調した用語だった。

『インタースコア』 松岡正剛

或いは、

日本には欧米的な普遍を抱いたロジックでなく、そこに敬意を払いつつも、

もっと日本に特有なものをハイブリッドに提示するほうがふさわしい。

『インタースコア』 松岡正剛

天心と同じことを言っている。(継承している)

上の概念を参考にし、未来から時間をとらえれば、きっと素晴らしいものが出来上がると思

う。

泰東巧藝史(東洋美術史)は後日改めて、詳しく紹介。

こちらも素晴らしくまとめているので参考になる。

『山水思想』の時にも触れたけど、

中国六朝時代の南斉の画家、謝赫(しゃかく)の“画の六法”を的確に捉え、説明しているので、

現代人にも役に立つだろうと思う。電子脳では到達できない極致。

“岡倉天心”。 それは現代にも生き続ける偉大な先達であった。

岡倉天心

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松岡 正剛,イシス編集学校 春秋社 2015-12-24