『日米同盟のコスト―自主防衛と自律の追求』武田 康裕


本書の課題は、日米同盟の枠組みを維持しつつ、自主防衛と自律を追及するためのコストを計

算することにある。

言い換えると、米国が負担している防衛コストの任務分担を日本がどこまで負担し、

日本が負担している基地提供に伴う主権の制約をどこまで軽減できるのかを分析することにあ

る。

『日米同盟のコスト―自主防衛と自律の追求』武田 康裕

前作の『コストを試算! 日米同盟解体 ―国を守るのに、いくらかかるのか―』(武田康裕,武藤

功)では、日米同盟の解体を前提にそのコストを試算し、日米同盟が不断の手入れを必要としな

い当たり前の存在であるかの幻想に警鐘を鳴らすことを意図して著したものだったが(自主防衛

の予算は人件費ぬきで予算22兆円~24兆円/人員は国民皆兵を検討する必要もあるので日本単

独で防衛することはほぼ不可能) 、本書『日米同盟のコスト』では、冒頭の通り、日米同盟を

維持しつつ、日本が自主防衛と自律を追求した際のコストを算定している。

本書の執筆に着手したのは、米国大統領選挙の予備選が開始された2016年頃だったという。

トランプが防衛予算の拡大と在日米軍の撤退を声高に主張していたことが執筆の動機の大きな

部分を占めている。

著者は防衛大学校教授の武田康裕氏。『エドワード・ルトワックの戦略論』を訳された方でもあ

る。

「民主党のオバマ前大統領が、2013年にシリア空爆を中止した際、「米国は世界の警察官では

ない」と言明した。同様に、2018年12月、シリアからの米軍撤退を発表したトランプ大統領

は、「米国は、世界の警察官であり続けることはできない」と語った。

米国の経済力の相対的な低下と膨らむ財政赤字が、もはや世界の警察官たる役割を許容しない

からにほかならない」(本書)

「本書は、「世界の警察官」ではなくなった米国が、日米同盟の負担の分担を日本に迫る中

で、どのような対応が日本の防衛・安全保障に資するのかを考えってみた」(本書)

それは、ジョージ・ケナンが指摘していたように「現状の下で我々が目指すべきは、最大限でな

くて、最小限の対外的関与である」とした場合(米国のコミットメントの信頼が低下した場

合)、在日米軍基地の提供を通じて日本が享受してきた米国の拡大抑止機能の一部を自己負担す

るといくらかかるのか?というもの。

具体的には、昨今の日本を取り巻く戦略環境の悪化を鑑み、弾道ミサイル防衛、シーレーン防

衛、島嶼防衛の三つに区分している。

「本書は、日本に前方展開するインド太平洋軍と在日米軍の戦力の一部を自衛隊に移行するこ

とで自主防衛能力を強化し、同時に米軍基地の提供による主権の制約を軽減するシナリオとし

て、弾道ミサイル防衛、シーレーン防衛、島嶼防衛を想定してコストを試算した。

コストの算定に際しては、研究開発から廃棄に至る防衛装備品のライフサイクルコストを、耐

用年数で割った年次経費に換算することで、年度の防衛予算やGDP比との比較衡量を可能にし

た」(本書)

第一の弾道ミサイル防衛能力の強化は、(1)ミサイル探知・追尾能力、(2)敵基地攻撃能力、(3)

迎撃ミサイル防衛能力、(4)民間防衛、の4つに区分して検討している。

(1)ミサイル探知・追尾能力、に必要な早期警戒衛星の年次経費に850億円、

(2)敵基地攻撃能力、に必要な防空網の制圧と敵基地爆撃に869億4,300万円、

(3)迎撃ミサイル防衛能力、の向上に必要なブースト段階での空中発射レーザー(660億円)、

ミッドコース段階のイージス・アショア(412億5,000万円)、ターミナル段階のTHAADシステ

ム(583億円)の合計で1,655億5,000万円、(4)国民保護に必要な2,300億円、

を併せて5,674億9,300万円と試算している。

第二のシーレーン防衛―第7艦隊のシーレーン防衛任務を可能な限り代替するためには、

1個空母機動部隊が常時即応態勢をとれるよう、保守・点険と訓練に各1個空母機動部隊を配置

する3個体制を想定する。

空母機動部隊の具体的な装備として、最新鋭のステレス艦載機F-35Bを48機搭載したクイー

ン・エリザベス級軽空母に加え、護衛艦6隻、潜水艦2隻に補給艦1隻を加えた標準編成をとって

いる。

護衛艦6隻のうち少なくとも3隻はイージス・システムを搭載し、他の3隻は汎用護衛艦としてい

る。水上艦艇全体で哨戒ヘリ10機を搭載する。

さらには、各艦艇にはそれぞれ8発の計64発の巡航ミサイルを搭載することとしている。

その総額の年次経費を、8,830億2,000万円と試算している。

第三の島嶼防衛に関しては、在沖縄米軍の施設・区域を自衛隊が共同使用することに加え、

揚陸艦の整備により、水陸両用作戦能力を強化することを想定している。

米陸軍特殊部隊が駐留するトリイ通信基地、米空軍の嘉手納基地、米海兵隊のキャンプ・バトラ

ーと普天間基地の施設管理を自衛隊が引き継ぐと、年間約658億7,000万円が必要になる。

水陸機動団の即応態勢を強化するには、強襲揚陸艦、ドック型輸送艦、ドック型揚陸艦1隻ず

つで編成される3隻体制を整備する必要があると。

これらを新たに調達し、維持するための年次経費は、約1,425億円と試算されている。

そして、これらをすべて実施した場合、年間約2,083億7,000万円の経費がかかるという。

3つのすべてを合計すると、経費の総額は最大で1兆6,588億8,300万円となっている。

これは、2018年度の防衛予算5兆1911億円の約32%に相当し、GDP比の約0.3%分に相当す

るという。


上記ではいきなり結論を書いたが、本書ではそれぞれ一章を割いて具体的に説明されている。

「第5章 弾道ミサイル防衛」、「第6章 シーレーン防衛」、「第7章 島嶼防衛と在沖縄海兵隊

の代替」。

「これを現行の防衛予算に上乗せしても、トランプ政権の要求するGDP2%には及ばない。

しかし、米軍の任務分担と日本の主権の制約を共に軽減できる点で、日米同盟に内在する日米

双方の不満の源泉を緩和することに貢献するものである。

何よりも、日米同盟の枠内で自主防衛と自律を確保する点で、現実的な日本の安全保障政策と

もいえよう」(本書)

しかし、軍事アナリストの小川和久氏が『日米同盟のリアリズム』の中で、

「日本が敵基地攻撃能力を備えるということは、日本に「戦争の引き金」を持たせるというこ

とである。

それをコントロールできなければ、米国は同盟国としての義務から望まない戦争に引き込まれ

るリスクを負うことになる。

従って、イージス艦や潜水艦にトマホーク巡航ミサイルを搭載する方向であろうとも、米国は

基本的には否定的なのだ」

と、日本が敵基地攻撃能力を備えるということについて指摘しているが、どうだろうか。

さらに続けて小川氏の『日米同盟のリアリズム』を引用すれば、

「日本列島は米国の本土同然の戦略的根拠地(パワープロジェクション・プラットホーム)であ

る。

日本の代わりに役割を果たせる同盟国は存在しない。日本列島を失えば、米国は世界のリーダ

ーの座から転落することになる」

ということであり、アメリカが他の地域で「警察官」ではなくなったとしても、地政学的に重

要な位置付け(太平洋の要)にある日本列島は手放せないだろう。


インド太平洋軍の担任地域。INDOPACOMは地域別統合軍の中で最大規模を誇り、その担任地域は地表の50%以上を占める。この地域には36か国が位置し、世界の人口の50%以上が居住する。INDOPACOMの兵力は、陸海空及び海兵隊からの総勢約30万人の兵士で構成され、米軍全体の約20%を占める。


米艦隊の担当海域。第2艦隊から第7艦隊の責任地域。横須賀に司令部を置くのがINDOPACOM所属の第7艦隊。INDOPACOMの抑止機能を支えているのが、第7艦隊に質の高い保守・点検機能を提供する神奈川県横須賀と長崎県佐世保の米海軍基地。横須賀は空母打撃群、佐世保は揚陸艦による遠征打撃群の母港として、在日米軍基地の費用対効果の大きさを端的に示す象徴的存在。

トランプも大統領選挙期間中には安全保障面の対日批判を繰り返していたが、このことを理解

してか、最近では安全保障面での対日批判は聞こえてこない。

ちなみに、「世界の警察官ではない」といい、弱腰にみえるオバマ政権時代でも2度、尖閣諸

島問題について習近平にクギを刺している。

アメリカは昔のソ連に対しても、「日本列島に対する攻撃は米本土に対する攻撃とみなす」と

警告している。

日米同盟の枠内であっても、日本の自主防衛と自律に対して、アメリカは賛成しない、と個人

的には思っている。

いずれにしても、本書では、同盟のコスト分析を手掛かりに、経費の分担と任務の分担からな

る防衛コストと、主権の制約と駐留経費からなる自律性コストに区分して考察してもいる。



「防衛コストにおける「任務の分担」は、人的資源と装備に相当する。

米国は、日本及びインド太平洋地域における軍事プレゼンスを維持するため、5万人前後の在

日米軍及びインド太平洋軍に属する部隊が、三沢と嘉手納を拠点とする戦術空軍、横須賀と佐

世保を母港とする海軍、沖縄に駐留する海兵隊に分散して活動する。

他方で、平和安保法制の制定によって集団自衛権の一部が行使可能になるまで、自衛隊が日本

の領土防衛を超えた米軍との防衛協力に資源を供出することはなかった。

それは、1,000海里以内のシーレーン防衛であったり、共同演習や共同訓練、及び国連平和部

隊及び多国籍軍の枠組みでの協力にとどまった。

ただし、今後は、米軍防護など、日米安全保障条約第6条事態での任務の分担を拡充する余地

は拡大した」(本書)

「反対に、自律性コストの方は、専ら日本だけに発生するコストである。

在日米軍基地による日本の主権の制約の程度は、在日米軍が使用する施設の件数と土地面積か

ら量的に確認することはできるが、これを経費として正確に換算するのは容易ではない。

また、米軍横田基地が管轄する空域の存在や在日米軍兵士への裁判管轄権の制約なども、同様

である。

駐留経費の方は、在日米軍関係費として計上されるもので、在日米軍の駐留を維持するための

自律性コストと、米軍再編経費のように主権の制約を改善するためのコストを含む。

また、地位協定に基づく施設賃料や周辺対策費のような間接経費と、特別協定に基づく労務

費、光熱費のような直接経費に分けられる。(中略)

米国が国防予算の1%弱を在日米軍の運用経費に支出しているのに対し、日本は防衛予算の約

10%を在日米軍関係経費に充てている現実がそこにはある」(本書)


本書で個人的に参考になったのは、「日米同盟の変遷と日本の安全保障コスト」、「日米同盟

の費用対効果」、「米国のシーレーン防衛」、「在沖縄米軍基地の役割と経費」、「在沖縄米

海兵隊の構成と装備」、「米国海兵隊の標準編成と陸自水陸機動団の対比」などであり、目か

ら鱗が落ち、かなり参考になった。

日米同盟の枠組みの中で自主防衛と自律を追及する、ということはともかくとして、

本書では、日米同盟の費用対効果について、日米双方の視点から確認し、日米間の実態を分析

してもいるので、米国にとっての日米同盟の重要性も理解できる。

なので、緻密で情報量が途轍もなく多く、とてもじゃないけどこのブログでは紹介しきれな

い。

本書は日米同盟に関しての辞書のような存在であり、そのように活用したいと思っている。

武田康裕氏は日本にとって貴重な存在だとも断言したい。

コストの視点から分析を試みた本書が、今後の日米同盟の方向性を検討するための一助となれ

ば幸いである。

『日米同盟のコスト―自主防衛と自律の追求』武田 康裕

「同盟」は、大戦略を遂行し、勝利を獲得する上で不可避な選択である。あらゆることには限

界があるからだ。

どんな大国も、軍事力のみで勝ち続けることは不可能だ。結局は、世界すべてを敵として戦う

羽目に陥るからである。

今後の日本がどのような戦略を取るにしても、「同盟」の有効性は無視できないだろう。

それも、かつての日独同盟のようななばかりの「同盟」では意味がない。

そして、もうひとつ忘れてはならないのは、「同盟」という戦略は、しばしば不快で苦難を伴

うものでもある、ということだ。

『戦争にチャンスを与えよ』エドワード・ルトワック