過去において繁栄はしばしば戦争を助長した。
攻撃国は、経済的により発展した国家であった。
トランプ大統領が、
「ナバロ氏のアメリカの貿易問題に関する本を読んだが、主張の明瞭さや徹底したリサーチに
感心した。
グローバリズムによるアメリカの労働者への悪影響を予見していて、中間層を復活させるため
の道筋を提示している」(NHK NEWS WEB)
と評価している大統領補佐官・国家通商会議議長だったピーター・ナヴァロの著作。
細かいことは皆さんのほうがご存知なのかもしれない。
今更な感があるが、一時期ナヴァロはホワイトハウスから外されていたが、最近返り咲き、
現在は米国家通商会議委員長として中国と通商協議を行っているというのを耳にしたことがあ
る。
タイトルだけ見ると過激で、中国と戦争をしたがっている、などのレッテルを貼られそうだけ
れど、中身を読むと決してそんな調子ではなく、中国を冷静に分析し、上のルトワックが指摘
している状況を回避するために、アメリカ優位の状態を保ったまま、いかに中国と紛争を起こ
さないか、が論じられている。
「世界史を概観すると、一五〇〇年以降、中国のような新興勢力がアメリカのような既存の大
国に対峙した一五例のうち一一例において(すなわち、七〇%以上の確率で)戦争が起きてい
る。」(本書)
「中国とアメリカが互いに相容れない正当化の主張をおこなっているという事実がまさに問題
なのである。
中国とアメリカという、どちらも非常に暴力的な、核武装した軍事超大国が、
両国の経済交流は拡大し続けているにもかかわらず睨み合っている。
解決困難な難問とはまさにこのことである」(本書)
当然だが、本書の中でナヴァロは、このままではアジアでのアメリカのプレゼンスが落ちて中
国に逆転される、という危機意識が顕著に滲み出ている。
「どぎつさを増す中国の領土要求とアジアにおけるあからさまな覇権の追求をめぐって、
中国とアジア諸国の間には著しい意見の相違が実在する。その結果、緊張が高まっているので
ある」(本書)
では、中国の拡張主義(軍国・侵略)を思いとどまらせるには、どうすればいいのだろうか。
ナヴァロは二つ提示している。
第一に、「アメリカとその同盟諸国は、中国を打ち負かす、あるいは少なくとも中国と戦って
引き分けに持ち込む軍事力を持っている」
と中国が信じていなければならない。
第二に、中国に通常戦争を思いとどまらせるためには、「アメリカとその同盟諸国には、必要
とあらば通常戦争を戦う覚悟も、やむを得ない場合には核兵器の使用も辞さない覚悟もある」
と中国が信じていなければならない。
抑止力の具体的な定義は、エドワード・ルトワックによれば、
「抑止は、敵が威嚇を信頼性の高いものと考え懲罰が報酬よりも大きいと初めて成立する」
としている。ナヴァロはケネス・ウォルツに言及してルトワックと同じような定義をしてい
る。ただ、上の二つには信憑性が伴っていなければならない、としている。
端的にいえば、ナヴァロの主張も、ヘンリー・キッシンジャーが指摘している
「アジアの秩序では、力の均衡とパートナーシップの概念を組み合わせなければならない」
ということだろう。
さらに厄介なのが、ペンタゴンは一貫して、中国が保有する核弾頭の数は二四〇から四〇〇の
間に過ぎないと見積もってきたが、ナヴァロは、中国には「地下の長城」なるものがあり、
「地下長城内に三〇〇〇発もの核弾頭を備蓄している」と、アメリカ随一の地下長城研究の専
門家だというカーバーを引用して、その可能性を指摘していること。
いずれにしても
「中国が隠し持っている核兵器の数が分からないため、中国がこの不透明さを威圧の道具とし
て利用し得るという点である」(本書)
であろう。
アメリカの科学雑誌『原子力科学者会報』は、「中国は五大核保有国の中で唯一、核兵器の備
蓄を増やしている」と警告してもいるという。
核兵器もそうなのかもしれないが、「非対称兵器」に危機感を募らせているのも印象的。
「“非対称兵器”とは、それらが破壊しようとしている対象に比べて非常に安価な兵器のことで
ある」(本書)
「中国の軍事力のこの非対称性こそがまさに、航行中の空母を弾道ミサイルで攻撃する能力と
いった技術力の進歩と相俟って、自国の防衛をアメリカの空母艦隊に依存しているアジア諸国
やペンタゴンを慌てさせているのである」(本書)
特に「空母キラー」ミサイル、東風21号は高性能で警戒を強く促している。
それらを含め、中国には独自の三本柱戦略に基づいて行動している、と指摘する。
①アメリカの非常に高額な空母戦闘群及び基地(固定された「ソフトターゲット」)を破壊ない
し無力化する能力を持った、比較的安価な非対称兵器を大増産する
②将来的にアメリカ軍を量的にしのぐことを目的として、空母戦闘群を大量生産する
③アメリカの人工衛星システムの破壊及び中国自身の人工衛星ネットワーク構築によって制宙
権を握り、アメリカのC4ISR優位を打破する
アメリカの戦略の三本柱に対して、中国側が掲げている戦略だとしている。
ちなみに、アジアにおけるアメリカの戦略の三本柱は、
①圧倒的な戦力によって制空権・制海権を確保している空母戦闘群
②第一・第二列島線上に数ヵ所配置されている、攻撃の起点及び後方支援の拠点となる大規模
な基地
③最先端の「C4ISR」システム(指揮〈コマンド〉、統制〈コントロール〉、通信〈コミュニケ
ーション〉、コンピュータの頭文字の四つと、情報〈インテリジェンス〉のI、監視〈サーベイ
ランス〉のS、偵察〈リコネンサス〉のRを表す)によって戦場の状況確認を可能にする人工衛
星システム
としている。戦闘機も野ざらしに置いておくのもミサイルの標的になるし危険だとしている。
そして、その中国の独自の三本柱戦略を挫くために、アメリカの国家安全保障とアジアの平和
のために取るべき方策の一つは、中国製品への依存度を減らすことだ、と指摘する。
「新たに得たこの経済力を使って中国は次第に攻撃的行動をエスカレートさせている」(本書)
「中国がWTOに加盟すると、産業界のクリントン政権たちは一斉に生産拠点を中国へ移し始
め、その結果アメリカでは七万もの工場が閉鎖に追い込まれた」(本書)
「『平和のための経済的関与』とは逆に、中国との経済的関わりを削減することが
中国の軍事力増強を抑える一つの可能な選択肢といえるかもしれない」(本書)
「中国との貿易関係の『リバランス』を図れば、中国経済とひいてはその軍拡は減速するだろ
う。さらに、アメリカとその同盟諸国が強力な経済成長と製造基盤を取り戻し、総合国力を向
上させることもできる」(本書)
メディアではトランプ政権の経済政策に対して、保護主義で時代に逆行していると(確かにその
通りだと思うが)、批判的に報じられることが多く、安全保障と切り離して語られることが圧倒
的に多いのだが、ナヴァロはリスクを覚悟の上で、安全保障の一貫として経済政策を重視して
いると、ぼくは感じた。孤立主義でもないしね。
それに加えて「現在中国に略奪されるがままになっている、軍用及び民間の知的財産権の保護
を大幅に手厚くし、企業秘密や軍事秘密の窃盗を中国に一切許さない」とも述べている。
いずれにしても、ナヴァロの指摘もその通りだと思うのだけれど、ただ、アメリカに対しても
「新興独立国として、移民の国として、特別な使命をもった覇権国として、アメリカはつねに
進歩を求めてきた」
「アメリカ合衆国は、第一次世界大戦でヨーロッパ政治に介入を始め、第二次世界大戦以降に
世界の超大国として君臨するようになった」
「アメリカ合衆国は、進歩しつづける時代においてもっとも特別な役割を担うのは自分たちで
ある、という強烈なイデオロギーをもちつづけてきた奇異な国であった」
と、『国際紛争を読み解く五つの視座 現代世界の「戦争の構造」』のなかで、
篠田英朗氏が指摘していることも、認識しておく必要があるだろう。
最近のブルームバーグの報道によれば、ナヴァロは又、中国との協議参加メンバーから外れた
という。どうなることやら。
日米同盟に頼りきっている日本だが、もっと防衛費を上げる必要があるだろうし、
軍事に関して口を噤むのはもうやめにしたほうがいいだろう。
平和と軍縮を一方的に進めることは、
敵国による戦争への訴求を促す強力な誘因となるからである。
エドワード・ルトワック