この本は、アフガニスタン戦争から十年、イラク戦争から八年、一九三〇年代以降アメリカが
蒙った最悪のリセッション、債務危機のあと、国家が分裂状態にあり、すべての分野で後退を
余儀なくされている状況のなかで出版された。
いまの世代は経験したことのない耐乏と緊縮の時代に突入した。
しかしアメリカが下方の循環過程に向かっているように見えるのは経済と政治の分野だけでは
ない。社会的に、文化的に、倫理的に、アメリカは堕落社会と衰亡国家の様相を呈している。
『超大国の自殺―アメリカは、二〇二五年まで生き延びるか?』 パトリック・J・ブキャナン
著者は、アメリカ保守派の重鎮といわれているパトリック・J・ブキャナンで、原著の出版は
2011年。日本語訳は2012年。
ブキャナンは、ニクソン、フォード、レーガンのそれぞれの大統領のシニアアドバイザーをつ
とめていたみたいで、92年、96年の大統領選挙には、共和党候補として予備選挙にも立候補
し、2000年には改革党から本選にも出馬している。
パトリック・J・ブキャナン (1938年11月2日~) 元広報担当大統領補佐官
今現在のトランプ大統領を支えているといわれている共和党保守派の中での具体的なブキャナ
ンの立ち位置は分からないが、本書の中でブキャナンは、かなりの危機感を抱きながらアメリ
カ衰退の原因を浮き彫りにしている。
それはトランプが選挙期間中に発表した政策内容や、大統領に就任してからそれらを実施して
いることと繋がっていると感じるし、その背景も見えてくる。
ブキャナンは、アメリカの衰退は相対的かつ絶対的なものである、として、その理由を七つ挙
げている。
第一、イラク、アフガニスタン戦争である。これは死者六千、負傷者四万、戦費一兆ドル以上
の犠牲を生じさせた。
この二つの戦争は、9.11以後の国民の団結を破壊し、イスラム世界を離反させ、アルカイダ予
備軍のプールを拡大させた。
第二に、アメリカの帝国主義的傲慢が、そのヘゲモニーに対する各国の結合を促した。
ロシアのようにアメリカと組んでゆきたいとしていた諸国の敵意を故意に助長してしまった。
人は、信用できないとか、潜在的な敵というように扱われれば、本当にそうなってしまうもの
である。
第三は、政府の政策が創った住宅バブルの崩壊、連邦準備銀行の金融緩和、ウォールストリー
トの道義なきカジノ精神がもたらした金融のメルトダウンである。
第四、アメリカの繁栄よりも国際企業の利益を優先する、アメリカの工業基盤と輸出力の中国
の解体・移転である。わが国の経済的自立は過去のものとなった。
われわれは日常生活の必要物資を他国の工場に、そしてその支払資金を他国の政府のローンに
依存しているのである。
第五、合衆国政府のメキシコ国境保全の失敗。
貧しい国民の侵入は諸州の財政を破産させ、放っておけば、われわれが一つの国家、一つの国
民として生き残ることを終わらせてしまうだろう。
第六は、合衆国の築きあげてきたグローバル経済システムにとどめを刺す、国家主義的ライバ
ル国家の勃興である。
第七、相互依存となってしまった国際関係には犠牲が強いられる、という現実を見ることので
きない指導者たちの存在。
新旧の世界の民主国が貿易によって結びつけられているなどという考えは蜃気楼にすぎない。
諸国は自国の国益を第一に考えているのである。
これらに対して「NO」といっているのが共和党保守派に支えられているトランプ大統領であ
り、端的に言えば「アメリカファースト」ということであろう。
(金融緩和は違うかもしれないが)
今トランプ大統領が推し進めている経済政策と同じ内容をブキャナンも次のように指摘してい
た。
「外交製品への依存を減らしてアメリカ製品への依存を増やす、輸入関税をかけ、その関税収
入でアメリカ産業の減税をする。
合衆国が、工業品、食糧、繊維製品を二兆五千億ドル輸入し、それに二十五%の関税をかける
と、六千億ドル程度、企業の支払う税金が免除されることとなる」(本書)
「世界へのメッセージはこうである―どんな企業もどんな製品も大歓迎。
しかしここでものを売りたいなら、ここでつくりなさい。でないと高いものにつきますよ」
(本書)
トランプ大統領の経済政策に対して「保護主義」というラベルが貼られているが、ブキャナン
はそれを見越して次のようにも指摘している。
「経済学者はこう叫ぶことだろう、「保護主義だ!世界に背を向けることは出来ない」と。
しかしだれも世界に背中を向けようなどとは思っていない。
目的は外国製品を締め出すことではない、合衆国製品に課されるのと同じ合衆国関税を外国産
品に課税しよう、というだけの話である。
ここで提案されているものは、外国製品を締め出す保護関税に非ずして、財務省の収入と、
米国製造業の減税を最大化するための歳入増加の手段なのである」(本書)
中国に対しても、為替の切り上げはWTOで、頼んでも、抗議しても、脅かしても成功しなかっ
たのだから、その現実を認めて、愚痴をこぼすことを控え、怒りちらすことをやめ、行動する
ことだ、とも言及していた。
「十年間にわたり、毎年平均して五千億ドルから六千億ドルの貿易赤字を出していることが、
歴史的にみて、一つの理由による最大の富の移転であり、一つの理由による、中国上昇、米国
下降の最大要素となっている。
驚くべきことだが、わが国の政治家は、これらアメリカを衰亡させている指標にまったく関心
を払っていないのである。このことはどう説明すればよいのか?」(本書)
移民政策も同様であり、テキサスのある合衆国国勢調査長は、いまテキサス生まれの三人に二
人が非アングロサクソン人であり、二〇四〇年までには五人のうち白人が一人だけとなり、
「基本的にアングロサクソンの時代は終わった」と言っていたという。
ブキャナンも次のように指摘している。
「この白人国家アメリカの歴史的なマイノリティへの転落は何が招いたのだろうか?
第一、ここ数十年、白人の出生率は再生産レベルを下まわっていた。
第二、四十周期の移民の波が、移民を(リセッション以前に)毎年百三十万から、二〇五〇年ま
でに二百万に到達させると予言していた。
そのほとんどは、アジア、アフリカ、ラテン・アメリカからやってくる。二〇〇八年には百万以
上の移民が市民権を獲得した。
そのうち四十六万一千はヒスパニックであり、ヒスパニックの半分以上はメキシコからの移民
である。
第三に、ヒスパニック、とくに不法移民の出生率は国内生まれのアメリカ人にくらべて断然高
い」(本書)
二〇〇〇年から二〇一〇年の期間、白人児童数は四百三十万、率にして十%、減少している。
毎年四十三万。二〇二〇年までに、六十五歳以上の白人が、十七歳以下の人口を上まわること
が予想されており、白人人口は縮小をはじめ、いまの出生率がそのまま続くと、穏やかに消え
てゆくのである、と指摘する。
白人がマイノリティに転落するという危機感から、移民(不法移民)に対してはっきりとした政
策を実施しているのがトランプであり、白人も概ね支持しているということだろう。
これも大手メディアではあまり言及されることはないが、日本から眺めていても理解できる。
巷ではよく、トランプを支持しているのは「白人・低所得・低学歴ブルーカラー不満層」という
風に宣伝されているが、前回紹介した、渡瀬裕哉氏の『トランプの黒幕』によれば、トランプ
に投票した白人は、大卒層がトランプ四八%・ヒラリー四五%、白人大卒男性に限定するとト
ランプ五三%・ヒラリー三九%、白人大卒女性に限定するとトランプ四四%・ヒラリー五五%と
なっている。
非大卒層ではトランプ五一%・ヒラリー四四%、非大卒層の男性に限定するとトランプ七一%・
ヒラリー二三%、女性に限定するとトランプ六一%・ヒラリー三四%となっている。
「一九六〇年、白人は一億六千万の国民の八十九%だった。
いま白人は、三億一千万の六十四%である。
二〇四一年には四億三千八百万の五七%以下となるだろうし、そのときの若年層の割合はもっ
と低くなっている」(本書)
一方のヒスパニックは、二〇一〇年の国勢調査によれば、二〇五〇年までに一億三千万に達す
ることが予想されている。
ちなみに、メキシコの歴代大統領は、アメリカに対して領土権を主張することは恒例となって
いて、繰り返し、メキシコ生まれでメキシコ家系のアメリカ市民に、アメリカに忠誠を誓う前
にメキシコに忠実であれ、と大統領たちは呼びかけてきたという。
「「メキシコは国境で終わっていない。メキシコ人のいるところはメキシコなのだ」
とナショナル・パレスの国家現況報告スピーチで宣言した大統領のフェリペ・カルデロンは聴衆
を総立ちにさせた」(本書)
「一九九八年、メキシコは憲法を改正して、他国への忠誠の放棄を前提とする、合衆国への忠
誠の誓約にしばられたメキシコ系アメリカ人のメキシコ市民権を回復させた。
メキシコの狙い―メキシコ系アメリカ人と母国の連携を強化して、アメリカ選挙ではメキシコ
の国益を第一に考えて投票させるようにすることにある」(本書)
「大統領たちは、メキシコは血統、母国、歴史の国であり、合衆国市民であろうとなかろう
と、メキシコの血の流れるものは、アメリカに対する忠誠よりもメキシコに対する忠誠が優先
する、と信じている」(本書)
なんだか日本の近くに存在する複数の国々も、同じような発言をしそうだと感じるのは、
気のせいだろうか?
経済的要因が大きいと思うが、NAFTAに対して否定的なのも少しは理解できるし、メキシコ国
境の壁も同様だ。
その「壁」に関しては、先述した渡瀬裕哉氏の『トランプの黒幕』で次のように言及されてい
る。
「一見、突拍子もない政策に見えるメキシコ国境の壁建設についても、
実は二〇〇六年にブッシュ政権時に成立したSecure Fence Act of 2006を根拠法令としてお
り、すでに一部建設されている構造物を延長するための追加予算措置を提出するだけの話に過
ぎない(そして、この法律は当時上院議員だったヒラリーもオバマも賛成していた)」
(『トランプの黒幕』)
そんなアメリカの先行指標となっているのはカリフォルニアであり、ブキャナンは次のように
も述べている。
「英語国民は州人口の四十%にまで下がり、なお着実に下降している。
ヒスパニックは人口の三十八%を構成しているが上昇中である。
カリフォルニアの公立学校の白人児童は二十七%にすぎない。二〇〇七年、ラテン系の出産は
白人女性にくらべて二倍だった。
前者は年間で二十八万四千から二十九万七千に増えたが、後者は十六万から十五万六千に減少
した」(本書)
「二〇四二年に、ヒスパニックは、白人、アジア人、アフリカ系アメリカ人合計の人口を上ま
わり、全カリフォルニア住民の絶対的、かつ増え続けるマジョリティとなることだろう」
(本書)
このままヒスパニックの人口が増えれば、州の破産と債務不履行は避けられそうになく、
IMFと世界銀行から定期的に注ぎこまれる現金に頼っている第三世界と同じ運命をたどるだろ
う、としている。
当初、トランプは同盟に対しても否定的な発言を繰り返していたが、ブキャナンも同じ認識。
「どの同盟関係を更新しないままにしておくべきか?どの基地を閉鎖すべきか?どの部隊を帰国
させるべきか?これらについてどういう基準を設けるべきか?が問題となる。
合衆国の安全保障にとって、どの国々が死活的重要度を真に備えているかが判断の尺度となる
べきである」(本書)
ブキャナンは、アメリカニズムの拡大や、介入主義にも否定的であり、次のように述べる。
「レーガンが去ったのち、ブッシュ二世が辞めるまでの二十年、傲慢がアメリカ外交の特質と
なった。ブッシュ一世はパナマに介入し、イラクを攻撃、クウェートを解放、サウジ・アラビア
に軍事基地を設け、ソマリアに介入した。ソマリアの介入は、首都モガディシオにおける「ブ
ラック・ダウン」(訳注:二〇〇一年のアメリカの戦争映画の題名)としてその凄惨な戦闘が知ら
れることになったデルタ・フォース(米陸軍特殊部隊)の虐殺につながった。
クリントンはハイチに侵攻し、ボスニアに介入、七十八日間セルビアを空爆し、セルビア人発
祥の地、コソボを分離させるため米軍を送った。
ジョージ・W・ブッシュはアフガニスタンに侵攻し、イラン、イラク、北朝鮮を「悪の枢軸」と
規定した。・・・バラク・オバマはアフガニスタンの米軍を倍増させた。パキスタンで無人航空機
による爆撃をはじめ、リビアに戦争を仕かけた。(中略)
否応なしのこういう干渉主義はアメリカの何の特になるというのだろうか?
われわれは一九九一年にくらべて、より安全でなくなり、より尊敬されなくなり、より信頼を
失い、より力がなくなる。それで世のなかはより良くなったのでしょうか?」(本書)
トランプも口では勇ましい事を言うが、基本的には不介入主義だろう。北朝鮮などの対応を見
ればよく理解できる。(軍事行動に関して)
ただ、南シナ海は封鎖しようとしていたみたいだが。(ルトワックの『日本4.0』に詳しい)
「二〇一一年になると、グローバルの時代は終わっていた。
一九九一年の単極世界、ジョージ・H・W・ブッシュの世界新秩序、トム・フリードマンのフラッ
ト化した世界、フランシス・フクヤマの歴史の終わりはみな過去のものとなった。
何がそうさせたのか?それはナショナリズムである。
さまざまな国でさまざまな形をとりながら、新しいナショナリズムが共通分母となってグロー
バリズムの波と合衆国のグローバルな覇権に抵抗をしはじめたのである」(本書)
「国家主義が復活し、民族国家主義が高まる新しいポスト・ポスト冷戦時代にあって、
アメリカはグローバリズム信奉者のイデオロギーとそれらの組織を超えるところに視点を合わ
せ、二十年前にそうすべきであった、自分たちの国と自分たちの国民を第一に考える作業をも
う一度はじめなければならない」(本書)
その作業をしているのが、「アメリカファースト」を掲げてアウトサイドから出てきた、トラ
ンプ大統領ということだろう。良いか悪いか別にして、本書を読めばその背景が理解できる。
アメリカは問題ばかりの時代に入った。
文化と信仰の衝突が強まり、両政党とも国民の信の喪失を実感している。
共和党は二〇〇六年と二〇〇八年に負け、民主党は二〇一〇年に負けた。
そしてわれわれを苦しめている危機―文化戦争、人種分断、記録的財政赤字、
返済不能な債務、合法、非合法を問わない、決して同化しようとしない移民の波、
資本の捌け口の行き詰まり、負けそうな戦争―が、われわれの克服しなければならない民主主
義の行き過ぎを証明するだろう。
いま行動しなければ、たしかにそうなる。
『超大国の自殺―アメリカは、二〇二五年まで生き延びるか?』 パトリック・J・ブキャナン
トランプ以後も混乱していく傾向は変わらないだろう。
人間の判断は決して完璧ではないし、
人間の制度は、うまくいっても、理想の近似値にしかならない。