「人は恐ろしい経験によって、なぜ絶望的なまでに過去に囚われてしまうのか。
心と脳の中で何が起こり、人は凍りついたままになり、逃れたいと死に物狂いで願う所から
抜け出せなくなってしまうのか」。
「トラウマを負った人の多くは、その状況下で自分自身がしたこと、あるいはしなかったこと
について感じる恥ずかしさに、心の奥底でなおいっそう苦しめられている。
彼らは、はなはだしい恐怖、依存心、興奮、あるいは激怒を感じてしまったがために、
自分を見下しているのだ」。
「人は有無を言わせずひっきりなしに過去へ、最後に強烈なかかわりや深い情動を感じた
ときへと引きずり戻されていると、想像力が働くなり、心の柔軟性を失う。
想像することができなければ、希望も、より良い未来を思い浮かべる機会も、
行くべき場所も、到達するべき目標も持ちようがない」。
「トラウマを負った多くの人はあっさりと諦めてしまう。
彼らは新たな選択肢を試す危険を冒さずに、旧知の恐れにがんじがらめにされたままに
なるのだ」。
「トラウマは、心と脳が知覚を管理する方法を根本から改変する。
私たちがどう考えるかや何について考えるだけでなく、考える能力そのものまでも変える」。
「彼らが思う存分生きていると感じるのは、トラウマを引き起こした過去に立ち返っている
ときだけだった」。
人間誰しもが過去のネガティブな経験に囚われ、憂鬱な気持ちになる時があるだろう。
トラウマを負った人は、ちょっとした事で頻繁にフラッシュバックを起こし、
上述のような状態になってしまう。
そして、周りからは理解されず、怒られたり、軽蔑されたりして、社会から断絶され、
自尊心が低下し、アルコールや薬物などに手をだし、依存症などの悪循環に陥ってしまう
ケースが多い。
著者は、ベッセル・ヴァン・デア・コーク。オランダ系アメリカ人。
ボストン在住で、ボストン大学医学部精神科教授、世界各地で教鞭も執り、
米国マサチューセッツ州ブルックラインのトラウマセンターの創立者で
メディカルディレクターでもある。
戦後に於けるトラウマ研究の第一人者と言ってもいいのかもしれない。
ベッセル・ヴァン・デア・コーク
本書を読んでいて、トラウマに苦しめれている患者たちの苦悩がリアルに伝わり、
悲しい気分になるのだが、著者がなんとかして、その患者たちを苦しみの泥沼から
救い出そうと、奮闘している姿も描写されているので、通読したあとは、
前向きな気持ちになれる。オリヴァー・サックスの著作を読んだ後と似たような感覚を抱く。
本書は5部構成
第1部 トラウマの再発見 第2部 これがトラウマを負ったあなたの脳だ
第3部 子供たちの心 第4部 トラウマの痕跡
第5部 回復へのさまざまな道
となっている。
ベトナム戦争の帰還兵や、幼い時から家庭内暴力や近親姦などの被害を受けて育った方、
悲惨な事故を経験、目撃したりした方など、様々な原因でトラウマの後遺症に
悩まされている患者たちを、精神科医である著者が、患者たちに長年寄り添って診察し、
そのことによって、多岐にわたる脳への影響に気がつき、
トラウマの歴史や子供たちの影響などにも掘り下げて言及し、
1990年代初期以降の最新の脳科学や脳画像法などを駆使して解明していき、
解決の方法を提示している。
そして、ぼくが最も気になったのは、第5部の『回復へのさまざまな道』で、
本書の解説を書かれている、浜松医科大学児童青年期精神医学講座の杉山登志朗氏も、
「本書の圧巻は、なんといっても第5部『回復へのさまざまな道』である」
と、その道のプロも述べているほど。
そのトラウマからどうやったら抜け出せるのか、そして、過去に囚われず、
思う存分に自分の人生を歩むにはどうすればいいのか。
まず、それには大きく三つの方法があるとしている。
(1) 他者と話、(再び)つながり、トラウマの記憶を処理しながら、
自分に何が起こっているかを知って理解するというトップダウン方式。
(2) 不適切な警告反応を抑制する薬を服用したり、
脳が情報をまとめる方法を変えるような他の技術を利用したりする方法。
(3) トラウマに起因する無力感や憤怒、
虚脱状態とは相容れない体の芯から感じられる体験をすることによる
ボトムアップの方法。
一つの方法だけではなく、幾つか組み合わせて行ったほうがいいとし、
脳が本来備わっている、神経可塑性を利用する方法が重要だとしている。
特に(1)と(3)が重要。
(2)の薬に対しては、著者は否定的で、次のように述べている。
もし私たちが思い込まされているほど抗つ薬が有効なら、
うつ病は私たちの社会では今ごろ些細な問題でしかなくなっていたはずだ。
ところが、抗うつ薬の使用は増え続けているというのに、うつ病の入院患者は減っていない。
抑うつ状態を改善するために治療を受ける人の数は過去二〇年間に三倍になり、
今やアメリカ人の一〇人に一人が抗うつ薬を服用している。
『身体はトラウマを記録する』 ベッセル・ヴァン・デア・コーク
私はPTSDのための薬の研究を非常に多く行なったあと、
精神科の薬には重大な欠点があることに気づくに至った。
こうした薬は、根底にある肝心な問題への対処から注意を逸らしかねないのだ。
精神的な問題を脳の疾患と捉える脳疾患モデルは、
人々の運命の主導権を本人の手から奪い取り、彼らの問題の解決を医師と保険会社に委ねる。
『身体はトラウマを記録する』 ベッセル・ヴァン・デア・コーク
別の箇所でも
「薬はトラウマを『治す』ことはできない。乱れた生理機能の表れを抑えることが
できるだけ」
と述べている。
さらに、脳疾患モデルは、四つの根本的な事実を見過ごしているとしている。
(1) 私たちは互いをはなはだしく害する可能性があるが、それを埋め合わせるに足るほどの、
互いを癒す能力を持っている。健康を回復するためには、人間関係やコミュニティを
回復することが重要だ。
(2) 言語は、自分の体験を伝えたり、知っていることを定義するのを助けたり、
共通の意義を見つけたりすることで、私たちが自分自身を変える力を与えてくれる。
(3) 私たちは、呼吸したり、動いたり、触れたりといった基本的活動を通して、体と脳、
いわゆる不随意機能の一部を含む、自分自身の生理的作用を調節する能力がある。
(4) 私たちは社会的状況を変え、大人も子供も安全に感じられ、成功できる環境を生み出す
ことができる。
これらのことを無視すると
「トラウマから回復して自律性を取り戻す術を人から奪うことになる」
と。端的に言えば、自分の体や社会などとの“つながり”を取り戻す。
そして、そのトラウマ体験を思い出している人の脳画像は、
右の大脳辺縁系領域と視覚野が活動を増加させ、脳の言語中枢(ブローカ野など)の活動が
著しく減少する。それは、過去のトラウマが脳の右半球を活動させ、左半球を不活発にさせ、
著者は「トラウマはすべて、言語習得以前の次元にある」とし、その影響で、
トラウマを負った人は、長い年月を経たあとでさえ、自分の身に起こったことを他人に
話すのに非常に苦労する。
彼らの体は、闘争/逃争の衝動に加えて、恐怖や憤激、無力感を再度覚えるが、
こうした感情は、明確に表現するのがほぼ不可能だ。
トラウマは本来、私たちを理解の限界まで追いやり、共通経験を想像可能な過去に基づく
言語から切り離す。
『身体はトラウマを記録する』 ベッセル・ヴァン・デア・コーク
言葉を失ったとき、嫌でも浮かんでくる光景がその体験を捉えて、
悪夢やフラッシュバックとして戻ってくる。
ブローカ野が不活発になるのとは逆に、ブロードマンの脳マップの19野という別の領域が、
私たちの研究の参加者の脳では活性化した。
『身体はトラウマを記録する』 ベッセル・ヴァン・デア・コーク
巷でも、その右脳・左脳の機能の違いなどを語られることが多いと思われるが、
本書でも説明されている。
右脳は直感的、情動的、視覚的、空間的、触覚的で、左脳は言語的、逐次的、分析的だ。
話すことは脳の左半球が一手に担っているのに対して、右半球は経験の音楽的側面を
担当している。
右半球は、表情や身体言語(ボディランゲージ)を通して、また、愛や悲しみの音声を発する
ことや、歌ったり、罵ったり、叫んだり、踊ったり、真似たりすることで、意思を伝達する。
右脳は子宮の中で先に発達し、母親と赤ん坊の間の非言語的コミュニケーションを担う。
子供が言語を理解し、話し方を学び始めると、左半球が稼動するようになったことがわかる。
言語能力を獲得すれば、子供は物の名前を言ったり、物どうしを比べたり、
物と物の関係を理解したり、自分独自の主観的経験を他者に伝え始めたりすることができる。
脳の左側と右側では、過去の痕跡の処理の仕方も著しく異なる。
左脳は事実や統計的数値、出来事を描写する言葉を記憶する。
私たちは左脳に自分の経験を説明したり整理したりしてもらう。
右脳は音や声、触感、匂い、それらが喚起する情動の記憶を保存する。
また、過去に見聞きした声や目鼻立ち、仕草、場所に自動的に反応する。
右脳が思い起こすことは、直感的な事実、すなわち物事の実際のありようのように
感じられる。
『身体はトラウマを記録する』 ベッセル・ヴァン・デア・コーク
フラッシュバックを経験している間は、左脳のブローカ野(前頭葉)が停止し、
物事を順序立てられず、因果関係を突き止めたり、自分の行動の長期的な影響を把握したり、
未来のための計画を立案したりできなくなる。
fMRI画像でも左側より、右側で多くの活動が見られる。
その上、扁桃体が危険信号を発すると、コルチゾールやアドレナリンなどの、
ストレスホルモンも急増し、心拍数や呼吸数が増え、血圧が上がり、記憶や注意に問題が
起こり、短気になり、睡眠障害にもなる。
さらに、基準値に戻るまで、長い時間もかかる。
脳は生存を確保するために、5つのことをする必要があるとしている。
(1) 食物、休養、保護、生殖、住みかといった、体が必要とするものを示す内部信号を
生み出す。
(2) そうした必要性を満たすためどこへ行くべきかを示す、周りの世界の地図を製作する。
(3) そこへ行き着くために必要なエネルギーと行動を生じさせる。
(4) 途中で遭遇する危険や好機について注意を促す。
(5) その時々の必要に応じて行動を調節する。
他者とつながって、これらのことを成し遂げる必要があるのだが、
トラウマはそれらのどれをも妨害する。
そして、その脳は三位一体の三層構造で発達したと説明している。
脳は下から発達する。
爬虫類脳は子宮内で発達し、基本的な生命維持機能を構成する。
私たちの一生を通じて、爬虫類脳は脅威に対して非常に敏感に反応する。
大脳辺縁系はおもに誕生後6年間で構成されるが、使用依存様式で発達を続ける。
トラウマは、一生涯にわたってその機能に大きな影響を及ぼしうる。
前頭前皮質は最後に発達し、やはりトラウマにさらされると影響を受け、
たとえば、関係のない情報を除外できなくなる。
一生の間、前頭前皮質は脅威に反応して稼動を停止しやすい。
前頭前皮質 計画立案、予期、時間と前後関係の感覚、不適切な行動の抑制、共感的理解
大脳辺縁系 生体と環境との間の関係の地図、情動的な重要性、分類、認識
脳幹:基本的な維持管理 覚醒、睡眠/目覚め、空腹/充足、呼吸、化学的均衡
『身体はトラウマを記録する』 ベッセル・ヴァン・デア・コーク
脳幹にあるのが「爬虫類脳」で、そのすぐ上に位置しているのが、
大脳辺縁系で「哺乳類脳」と呼ばれているもの。
この二つで「情動脳」を形成し、前頭前皮質が「理性脳」で、頭蓋骨内に三割程度しかなく、
新しく発達した部位。
トラウマを負った人々は、自分のトラウマ体験と関連した画像や音、声、思考を
提示されると、マーシャの場合のように、たとえその出来事から一三年も経過していても、
扁桃体が危険を察知して驚いて反応することを、私たちの研究ははっきり示した。
『身体はトラウマを記録する』 ベッセル・ヴァン・デア・コーク
この恐怖中枢の活性化は、ストレスホルモンと神経インパルスの連鎖反応を引き起こし、
血圧を上げ、鼓動を速め、酸素の摂取量を増やし、闘争/逃走に向けて体を準備する。
『身体はトラウマを記録する』 ベッセル・ヴァン・デア・コーク
その扁桃体は、大脳辺縁系の無意識の脳の奥深くにあり、アーモンド形をした二つの組織で、
その中心的な役割は、入ってくる情報が生命の維持に関係があるかどうかを識別すること。
著者は、扁桃体を「煙探知機」と呼んでいる。
もし扁桃体が脳の煙探知機なら、
前頭葉(それもとくに、目のすぐ上に位置する内側前頭前皮質)は、
場所から現場の眺めを提供してくれる監視塔と考えればいい。
『身体はトラウマを記録する』 ベッセル・ヴァン・デア・コーク
自己の経験は、理性脳と情動脳の均衡から生まれるとして、
意識的な制御と自律神経系の制御の両方の支配下にあるのが呼吸で、数少ない身体機能の
一つだとしている。端的に言えば、情動脳が優位になると呼吸が乱れるということだろう。
トラウマを負った人は、その前頭葉の理性脳の活動(衝動の抑制や未来予測など)が、
著しく減少するので、そこを活性化させるために様々な方法を著者は提示している。
まずは、トラウマは、自分で自分を取り仕切っているという感覚を人から奪うとして、
その対処法として4つ挙げている。
(1) 落ち着いて意識を集中した状態になる方法を見つける。
(2) 過去を思い出させる光景や思考、音、声、身体的感覚に反応するときに、
その落ち着きを保ち続けることを学ぶ。
(3) 今を思う存分生き、周囲の人々と十分にかかわる方法を見つける。
(4) どうにか生き延びてきた手段についての秘密も含めて、
自分に隠し事をしないで済むようにする。
たとえ不快な記憶やぞっとするような記憶を呼び起こしている最中にも
穏やかに呼吸し続けることを学び、体を比較的リラックスした状態に保つことが、
回復のために欠かせない。
『身体はトラウマを記録する』 ベッセル・ヴァン・デア・コーク
として、呼吸と感覚に注意を集中する、ヨーガやマインドフルネスを勧めている。
呼吸法を変えることによって怒りや抑うつ状態、不安といった問題を改善できることが、
ヨーガが高血圧、ストレスホルモンの分泌量の増加、喘息、腰痛といった幅広い医学的問題に
効果的だということが、科学的手法によって立証されている。
とはいえ、PTSDに対するヨーガの効果の科学的な研究が精神医学雑誌に掲載されることは
なく、二〇一四年に私たちの研究が発表されたのが最初だった
『身体はトラウマを記録する』 ベッセル・ヴァン・デア・コーク
内部の世界との関係を(再度)築き、それとともに、自己との思いやりにあふれた、
身体的感覚を伴う関係を復活させるには、ヨーガは素晴らしい方法であることがわかった。
『身体はトラウマを記録する』 ベッセル・ヴァン・デア・コーク
〈うまく調節のとれた人の心博変動〉
息を吸うたびに心博数は増し、息を吐いている間は心臓の鼓動は遅くなる。
〈動揺に対する反応〉
気が動転するような経験を思い出すと、呼吸が速まって不規則になったり、
心博数も乱れる。心臓と呼吸はもう完全には同調していない。
〈PTSDの人の心博変動〉
呼吸は速くて浅い。心博はゆっくりで、呼吸と同調していない。
〈慢性的なPTSDの人がトラウマ記憶を追体験しているところ〉
最初は呼吸が苦しそうで深く、これはパニック反応の典型だ。
心臓の鼓動は、呼吸と同調せずに速くなる。
それから、呼吸が速く浅くなり、鼓動が遅くなる。
これは、その人が機能を停止に陥りつつあることを示す。
ヨーガを二〇週間実習すると、基本的な自己システムである島(とう)と
内側前頭前皮質(自己調節にかかわる脳の組織)の活動が増すことを、示す結果も出ている。
トラウマを負った人は、リラックスして身体的に安全だと感じるのが非常に難しく、
自分ではどうしようもない、恐怖に満ちた状態に永遠にはまり込んでいるような錯覚に
陥るので、ヨーガの呼吸法(プラーナーヤーマ)とポーズ(アーサナ)と瞑想の組み合わせが、
完全にリラックスして、安心して身を委ねた状態になり、体を意識すると時間の感覚も
変わるので、ヨーガは最適だとしている。
そして、今欧米でも流行っているマインドフルネスは、(ビジネス目的かもしれないが)
内側前頭前皮質を活性化し、情報反応を引き起こす扁桃体のような構造の活性化を低下させ、
情動脳を制御しやすくなるとしている。
具体的に、永沢哲氏の『瞑想する脳科学』で述べられているので、転載する。
感覚や認知にかかわる情報が心に流れこんでくるのを、意図的にふせごうとする。
↓
前頭前野の活動が増大する
↓
視床、海馬に信号が行き、情報の流れを抑制する。
↓
頭頂葉に情報が行かなくなる
↓
行き場を失った神経インパルスは、大脳辺縁系の視床下部に流入
↓
視床下部の抑制系を支配する部位への神経インパルスによって、
心を静める強力な感覚が生じる
↓
強い抑制性のインパルスは、大脳辺縁系を経由して前頭前野に伝わる
↓
前頭前野はふたたび海馬に命令して、情報の流れを抑制させる
↓
瞑想は深まる
そのことによって、自他の境界の消失、融合をもたらす。
さらに著者は、脳の配線し直すとして、ニューロフィードバックも取りあげている。
ニューロフィードバックは脳を刺激し、ある周波数の波を増やしたり、
別の周波数の波を減らしたりして、本来の複雑さをさらに高めたり、
自己調節の傾向を強めたりする新しいパターンを生み出す。
『身体はトラウマを記録する』 ベッセル・ヴァン・デア・コーク
ストレスは出来事自体に固有の特性ではなく、私たちが出来事にどのようなレッテルを
貼って、どのように反応する結果なのだ。
ニューロフィードバックは単に、脳を安定させ、回復力を増加させることによって、
私たちがどう反応するかという選択の幅を拡げてくれる。
『身体はトラウマを記録する』 ベッセル・ヴァン・デア・コーク
CPS=サイクル毎秒、またはヘルツ
デルタ波 4CPS未満 睡眠
シータ波 4~8CPS 眠気
アルファ波 8~12CPS リラックスした集中
感覚運動リズム 12~15CPS リラックスした思考
ベータ波 15~18CPS 活発な思考
ハイベータ 19CPS以上 興奮
デルタ波は、最も遅い脳波で、睡眠中に多く見られ、脳はアイドリング状態にあり、
心は内向きとなる。
シータ波は、催眠によるトランス状態の特徴であり、論理の制約や、生活のための
ありきたりな要求の制約を受けない物の見方が生まれ、新しいつながりや連想が作られる
可能性が開け、内的世界、イメージが自由自在に浮遊する世界に精神が集中する。
アルファ波は、 平静や落ち着きという感覚が伴う。外的世界から内的世界へと。
目を閉じているときに多くでる。
ベータ波は、外界を向いていて、課題に取り組んでいるいるときに注意を集中することが
できる。
ハイベータ波は、動揺、不安、体の緊張と結びついている。危険がないかどうか常に周囲を
警戒している状態。
著書は、PTSDのための脳波ニューロフィードバックの治療の一つ、
アルファ・シータ・トレーニングを取り入れ、現在は過去の追体験の繰り返しであるという
解釈を断ち切っている。
ニューロフィードバックは、一七か所の軍の施設と退役軍人施設でPTSDの治療に
使われており、有効性についても、最近、科学的記録が評価され始めたばかりだ、
としている。
ちなみに、イタリアのサッカークラブ、ACミランでも取り入れられていたみたいだ。
(今は知らないが)
帰還兵たちはリクライニングチェアに横たわって目を閉じ、ニューロフィードバックの音に
身を任せ、深いリラクセーションに導かれるように指導された。
また、トランスに似たアルファ・シータ状態に向かう際、
心の中の明るいイメージ(たとえば、酒を断ち、自身に満ちて幸せに生きているイメージ)を
活用するように言われた。
『身体はトラウマを記録する』 ベッセル・ヴァン・デア・コーク
私が治療でニューロフィードバックを使うのは、おもに発達性トラウマを負った人の
過覚醒や精神錯乱、集中力の問題の改善を手助けするためだ。
とはいえ、ニューロフィードバックは本書で扱う範囲を超えた多くの問題や症状の改善にも
結果を発揮してきた。
たとえば、緊張型頭痛の緩和、外傷性脳損傷後の認知機能の改善、不安とパニック発作の
軽減、瞑想状態を深める方法の体得、自閉症の治療、発作の制御力の向上、気分障害における
自己調節などでも成果が出ている。
『身体はトラウマを記録する』 ベッセル・ヴァン・デア・コーク
そして、主体感覚、主導権を握っているという感覚を取り戻す方法として、
自分の体を使い、人生において自分の場所を確保する経験ができる演劇を薦めている。
ギリシア演劇は、戦闘帰還兵にとっては再統合の儀式だったのかもしれない。
『身体はトラウマを記録する』 ベッセル・ヴァン・デア・コーク
トラウマを負った人は深く感じることを心底恐れている。
情動を経験するのを怖がっている。情動のせいで自分を制御できなくなるからだ。
それとは対照的に、演劇とは情動を身体化し、それに声を与え、リズミカルに場面に
かかわり、さまざまな役柄になりきり、それを体現することだ。
『身体はトラウマを記録する』 ベッセル・ヴァン・デア・コーク
トラウマを負った人は物事を忘れようとし、自分がどれほどおびえているか、
激怒しているか、あるいは、無力なのかを隠そうとする。
一方、演劇では人は、観客にありのままを告げ、深遠な真実を伝える方法を
見つけようとする。
そのためには、自分自身の真実を発見するのに障害となるものを打ち破り、
自分の内部経験を探り、吟味して、それを舞台の上で自分の声と体で表現できるように
しなくてはいけない。
『身体はトラウマを記録する』 ベッセル・ヴァン・デア・コーク
自分とのつながり、他者とのつながり、世界とのつながり、自然とのつながりを回復すれば、
それを乗り越えられるということなのかもしれない。
トラウマを負っている人も、そうではない人も、理解をするということが、
回復への第一歩なのだと、本書を読んで改めて感じた。
お会いしたことはないが、トラウマに悩まされている方の幸福を祈っています。
一人一人が一個の伝記あり、物語だからである。二つと同じものはない。
それは、われわれのなかで、自分自身の手で、生きることを通して、
つまり知覚、感覚、思考を通じて、たえず無意識のうちにつくられている。
オリヴァー・サックス
内なる力や考察は 外に出るまで気が付かぬ
意識の上の活動が 秘密裏なものを蔽うとも
意志や知覚が眠る時 隠れた思いが浮上する
岩や激流 掻き分けて 深みの真相見つけよう
ジェームズ・クラーク・マクスウェル
われわれが最も幸福であるのは、困難なタスクに没頭しているときだ。
そのタスクとは、明確なゴールを持っていて、われわれの才能を発揮させてくれるだけでな
く、それを伸ばすよう挑んでくるものである。
フローに没入すると、われわれは気を散らすものを退け、日常生活にとり憑いている不安や
心配事を超越してしまう。
『オートメーション・バカ』ニコラス・G・カー